RUNと明日香のボウリング遊び-5
アツい勝負であった。
まぁ、その前にだ。まず、RUNと明日香は二人とも、この町で育ったわけではなく、たとえば怪力まつりちゃんとか、お肉大好き利奈っちとかに比すれば、腕力や脚力等の筋力系は圧倒的に劣る。鍛え方がもう圧倒的に違う。普通の社会に行けば、明日香もRUNも女子としては運動神経かなり良い方なのだが、ここは一部例外を除いて頭悪い子ばっかりであるかわりに体力バカばっかりなのである。というわけで、何が言いたいかと言えば、ボールが重すぎた。
石の球。ことごとく重たくて、持って歩くことなど女性には無理だった。男である俺や若山さんにだってキツいくらいだ。へっぴり腰になって両手投げとかしちゃうくらい重い。若山さんなんか、ボール持てなくて転がして運んでるくらいだ。
というわけで、「もてないわよなにこれ」「こんなんできひん」「なんとかしなさい」「どないしたらええのん?」とかってピーピーとわめくカワイコちゃんたちの要望に応え、俺は一路学校に赴き、職員室で体育倉庫の鍵を借りてサッカーボールとバスケットボールを両腕に抱えて戻った。
そしたら、RUNがこう言ったのだ。
「ウチらな、達矢を賭けて勝負することになってん」
「は?」
「私が勝ったら、永遠に私の子分ね。そんでもって、RUNが勝ったら、永遠にRUNの付き人ってことになったから」
「意味がわからんのだが」
「とにかく、勝負なんだから、賭けるものが無くちゃ面白くなんないでしょ? 賞品が達矢なの」
さも当たり前のように賞品にされてしまった。
俺に拒否権なんてものは、どうせ無いんだろうと思う。
けれど実はこの時、そんなに悪い気はしなかった。俺に選択の自由が無いとはいえ、もともと人生の中で自分で選べて掴むことができるものなんて、とても少ないものである。夢の乏しい話ではあるが、それが現実ってもんだ。
明日香の子分、RUNの付き人。死ぬか生きるかの問題じゃない。たとえば、上井草まつりに永続的に服従とか、一生をこの掃き溜めの町で過ごすだとか、そういうことだったら考えものだが……ああ、はっきり言ってしまえば、二人とも良い子なので、どっちでもいいと、そういうことである。こういう気持ちって、恥ずべきものだったり、相手に失礼だったりするのだろうか。でも、どっちでもいい。正直に言うとそうなる。
まぁ、欲を言えば誰にも縛られず自由であるのが一番良いのだが、基本的に明日香もRUNも、横から口出ししても自分の意見を曲げたがらないタイプだし、これで二人が盛り上がってボウリングを楽しめるんならそれはそれで良いと思ったんだ。
かくして、勝負が開始されようとしたのだが、さて、ボールの話でひと悶着あったという話に戻ろう。
ボール二つを持ってきたは良いが、少々モメた。
まぁ、これは完全に俺のせいだった。
重たすぎるボールは持てないってんで、学校から二つの大きなボールを持ってきていた。サッカーボールと、バスケットボール。ご存知のように、サッカーとバスケでボールのサイズが違う。本当のところボールの大きさでどの程度有利になるのか頭の悪い俺にはよくわからんのだが、明日香もRUNも、でかい方がいいと思っていたようだ。ピンに当たる確率がその分上がるだろうし。
「私が、バスケボールでいいのよね?」
明日香は言うが、
「ちゃうやろ。でかいんはウチのやろ。な、達矢くん」
とRUNが確認する。
「えっと、そうだなぁ……うーむ……」
「だってな、ウチ、ボウリングしたことないやろ? したら、ちっとはハンディくれなあかんやろ」
どうしたもんかと思ったが、確かにボウリングしたこと無い子には優遇してあげないといけない気がする。
明日香は妙に自信満々だったからな。けっこうやったことあるだろうし。
