RUNと明日香のボウリング遊び-1
俺には、同じような時期に転校してきたという理由で仲良くなった女の子が二人居る。双方ともに、とても可愛くて、男たちが放っておかないような女の子である。
大場蘭と紅野明日香。
特筆すべきは、大場蘭。RUNという芸名だったので、RUNとか周囲から呼ばれており、俺もその名で呼んでいる。モテモテどころか元国民的アイドルという、いかれた雲の上みたいな経歴をお持ちである。
なお、明日香の方は家出好きなのと「骨折るよ」などと事あるごとに脅してくるのが玉に瑕な女の子である。普通であるとは言いがたいが、こちらはそこらへんに居そうなちょっと可愛い一般人である。
そんな二人と、俺は仲が良い。いつの間にか三人で行動するようになっていて、とにかく仲が良いと周りからも言われるようになった。
いや、仲が良いとは言っても、恋とか愛とか、そういう類のものではない。なんというか、友情みたいなものだ。同じ時期に外の世界からこの町に送られてきてしまったから、そういう感情が芽生えたんじゃないかと思うよ。
恋愛じゃない。その根拠は何かって?
だって、二人とも俺をこき使うばかりで、子分や手下やペットにでもしようと目論んでるのかと勘繰りたくなるくらいに、人使いが荒いから。
何か頼まれて断ると、明日香には例によって例のごとく骨折るわよ的なことを言われ、RUNちゃんこと大場蘭には失望の表情を見せ付けられ、そんな二人の言いなりになって駆け回っているというのが、この町に来てからのマイ行動パターン。
だいたい明日香に言われることといえば……達矢ジュース買ってきて、美味しい店探してきて、あんたのおごりね、バカじゃないの鎖骨折るよ、何か面白いことないの……とか、そんな感じ。
そんでもってRUNに言われることといえば……なあ達矢くん荷物もってくれへん、なあ石蹴りせえへん、なあ映画館探してきてくれへん、ウチ失望したわ、ええよ明日香ちゃんだけには奢ったる、なあ普通の子ってどないなことして遊ぶんやろ……とか、そんな感じ。
ある日、面白い遊び考えなさいよと明日香が言えば、ウチ普通になりたいねん普通の遊びいうん教えてなどとRUNも頼んできた。
面白く、かつ普通の遊びを、この町で実現ってのはなかなか難しく思えた。
まったく無茶を言ってくれる。
うっかり安請け合いなんてしたくなかったが、何となく断ることもできずに、俺が色々な遊びを考える運びになったのである。
とりあえずRUNはかつて歌手をやっていたという話だった――というのを、風間史紘という男が興奮気味に言っていた――のでカラオケを提案してみたところ、明日香は「いいわね、カラオケ好きっ」と言ってマイクを握る動作をしながら喜んだのだが、RUNの方が、すっごい嫌そうに、「見損なったわぁ」などと言い出しそうな視線をぶつけてきて、何となく雰囲気に影が落ちたことに気付いた明日香が、「カラオケは、やっぱやめよっか。ほら達矢。次の案だして、次の案。じゃないと四階の高さくらいから飛んでもらうから」などと脅してきた。
そんなことを思い出しながら、俺は大量のダンボールを運んでいた。
ショッピングセンターの裏に積まれているダンボールを無断でかっぱらってきたわけだが、このダンボールで何をするのかというと、ボウリング場を建設するのだ。命令だからな。
あのとき、明日香が思いついた顔で、じゃあボウリングなんてどうかな、と言った時、
「ボウリング?」
と、RUNは首をかしげた。本当にボウリングなんてものを知らなかったかのような反応だった。
そこで、俺はふざけて、
「RUN。ボウリングってのはな、どれだけ深く穴を掘れるかを競う競技なんだ」
「なんや、それ面白そうやん。どないなルールなん?」
「RUN。達矢の言ってるのは嘘だから」
「なんや、最低やなジブン」
「ふっ、冗談の通じない女どもだぜ」
「なんや、むかつくな」
「そうね。前歯の半分くらい削ってやろうかしら」
「また明日香は恐ろしいことを言うぜ……」
「とにかく、達矢、RUN。ボウリングをするわよ」
「達矢くん、ボウリングって、本当のところ何なん?」
俺は少しの間「うーん」とかって唸りながら言葉を探り、何とか言い表してみる。
「十本のマトリョーシカのような形状の物体を三角形に並べて、そのマトリョーシカの群れにとても重たい石の球を転がして何度もぶつけまくり、その本数を競うものだ」
「マトリョーシカに……なんや、残忍っぽいな」
ちなみにマトリョーシカとは、人形の中から人形が次々と出てくるロシアあたりの民芸品である。たしかに人を象ったものにボールぶつけて弾き飛ばすとか、なんか残忍だよな。こけしを並べてボールぶつけて吹き飛ばす映像を想像して、残忍さに震えた。
