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ブルースクリーン-6

 なかなか脱ぎたがらないので、無理矢理服を脱がせようとしたのだが、さすがにそこには人間の心が残っていたようで、嫌がった。


 俺は紗夜子がシャワーを浴びている間に、バスタオルを置き、着替えの制服を置いてやった。どうやら久々に浴びたシャワーは気持ちよかったらしく、すぐに出てくるなんてことは無かった。


 俺は、その隙に……パソコンを理科室から持ち去った。


 決断の時だと思ったからだ。


 正直に言えば、憎かった気もしてる。つまりは嫉妬に似た感情があったのだろう。機械にゾッコンになる紗夜子も紗夜子だが……機械に嫉妬する俺もどうかしてると思うが……まぁそういうことも時々ありうるんだろう。


 壊してしまいたいところだった。しかしさすがに二百万で買ったものを破壊するのは気が引けた。


 でかい画面や何色ものコード束を抱えて、校内を歩き回ってみた。特に逃げ場が無いことに気付く。


 学校の外に出た。


 しかしまぁ、俺が行ける場所なんて限られている。寮は退寮処分受けてるし、バイト休んでる手前ショッピングセンターに顔なんて出せないし、教室には行きたくないし。


 俺は図書館に向かうことにした。なぜなら、まだ行ったことない場所だったからだ。


 笠原商店も考えたが、あそこは学校から近すぎるし隠すには狭い。匿ってもらうほど看板娘と仲良しなわけでもないし。


 図書館ならば、広いし学校から距離あるし、隠し場所としては悪くない選択だと思う。


 俺は紗夜子に見つかることのないまま図書館にパソコンを置き去りにした。


 空を見上げれば、真っ青で、晴れ晴れとしていて、そこに紗夜子の悲しそうな顔や怒り顔が浮かび上がってきて、空は澄んでいるというのに、やるせない気分になった。


 学校に戻った。


 理科室に入ると、制服姿の紗夜子が呆然と立ち尽くしていた。


「えっと、紗夜子?」


 振り返った。何も無い目をしていた。虚ろな、吸い込まれそうな虚無の瞳とでも言えばいいのだろうか。


 どうしたらいいのか、全くわからなかった。


 パソコンを返してやりたいと思った。でも、それは絶対にダメだとも思った。何か代わりになるものがないかと思い巡らせた。でも、何も思いつかなかった。


 漫画や小説なんかじゃハイスペックPCという名の禁断の果実を知ってしまった紗夜子にとっては物足りない。もうゲームなしでは禁断症状が出るレベルの体になってしまった紗夜子には、どうしたってパソコンが必要だと思われた。


「どこにいったの」


 紗夜子は、悲しそうにそう言った。


 もちろん、パソコンが何処に消えたのかを質問しているわけだが、俺は、ずいぶん長い間ろくな睡眠をとっていない風呂上りの子に向かって言ってやるのだ。


「とにかく、やすめ」


 しかし、無言を返してくる。パソコンの行方が気になるようだ。当然といえば当然だけども。


「それとも、メシでも食うか? まだ午前中だから、食堂にも色々残ってんだろ。奢るぞ。どうだ? たまには、な?」


 しかし、また無言だった。


 もうどうしたら良いんだか、わからなかった。


 俺が紗夜子にして欲しい事は三つくらいしかない。


 寝て欲しい。

 飯食って欲しい。

 パソコンからしばらく離れて欲しい。


 それら全てが叶ったとして、紗夜子の目に光が宿るとは思えない。


 すごく、喜んでくれたんだ。パソコンを持ってきた時。喜んでくれて嬉しかったんだ。だから、本当はパソコンをさせてやりたい。存分に、死ぬまで。


 でも、それは果たして紗夜子のためになるだろうか。


 紗夜子は何でもできる万能で、とても可愛い子なのに、それを錆び付かせてまでゲームに逃避させるべきなのだろうか。


 何でゲームなんてもんが存在してんだろうかと憎かった。


 何で自分の方を向かせられるほどの存在になれないのかと悔しかった。


 紗夜子は、ぼーっと虚空をながめている。俺の顔を見ているようで、見ていない。何も見ていなかった。それはもう、本当に、人間ではないと思った。魂をどっかに置いてきてしまった抜け殻にしか見えなかった。


「ちょっと待ってろ」


 俺は、食堂で、紗夜子が好きそうなイタリアっぽいものをいっぱい買って、買占めに対して大いなる顰蹙(ひんしゅく)を買いながらも、罵声を浴びながらも、構わず必死で買い続け、紗夜子のところへ持っていった。大量の借金をタダ働きで返してる貧乏な俺にできる最高の奉仕だった。


 がつがつ食べた。やっぱ飢えていたようだ。


 トイレに行って、また食べた。


 そして食べかすをつけたまま、寝た。しかもベッドとかじゃなくて、座ったまま机に伏す形で寝た。食べてる途中で寝た。虫歯になりそうで心配だが、とりあえずは睡眠が大事ということにしておこう。


 ベッドに運んでやった。


 熟睡していた。安らかに、ほんの小さな呼吸音を立てて。


 生きているようで、安心した。


 汚れた口元をハンカチでふき取って、湿った黒髪を撫でてみる。


 きっと、起きたら怒ったり暴れたりするに違いないと思った。


 でも、俺はそれを受け止める責任がある。


 もしかしたら、何もせずにただボンヤリと抜け殻のままでいるかもしれないけれど、それも受け止めてやりたい。


 俺には、そばで見守る責任がある。


 だって、原因、全面的に俺にあるから。


 俺が紗夜子のパソコンでいかがわしいサイトを見なければ、紗夜子の大事な宝を窓から投げ落とさなければ、俺が新しいパソコンなんて与えなければ、俺がもっとオンラインゲームに負けない面白い人間だったら。


 なんて、今更言っても、仕方ないんだけど。



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