「わかった。RUNがバスケのボールな」
俺はバスケボールを拾い上げ、RUNに手渡した。
「さすが達矢くんやな。話わかる子やわー」
しかし、サッカーボールに決定した明日香のほうは不満なようで、
「あーそうなんだ。達矢そうなんだ。そっちに肩入れするんだ。……私が勝ったらおぼえてなさいよ?」
とか、なんだかんだ言うけれど、別に勝っても負けても暴力振るうわけでもなし、せいぜい飯一回おごらせるとか、ジュース買って来させるとか、たいていそういう可愛いレベルの仕返しなので、明日香のことも応援したい。
そもそも、若山さんも言っていたように、ボウリングというのはハイスコアを競うものではあるけれど、基本的には相手を妨害しなくて済むという、ボウリングそれ自体がもう平和を願うようなスポーツなのだ。少なくとも俺はそう思っている。
だから、明日香のことも応援するし、RUNも応援する。両方応援する。ボウリングに興じる全ての人を応援する。
俺は、ボウリングのピンをナイフで削って作っている時に、向かいに座る若山さんに訊いたんだ。
「ボウリングって、どういう起源なんですか?」
すると、若山さんは、一説によると、と言って、説明してくれた。
「このピンをな、悪いものに見立てて、それを倒すことで御祓いみたいな効果を得るっていうかなり古くからの宗教儀式だったって説がある」
俺はその言葉に大いに頷き、
「確かに、このピン妙に形が歪で、悪魔の植物みたいではありますよね」
若山さんは、「確かにな」と言って、苦笑していた。
そう、魔を祓う儀式が基盤だったとしたら、ボウリングというものがとても好ましく思えてくる。
ボウリングは、人生に似ている。有限のチャンスの中で、常に最善を尽くすしかないところとか。力を抜いてもいいけど手を抜いては良い結果にはなるわけがないところとか。
とまぁ、無駄に良いこと言った気分になったところで、俺は二人を応援することに決め、頑張れよ、なんて言いつつ明日香にもボールを手渡したのであった。
俺の身柄を賭けた勝負が、始まった。
レーン二つを貸切状態で、明日香とRUNの勝負は行われた。
まず明日香の一投目は残念なことにガターだった。
白黒のサッカーボールは溝をころころと転がり、歪なピンの群れに触れることなく通過していった。
「意外だな。やったことあるんじゃないのか?」
「あるけどさ、なんか違うじゃん。サッカーボールとか、指入れる穴あいてないし」
「なるほど。そりゃ確かに。でも、穴なんか開けたら空気抜けて転がらなくなるぜ」
「そうよね」
さて、そして、RUNの一投目もガターになるかと思われた。溝に向かって一直線だったからだ。
RUNはやってしまったとばかりに両手で頭を抱えたが、なんとバスケットボールは溝には落ちず、溝の端っこに跳ね返りレーンの上に戻った。そして、真ん中のピンの左隣のピンに左から当たり、五本ほどピンを倒した。爽快とはいえないゴトゴトといった鈍い音が響く。
「やった、見てた? 達矢くん。倒れたで!」
「おう、よかったな」
「ちょ、今の卑怯じゃない? バスケットボール大きくて、溝に落ちないとか反則じゃん!」
「明日香」
「何よ」
「そういうのは、投げる前に言わないとなぁ」
「うるさいわね! いいから達矢。さっさとボール拾ってきたら?」
「へいへい」
なお、何故だか賞品である俺も手伝いをすることになった。それまで若山さんが一人でやっていた作業を、分担で行うことにしたのだ。俺がボールを拾いに行き、花屋の和服の人がしゃがみこんでピンを並べなおす。スコアをつけるのが若山さんである。
さて、序盤は明日香がやや優勢で進んだが、やがてRUNが慣れてきたようでストレートボールを駆使してスペアを連発するようになった。明日香は焦りを見せながらも、器用にカーブをかけてポケットを狙い、難しいスプリットで取りこぼすことがありながらもスペアも多く、安定したボウリングを見せて、終盤へ。