「いや、うーん。たぶん人の形してるわけじゃなく、ピンに顔があるわけでもないんだけどな、とにかく、やってみればわかる」
「そないにプッシュしてくるんやったら、相当おもろいんやろな。たのしみ。どこでやるん? そのボウリング」
「達矢、この町にボウリング場はある?」
「あるもんか。そんなの」
すると、明日香はフムフムと頷いて、思いついたように顔を上げ、
「まあ、達矢がつくればいっか」
無茶なことを言った。
という感じで、今に至る。
ダンボールを持って坂を上り、学校に着いた。空き教室にて作業する。
ダンボールをくりぬいて、張り合わせ、ガムテープで接合し、中身が空洞なピンを十個ほどつくる。
丸め固めた紙くずにガムテープをぐるぐる巻きにしてボールにする。指を入れる穴すら開けない。
せっせと額に汗しながら、カッターナイフとガムテープとダンボールを駆使して工作した。
廊下に歪なピンを並べ置いてボールを転がしてみる。歪なボールは不規則に転がり、目標の先頭ピンにかすりもせず、というか、届きもせず、途中で止まったため倒れなかった。
「よし、なんとか形にはなった。明日香とRUNコンビを呼ぼうではないか」
そうして、女子寮に電話を掛けたところ、伊勢崎志夏が出た。世間話もそこそこに明日香にとりついでもらって、「できたどー」と告げると、嬉々とした声で、「すぐ行く! 校舎四階の廊下ね!」と返ってきた。
そうして待つこと二十分程度。明日香とRUNがやって来たのだが、
「達矢、なにこれ」
「明日香ちゃんが図書館の本で見せてくれた写真と、全然ちゃうやん」
どうやら、お気に召してくれなかったようだ。
「あまりにも酷い出来。期待してたのに、ひどい裏切り」
裏切りとか、そこまで言うことないじゃないか。
「なぁ、これどないして遊ぶん?」
「なに、RUN、知らないのか?」
「一応明日香ちゃんからルールとかは説明してもろたんやけど、想像してたんとちゃうしなー。達矢くんにとったらボウリングいうんが普通のことなのかもしれんけど、ウチにはようわからんわ」
「とりあえず、これを」
俺はそう言いながら、大半が紙でできた地球に優しい球をRUNの方へ転がす。
RUNは、少々歪な形状のそれを拾い上げると、
「これを、どないするん?」
と言って小首をかしげた。
「それを転がして、あれにぶつける」
俺が指差した先には、これまた歪な形状のピンが十本ほど立ち並んでいた。RUNからピンまでの距離、三十メートルほどある。
RUNは、「わかった、やるで」と言いつつ、たぶん明日香からフォームなどを教えられていたのだろう。ピンを見据え、ぎこちないながらもそれっぽいフォームで球を転がした。
しかし、球はなんと途中で勢いを失って止まってしまったではないか。
まずい。まずいぞ。なんだか不穏な空気が流れている。
頼む。誰か、何とかしてくれ。
そうだ、こんな時ほど神風に期待しようじゃないか。あの球を、あと数メートルほど押す風が来てくれれば。そうすれば、このおサムい空気を払拭できるに違いない。
俺は窓を開け、強風を招きいれた。
するとどうだろう。ボールが再び転がり始めたぞ。
「よし、いけ、倒せRUNの魂がこもったボールよ! 走れ、そして居並ぶピンどもを倒すんだ!」
しかし、そう上手くはいかなかった。
なんと、窓から入った強風は、あろうことかボールを押すだけに飽き足らず、全てのピンをまるで紙細工のように吹き散らし――いやまぁ、本当に紙細工なんだけども――そして広がったのは静寂で、突き刺さったのは女の子二人の視線だった。
「す、ストライク、だな! 全部倒れたからな! 初めてなのにすごいぞ。RUN!」
険しい。その視線、まるで尖った刃物のようだ。
「全然たのしないな」
とRUNが言い、そして親分たる明日香は、
「達矢」
と冷たい声で俺の名を呼んだ。
「な、なんすか、明日香さん」
「私に恥かかせたわね」
俺は大いに焦った。
「い、いや、その、何だ。ごめんなさい」
「ちがうでしょ。あんたが言うべきは、『もう一度チャンスをください』でしょ?」
「まだやれと? やりなおせと?」
すると、当たり前でしょ骨折るわよとでも言いそうな顔をしてきた。
「そうは言ってもな、明日香。ボウリングってのは、割と洗練されたスポーツなんだぜ?」
「はぁ、いいわけとか……」
溜息を吐かれて呆れられたぞ。
「最低やなぁ、達矢くん」
可愛い顔を崩して不満を表明されたぞ。
「あー! わかったよ! もう一回チャンスをください!」
「今度は真面目にやりなさいよ?」
終始真面目にやったつもりだったんだがな。




