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ブルースクリーン-5

 数日が経過した。


 単刀直入に言おう。浜中紗夜子はネトゲ廃人になっていた。


 ネトゲ廃人というのは、ネトゲ。つまりオンラインゲームに夢中になりすぎるあまりに人間でなくなることである。元々紗夜子は人間未満と言っても差し支えないほどおかしな子であったが、パソコンのスペック急上昇によって廃人ぶりに拍車が掛かってしまったようだ。


 素晴らしい性能を持ったパソコンは、古めかしい以前のパソコンでは成し得なかった物事を簡単に、しかも同時に複数こなせるとあって、紗夜子はパソコンしかやらなくなった。


 俺もバイトで忙しくて、紗夜子にかまってやれなかったってのもある。


 毎日死んだ目をしてメシもろくに食わずに、ネット上の仲間と共に遊びまわる姿は、見ていてとても苦しかった。


 俺は若山さんに頼み込んで、しばらく休みをもらった。


 何とか紗夜子が人間性を取り戻して、せめてメシ食って、ちゃんと寝るようになるまでの間だけ、必死にお願いして休ませてもらうことにした。


 紗夜子は、もう何日着てるんだかわからない黒のワンピース姿で忌まわしき箱の前に居る。ものすごいキレイなグラフィックスが表示されていて、女性キャラが走ったり剣を振り回したりしている。新しく始めたゲームのようだ。


「なぁ紗夜子、一番のウイルス対策って、何だと思う?」


 普段なら、マスクとか、ワクチンとか、ねぎとか、ローズヒップティーとか返してきそうなもんだが、画面上で狩猟にいそしむ紗夜子は、似ても似つかない背の高い美人女性キャラである『まなか』を操作し続けていて反応を示さない。


 もしも紗夜子が、パソコンに毒されるあまりに「セキュリティソフト導入」とか言い出そうものなら、「いいや違うな。パソコンをしないことだ!」と言い返してやろうと目論んでいたのに、皮算用に終わった。


 俺は、無視を続ける紗夜子に何度も話しかける。


「紗夜子。紗夜子。さーよこ!」


 嫌だと言っていたあだ名でも、呼んでみる。


「へい、カッペリーニ! カッペリーニ!」


 無視である。


「カッペ!」


 画面見つめて集中してやがる。


 おかしい。この悪口に近いあだ名は相当嫌っていたはずなのに。


「そーれ、カッペ! カッペ! カッペリーニ!」


 手を叩きながら、応援するように言うと、ついに紗夜子はキレた。


「ああぁぁああああ、もおおおおおお、うるさいなもぉおおおおお! やられたよもぉおおおおおお!」


 画面の中で獲物に返り討ちくらったらしい。


「たっちいいいい! ばか! わたしだけの問題じゃないんだよ! パーティなんだよ! ギルドなんだよ! クランなんだよ! 部隊だよ! 軍隊なんだよ! 応援してもらってたんだよ! わたしだけだったら仕方ないけど、他の皆に迷惑がかかることだってあるんだよ! そこんとこわかってんの!」


「わからん」


「う○こ!」


 きわめて小学生的な罵声を浴びせてきた。


 なんだかなぁ、この紗夜子は見ていて相当嫌だぞ。ぶっちゃけ気持ち悪い。


「トイレなら外だぞ、行って来い」


「違う! たっちーが、う○こ!」


 俺を排泄物よばわりするとは、なんてヒドイ子。いやしかし、排泄が無ければ人間というものは成り立たんのではないか。


 そして、排泄と同じくらいに大事なのが、栄養摂取であり……。


「腹減らないのか?」


「うるさい!」


「何か好きなもんあれば買ってきてやるぞ」


「うるさい!」


「そうだ、俺がパスタでも作ってやろう。お前のよりは味は落ちるだろうが、俺だって全然できないわけじゃないんだぜ」


「うるさい!」


「ていうか、紗夜子。お前ちょっと風呂入って来い。お前のようなかわいこちゃんに向かって、こんなん言いたくないんだがな、ハッキリ言ってくさいぞ」


「だまれ!」


「一緒に、風呂に入らないか」


「ああもう! またやられたぁ! また皆に謝らなくちゃ」


 右手をボサボサで油っぽい髪に突っ込んでグシャグシャにしながら申し訳なさそうにしていた。もちろん俺に対してではない、画面の向こうの人々に対してである。もう俺のことなんてほぼ眼中に無いのだろう。


「紗夜子」


「なに!」


「好きだ」


「で?」


 うわのそら。


 もうダメだこの子、と思った。


 何が紗夜子をダメにしたのかと考えた。


 そんなもん、決まってる。


 パソコンだ。


 画面上では、またしても『まなか』とかいうキャラクターがイノシシのような獣を相手に大暴れしている。ものすごいマウスさばきとキーボードさばきで攻撃しているのだが、なかなか巨大イノシシは倒れない。


