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えーすけ(不良A)の話-後編

 教室での最悪の再会の後、上井草まつりは再び部屋に閉じこもり、浜中紗夜子も学校に行くことができなくなった。


 深刻だったのは、より繊細な紗夜子の方で、人間不信になり、親を相手にすら怯えるようになってしまった。両親は、紗夜子を残して村を出ていった。


 えーすけは、何とかしなけりゃいけないと思った。


 しかし、紗夜子はえーすけが近づいても怯えるので、どうにもできなかった。誰も、誰も近づけず、紗夜子は、ひとり。


 えーすけは、紗夜子の家の前をうろつき、何とか生きていることを確認する日々が続いた。


 そんなある日のこと、えーすけは、「上井草家の娘が手首を切った」という噂を耳にする。


 ――まつりなら、やりかねない。


 えーすけはそう思った。


 その心の脆さを何となく感じ取っていたから。


 ますます何とかしなくてはいけないと思った。


 ――村を、変えよう。


 強く思った。


 そう思ったのは、えーすけだけではなかった。


 いずれ村の長になるはずだった上井草那美音が村の外へ出て行ったこともあり、村はターニングポイントにあった。


 村を、どうするのか。


 とにかく、何かを変えなければならないということだけは、村の誰もが思っていた。


 そこに重なるように、大地主であった穂高家の頭首が突然病死し、相続の際に穂高家が多くの土地を手放した。


 土地を買ったのは、後にショッピングセンターを建てる企業。


 その企業は、後にショッピングセンターの敷地になった土地以外を村に譲渡した。


 村は、その広大な土地を何かに使えないかと思った。


 しかし、厳しい風が吹く村であり、村に入る方法が少ない上に危険を伴うといった立地条件の悪さから、観光地化しても村を訪れる観光客はそう多くは望めない。


 政府にも強い影響力を持っていた穂高家の頭首が亡くなってしまった以上、何らかのアクションが必要になったこともあり、連日会議が開かれた。


 村の長所を活かして、何かをするために。


 そして、村の方向性を決める会議の席で、偶然居合わせたえーすけは呟いた。


「風力発電……」


 以前ニュースになっていた。


 風と風車さえあれば、発電ができる。


「「「それだ!」」」


 大人たちは口をそろえて力強くそう言った。


 そして調子に乗ったえーすけは更に言った。


「学校を、不良の更生施設にして、上井草まつりを更生させる」


「「「それだ!」」」


 大人たちは、よく考えもしないで口を揃えた。


 こうして、風力発電計画を誘致することと、不良の更生施設を作ることが決定した。


 上井草まつりを何とかしなければ、浜中紗夜子もどうにもならない。


 この判断が良かったのか悪かったのか。


 半ば勢い任せで決めてしまったことについて、どうなのか。


 それは、今でもわからない。


 とにかく、村は大きく変わった。


 穂高家の敷地は、花畑から草原に変わり、いくつもの中古の風車――白い三枚羽の風車――が建った。かわりに四枚羽の風車小屋は取り壊された。ショッピングセンターの建設も始まった。


 町になった。


 えーすけも、変わった。かつての不真面目さが嘘のように勉強も続け、他の生徒たちからの信用も得て、生徒会長にまでなった。


 全ては、浜中紗夜子のために。


 つぐないは、紗夜子が元に戻るまで、人を見てもこわがらないようになるまで続くのだと思った。


 学校のために尽くすこと、それが、えーすけの生きる意味だと言えるほどでもあった。





 しかし、そんな日々は学校が不良の更生施設として本格的にスタートしてすぐに変わった。


 生徒会選挙があって、伊勢崎志夏という女が、新たな生徒会長となった。


 ただそれだけの話だった。


 しかし、えーすけは納得がいかなかった。


 何処からか現れた、どこの誰とも知れない伊勢崎志夏という女が生徒会長になり、村のため……いや、町のために尽くしてきた自分が、ほとんど票を集められずに大差で負けたのか、首を傾げるしかなかった。どうしても納得できなかった。


 自分だけではない、それまでの生徒会のメンバーが軒並み落選したのだ。


 負けたこと自体に納得がいかないわけではない。ただ、もしも選挙でありながら不正があったとしたら……。


 そう考えて、仲間たちと共に夜の学校に忍び込んだ。


 元会長であるえーすけを先頭に。


 無表情で無愛想な元副会長(後の中華店員)と、元副会長の弟(後の不良B)。


 どこからどう見ても普通の男子である会計(後の不良C)や、メガネの書記(後の不良E)らと共に。


 伊勢崎志夏が不正をしていると思った。それを暴こうと思った。


 しかし、そこに待っていたのは……。


 大人たちだった。


 伊勢崎志夏が何故か事前に旧生徒会陣の不穏な動きを知っていて、大人たちに通報したのだ。


 不正を試みたと思われたえーすけたちは、厳重に注意を受けた。


 そう――注意を受けた。


 その紛れも無い事実は、えーすけたちの立場を更に弱めた。


 あたかも不正を働いた人間たちだというような目を向けられるようになった。それは、各地から集められた不良からですら、自分よりも劣った存在だと見られるようになるということだった。


 ――この更生施設で、さらに悪いことをしようとするなんて、劣っている。


 と、そういうことだ。


 その結果……まずは元副会長の弟が不良化した。


 真面目だったメガネの書記や、普通の男子だった会計までも不良化し、えーすけも不良だと思われるようになった。


 しかし、えーすけは、それでも良いと思った。


 伊勢崎志夏が不正を働いた疑いは捨てなかったが、その状況でさえも活かそうと考えた。


 えーすけは、浜中紗夜子のために生きていた。


 えーすけの目的は、紗夜子を助け出すこと。


 そのために必要なのは、上井草まつりを成長させること。


 えーすけは、不良Aとなることを決めた。


 その行動が、本当に上井草まつりを成長させることに繋がるのかというのは甚だ疑問ではあったが、不良化してしまった仲間たちにも救いの手を差し伸べたかったという目的の方が本命だったようにも思える。


 何にでも折衷案を打ち出したがってきた、えーすけらしい選択だっただろう。


 ともあれ、えーすけは不良ごっこにも似たことをすることを決めた。


 しかし、不良を演じて筋トレしているうちに本当に不良になってしまったところに、えーすけの脆さがあった。


 やがてえーすけ一派は、上井草まつりと対立する立派な不良グループになった。


 風車の街に送られてくる不良は、上井草まつりの圧倒的な暴力の前に屈するケースが非常に多く、そうするうちにライバルが居なくなってしまえばストレスに満たされた彼女の暴発は必至である。


 そんな中で、ストレスに弱い上井草まつりが何とか爆発せずにやってこられたのは、えーすけ一派が度々まつりにケンカを売ったからかもしれない。


 真実は、まつり本人にもわからない。





 えーすけ、つまり不良Aは、今でもずっと、紗夜子のために生きている。


 いつか、紗夜子が太陽の下で駆け回る日を夢見ている。


 それから、もう一度生徒会長に返り咲いて、仲間たちと楽しい世界を築くことも――。





【えーすけ(不良A)の話 おわり】



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