いやぁ、しかしそれにしても、二人とも楽しそうである。特に、RUNの表情が輝いている。何でだろうかと考えてみれば、やっぱり、「自分」で居られるからだろうな。
明日香は、大場蘭という人間がかつてアイドルだったことを知らなかった人間だ。俺もアイドル歌手なんて興味薄だったので知らなかった。だから、RUNとしては俺たち二人と一緒に居ると気が楽なのだろう。
飾らなくて良い場所。普通にはしゃぐこともできる、本当の自分を見せられる場所。
明日香という友の隣が、RUNにとって安らぎの場所になっていることに疑いは無い。
さて、明日香が優勢のまま最終十番レーンを迎えた。
明日香は、ここで九本しか倒せず、一本残してしまって、スコア百二十五で終えた。後はRUNの結果を待つばかりである。
「若山さん。ウチが勝つには、どうしたらええやろか」
「そうだな。追い上げてきているとはいえ、けっこうな差があるからな。ここらで三連続ストライクを出せば、あるいは……ってとこだな」
「三回ストライクかませばええんやな?」
油まみれでベタベタするであろうバスケットボールを手に載せて、アドレスに入ったRUN。端から見ても集中しているのがわかる。
一歩、踏み出す。二歩、三歩。四歩。ボールを押し出す。
RUNの手を離れたボールは、オイルが塗られたレーンを回転しながらも真っ直ぐ転がり、真ん中のピンと左隣のピンの間に当たって、十本の棒を蹴散らした。ゴトンゴトンと全てが倒れ、ストライクである。
「やた、初ストライク! 最後にして出たわぁ」
なお、最後ではない。十番レーンは、最初にストライクを出せばオマケであと二回は投げられるようになっている。
「え? まだ投げていいん?」
「おう、あと二回ストライクとれば、まだわからんぞ」
俺はそう言って応援した。
「あぁ、そういえば、そんなん言うてたな」
ふと明日香のほうを見ると、なんか憮然とした表情だった。
そして、何と、RUNは脅威の集中力を見せて、残りの二回も連続ストライク。三連続ストライクという有終を飾る形でゲームを終えた。
「楽しかったなぁ。あ、せや。結果はどないなった?」
RUNの問いに、若山さんは告げる。
「見事、引き分けだ」
「なんですってぇ?」明日香は不満そうに、「それじゃ、賭けはどうすんのよ」
そこで、ここぞとばかりに俺は言う。
「無効ってことで良いんじゃないのか?」
しかし、そんな曖昧で半端な意見を受け入れてくれなかった。
明日香は少々躊躇いながら、
「じゃあ、達矢が選んでよ。私か、RUNか」
RUNも、少しだけ間をおいて、無言で頷き、俺を見つめてきた。
「え、えっと……参ったな」
本当に、参った。
俺は、きっと、ずっと、二人の間で揺れていたいと思ってるんだろうな。
面白い遊びを考えながら、三人で。
明日も、何ヶ月か先も。いつか、この町を出ることになるまで。
きっと、ずっと。
だから、参るし、困る。
選べやしない自信がある。
「そ、そこで提案がある。次はビリヤード対決なんてどうだ? それで、あらためてどっちが俺を手に入れるか賭ければいいだろ?」
「あー、ええな。それも、悪ないな」
「だろ?」
すると、明日香は言うのだ。
「でも、ビリヤード台とか、球とか、球を押す棒とか、全部達矢が用意しなさいよ?」
「ダンボールでいい?」
そんなこと言ったら、呆れられて、怒られて。骨折るよみたいなことを言われて。かといって実際折られるわけでもなくて。
こんな平和で緩やかな日々が、続いてくれたら嬉しいと心から思う。
ずっと、ずっと。
【RUNと明日香のボウリング遊び おわり】