RUNと明日香のボウリング遊び-2
明日香とRUNが去った少し後、どうすべきなんだろうなぁと思いつつ、湖のほとりを歩いていた。
この湖へ来た理由は、ただ一つ。散歩であった。
三角の小島とか、まるい小島とか見れば、何かが閃くかと思ったんだ。湖に浮かぶ風車でも見上げれば、その規則的な回転から何かを受信できる気がしたんだ。
結果としては、まあ、確かにアイデアを手に入れることはできた。しかし、それは俺のアイデアではなく、釣りをしているショッピングセンター店長、若山三木雄によってもたらされたものであった。
「ボウリングできる場所を作るだぁ? そりゃまた、無茶な注文をつけてくるお嬢ちゃんたちだな。無理だ無理。そんなん無理だ」
しかし、アイドル大場蘭という名前を出した途端に、
「だが、やってやれないこともないかも知れん。この町にも、それなりの資材はあるし、面白そうなことには首を突っ込むだろうっていうムキムキなおっさんも居るらしいし。何より、何を隠そう、このおれはボウリング大好きなんだ。常にベストを尽くすしかない潔いスポーツだからな。変なズルとかされる必要があまり無くて、己との戦いがメインだし、うむ。いや、別にRUNちゃんのためにやるわけじゃないからな。勘違いするなよ?」
若山さんは、そのように言って、ベンチの上、膝を叩き、
「よっしゃ、そいじゃおれが、この町いちばんの金持ちと交渉してやろう。うまくいけば、ボウリング場くらいタダで建てさせてくれるかもしれんぞ」
というわけで、俺は若山さんと一緒に、商店街にある花屋へと向かった。
「ていうか、何で花屋ですか?」
この花屋は、営業中はいつも戸が開いている。この日も引き戸は全開だった。
「なんだ、知らなかったのか、アブラハム。ここ穂高花店は、穂高家が経営している」
「穂高家ってのは、すごいんですか? あと、アブラハムじゃないです」
「すごいぞ。金持ちだし、権力だって持ってる。小さな町ならではの権力をな。穂高の当主が命じれば、もしかしたら山がズゴゴゴと動くかもしれないレベルだぞ」
「それはさすがに行き過ぎなんじゃ」
「意外と達矢は、冗談が通じない奴なんだな」
「な……」
ショックだぜ。俺は、俺という男の価値をどうアピールするかと考えたとき、笑いしかないと思っている。笑いをとれないまでも、笑いが通じる奴だと思われたいんだ。信用なんてもんが得られないレベルに遅刻しまくりでサボりまくりで、不真面目な俺が、人群れの中で生きていくためには、笑いが通用するというのがある程度の免罪符になってくれるんだ。
この町に来て、それすら失ってしまったのでは、もうあれだ。人生がお詰みになられたというやつではないのか。
笑いをクリエイトできなくてもいい。せめて、笑いに便乗できる能力があるってことくらいは認めて欲しい。だから、俺は、このまま冗談が通じない奴だと思われておくわけにはいかない。
「山が動くって、想像したらすごいっすね。山がロケットエンジンとかの噴射で宇宙とかまで行っちゃったりして。へへへ」
「…………」
あれ、無言を返されたぞ。
どうすりゃいいんだろうか。
と、そんな頭を抱えたくなったタイミングで中年女性が登場した。中年とはいっても、かなり若く見えるエプロン姿の女の人だ。
「店長さん、どうしたんだい? 男の子なんか連れて。不良なこと教え込むんじゃないよ?」
すると若山さんは、藪から棒にこう言った。
「ところで華江さん。ボウリングとか好きですか?」
「嫌いだね」
そして、ぴしゃりといつも開かれっぱなしのはずの戸が閉じられ、静寂の後、何となく冷たい風が通り過ぎて行った。
「おかしいな。好きそうなイメージなんだが」
「えっと、どうするんですか? ボウリング……」
「ふっ、算段が狂っちまったな。だが、まだ終わりじゃない。資金調達がちょいと暗礁に乗り上げたってだけだ。次は、この町の大工を訪ねてみよう」
そうしてやって来たのは、ある変な民家である。
湖の近くにある住宅街。湖の南に、白い建物が多く並んでいる場所がある。教会があったり、箱型の建物、その二階部分で洗濯物を干している主婦が居たり、サングラスをかけた怪しげな露天商がアクセサリ売っていたり、別の露天商が怪しげな白い粉を並べて吊り下げてたりしている。
思えば、この場所には初めて来た。誰もこの場所のことを話題に出さないし、事前に町のことを調べた時にも、この住宅街には一行たりとも触れていなかった。
「いいか、達矢。例外はあるらしいが、ここは、もともとこの町に住んでた奴らじゃない連中が住んでいるところだって話だ。つまりは、よそから入ってきた悪い奴らの町。掃き溜めの町のさらにド底辺スラム街だ。見た目は綺麗だが、スリとかに気をつけろよ。あと、あんまりフラフラと路地裏とかには行くなよ。九割がた殴られるからな」
「え、はい」
俺は返事して、とりあえず財布の所在を確認した。
が、後ろポケットに入れていたはずの財布はすでに無かった。
「あれ? 無い?」
「既にスられた後だったか」
「さ、先に言っておいて下さいよ、若山さん」
「すまんすまん。まさか大通りでスリが出るとは予測できなかったからな」
財布が無くなった。幸い、現金が三千円入っているだけで、他に大事なものとか入れてなかったから良かったものの、うっかりキャッシュカードとか持っていようものなら大変なことになっていたやもしれん。
失われた三千円は名残惜しいが、こんな町で盗まれたものは、もう仕方ない。あきらめるとしようか。
「それで、目的地はどこなんですか?」
「おう。それなんだが、もうすぐそこだ」
そう言って、指差した先には、広い庭が雑草だらけの敷地。門というものが無く、すぐに入口の扉があった。他の民家と同じように白い建物、しかし他の家とは一線を画す形状をしていた。
ロケット。そう、それはロケットの形をしていた。
雑草と土の中に雄々しく屹立する白いロケット。
今にも空へと打ち上げられそうである。
「すごい建物っすね」
「ああ、噂によれば、ここにロケット大好きな大工が住んでいるらしい」
「大工がロケット作るんですか?」
「何でも、趣味がロケット制作なんだそうだ。地下に巨大なラボがあるって話を、さっきの花屋の女が大笑いしながら話してくれてな。色々と資材や工具なんかを調達できるかと思ってな」
「なるほど」
「さ、それじゃいくぞ。交渉だ」
「はい」