 ううむ、画面上右下に表示されたチャットでの、紗夜子の扱う『まなか』の評価はどうなんだろうか。


〔まなかちゃん、装備が弱いからダメージ入ってないよ〕

〔レベルがまだ全然なのにそいつは無理だろう〕


 どうやら、無謀な挑戦をしているようだ。


〔いや、でもうめぇwwwwなにこいつwwwwまなかwwww〕

〔応援するぞ、まなかたん!〕

〔いや、ここは援護すべきだ。まなかの挑戦を見守りたいのはやまやまだが、さすがに三時間くらいかかるぞ〕

〔ダメだ。援護なんて。まなかにも、男のプライドがある〕

〔どう見ても女キャラです、本当にありがとうございましたwww〕

〔いやどうせネカマだろw〕

〔しかし、すげぇな。攻撃も回避も〕

〔一発もらったら即死だもんね。よくもってるよ〕


 そして善戦しているようだ。


〔あぁあああ。惜しい! あとちょっとだったぁ〕

〔ざまぁwwwwww〕


 どうやら負けたらしい。


 紗夜子がキーボードをズダダダっと打ちこんだ。


〔ごめん皆。もう一回だけやらして〕


 まだやる気らしい。


 さすがに俺は、実力行使に出ることにした。


 紗夜子のパソコンがある机の下にもぐりこむ。別にパンツが見たいとか、そういうわけじゃない。目的は、線だ。


 紗夜子のパソコンは、有線でインターネットと接続している。俺も若山さんのところで少し学んだから、どこが何の配線なのかっていうのくらいは理解できるようになった。


 それを、引っこ抜いてやる。


 俺は、机の反対側に出た。つまりパソコンの裏側に立った。座る紗夜子の顔が見える。


 紗夜子は、険しい顔で俺を一瞬だけ見上げた後、再び画面に向き直り、操作に集中する。キーボードとマウスで細かくキャラへと伝達する命令を出していく。


 ズダダダダと篠突く雨のような音が響く。


 俺は、ひとまずモニタを横に向けて妨害してみた。


 バシン、と机が叩かれ、またしても紗夜子が叫ぶ。


「あぁああああああ! もう! 何でそういうことするの! 何で! 何で! ねぇ何で! わたしに何かうらみでもあんの? 何、何、何、何何何、いい加減にしてよもう! 何、何なの、何なのもう!」


 何だかなぁ、廃人化してから、より一層ボキャブラリーが貧しくなった気がする。だいたいキレちゃうと「うるさい」「だまれ」「いいかげんにしろ」「何なの」「何で」くらいしか言わない。


 ああそうか。だから廃人って言うんだろうな。


 紗夜子は、自分の手で重たい画面を元の位置に戻した。


 俺はすかさず、インターネットの線を抜いた。


 画面上が少しだけ暗くなり、『ネットワークが切断された』的な文字列が踊ったのだろう。紗夜子は二分くらい口をあけて唖然としていたが、三分後くらいには犯人が俺であることに気付いて、怒って追い掛け回そうと立ち上がった。


 しかしふらついた。まともに栄養をとってないし寝てないんだから、そりゃそうなるだろう。俺は、慌てて紗夜子のそばに回りこみ、支えてやる。


 なんかもうついでに弱ってるから抱きしめてみる。


 が、二の腕に噛みついてきた。


「いたたたたっ」


 すげぇ痛い。けれどそれでも、離さない。


「大丈夫。こわくない……こわくない……」


 なんて、昔の名作アニメ映画の動物をなだめるシーンを真似してみたところで、紗夜子の心には届かなかった。


「怒りに我を忘れてるわけか」


 何とかしたいのだが、その前に、この悪臭がどうにかならんものか。なんか獣くさいぞ。髪もベタベタするし。


 とりあえず、説得してみる。


「目をさますんだ。ゲームの中にある人間関係なんて、町から出られないどころか校舎の外に出ないお前の身に余るもんなんだよ!」


「むしろ出られないからでしょ!」


「うるさい。あんなものがあるからいけない!」


「たっちー! 出てけ!」


「やだね! 俺はお前のこと好きだから出て行かないね!」


「たっちー大嫌い!」


「嫌われても構わないけどな、ここは理科室だ! お前の部屋じゃない! だから出て行く必要なんて無いね!」


「帰れ! 帰れ帰れ帰れ帰れ!」


「あーもう何でも良いから、風呂に行くぞ!」


 俺は紗夜子の手を引いて、シャワー室へと向かった。


 抵抗したので、もう無理矢理小脇に抱えて廊下を走った。


 抱えられながら俺を見上げる目つきには、殺意すら感じられた。


 何で、こんな子になっちまったんだろうな。


 何度も言うように、やっぱり原因はパソコンだろうとは思うけど。


 あのパソコンの前から一時も離れたくないんだろう。




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