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えーすけ(不良A)の話-前編

「もうしわけありません!」


 後に不良Aと呼ばれる少年、えーすけは、病室の戸に向かって頭を下げた。


 扉に貼られた紙には『面会謝絶』の文字。


 扉の左側の壁を見れば、入院者している子供の名前が書かれたプラスチックのプレート。


『浜中紗夜子』


 そこは、利き腕である左腕、それからその左腕を支える左肩に大怪我を負った、浜中紗夜子の病室だった。上井草まつりによって壊された左腕は、痛みを感じなかった。


 暗い部屋で紗夜子は一人、焦点の定まらない目で、自分の足にかかった白い布団を眺めていた。廊下からの男の子の声は右耳から入って、左耳へと抜けて行って、紗夜子の意識に触れることはなかった。


 麻酔で感覚の無い左肩に右手で触れた時、涙がこぼれた。


「浜中ぁ! ごめん! ごめんなぁ!」


 叫んだ。


 今度は、紗夜子もその声に気付いた。


 気付いて扉の方を見た。


 しかし、声は届きはしても、紗夜子の心に響くことは無い。


 浜中紗夜子は天井を見つめた。


 光を放っていない蛍光灯を見つけた。


「…………」


 病室の外、扉の前の少年は、悲痛そうに俯いた。


 責任を感じていたからだ。


 大半の責任が上井草まつりにあるのだとしても、えーすけという男の子にも責任が無いとは言い切れなかった。


 もしも、えーすけが紗夜子のスカートをめくらなければ、まつりが怒ることもなかった。


 もしも、えーすけがまつりに吹き飛ばされなかったら、紗夜子の上に落ちて左肩への決定的なダメージを与えることもなかったかもしれない。


 しかし「もしも」や「たら」「れば」をいくら言ったところで、どれだけ「イフ」の話をしたところで、もうこの町の技術で紗夜子の肩が完治することはないのだ。


 だから彼には、ただ謝ることしかできなかった。


 それしか思いつかなかった。


 紗夜子に謝罪するために、もう何日も、数えるのが億劫になるくらい、えーすけは病院に通っていた。


 相手にされなくとも、面会できなくとも、ただただ申し訳なくて、自分の子供っぽい行動を大いに後悔した。


「もうしない、二度とあんなこと、しないから……」


 だからどうか、許して欲しい。

 だからどうか、時間が巻き戻って欲しい。

 だからどうか、浜中の肩が元通りになって欲しい。

 それまで、浜中のために動こう。


 つぐない。


 そう、つぐない。


 それまでの自分を捨てて、浜中のために。


 元通りになるまで、元通り、浜中の好きな野球とかできるようになるまで……。


 そう思った。





 それから、えーすけは変わった。


 それまでのヤンチャぶりは封印し、真面目になった。


 定期的に紗夜子のところにも通った。相変わらず、紗夜子には響かなかったけれど。


 えーすけは、ヤンチャなままの自分では浜中紗夜子を助け出すことができないと思って、浜中紗夜子が戻ってきた時に安心できるようなクラスを、学校を、作ろうと決めた。


 そのためには、まず村一番の問題児であり、不良である上井草まつりを何とかおとなしくさせなくてはならない、と思ったのだが……。


 その上井草まつりも、自分の部屋に閉じこもり、登校しなくなっていた。


 上井草まつりの席、浜中紗夜子の席。


 二つの空席。


 何とかしたいと思った。


 でも、いい方法が思いつかない。


 頭が悪い自分が嫌になりそうだった。


 だからえーすけは、勉強を始めた。


 勉強は楽しかった。「できる」を感じることができるのは、気分がよかった。


 それは、後になって考えれば、風車の村の現実(まつりと紗夜子の問題)からは、逃避するようなものだったかもしれない。でも、不真面目だった彼が自信を取り戻すためには、必要なものだったようにも思える。


 さて、えーすけが周りに気が回らないくらい必死に、それまでの怠慢を取り返すかのように勉強している間に、上井草那美音が村の外に連れ出されてしまったり、上井草まつりが幼馴染同盟によって外に引っ張り出されて入院したり、一度退院したマナカは両親に無理矢理寮に入れられて餓死寸前で入院したり、といったことがあった。


 そんな日々を経て……紗夜子とまつりが再会する日がやってきた。





 まつりたちのグループは一人ずつ登校を始め、マリナの復帰で全員が揃った。


 しばらくの間、ようやく戻ってきた、『日常みたいで、でも何かが足りない世界』が数日続いて、そして、ある日のこと……。


 ガラリと教室の引き戸が開いた。


 久しぶりに登校してきた、というより登校させられてきた浜中紗夜子だった。


 できるだけ立ち止まらないように、でも俯いたまま、教室内に足を踏み入れた。


 そのまま、床を見つめながら歩いていく。


 と、その時、土で汚れた上履きが紗夜子の視界に入った。


 それでパッと顔を上げた。


 紗夜子の視界に現れたのは――


 腕組をして自分を見下ろす、上井草まつりの姿だった。


「ぅぅ……」


 目を逸らした。怯えた。


 それで上井草まつりの心は波立った。


 上井草まつりは、自分でも何が何だかわからないまま、


「おらぁああああああ!」


 暴れた。また、暴れた。


 紗夜子とまつりを少し遠い場所から眺めていたえーすけに飛び掛った。胸倉を掴んだ。


「うわぁ、な、何だよ!」とえーすけ慌てる。


「てめぇがぁ!」まつりは叫んだ。


「何だよ! 今日は何もしてないだろ!」


 まつりがこの暴力の正当性を主張するとするならば、「元はといえば、キミがスカートを捲らなければ、こんなことにはならなかった」というような、言い訳じみた理由を口にするだろう。しかし口にしなかった。


 とにかく、上井草まつりは俯く紗夜子には当たらないように、紗夜子の居る場所の反対方向にいくつかの机を蹴飛ばした。


 そして、ついでみたいにえーすけのことも吹っ飛ばした。


 えーすけは天井にぶつかり、床に落ち、気を失った。


 えーすけは、何も、できなかった。



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