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件名:よう、若山だ。

※逃避行の章の後日談です。

 よう、元気にしてるか。


 かざぐるま行きになることが決まった直後に葬式みたいな送別会してもらって以来だな。


 おれはそこそこ元気にしてる。もうすぐこの牢獄でも、携帯メールを使えるようにするつもりだ。そうすりゃ、もうちょっとお前とも気軽に連絡とれるようになるかもしれんな。


 もうこの町に来てから結構経つなぁ。


 思い返せば、色々あったんだが、これはあんまり外に漏らしちゃいけないことになってんだ。


 たとえば、実はとある軍隊が町を全部支配下に置いたってのは、まあ割と有名な話で、多くの人が知ってるよな。けど、うちの会社がその軍の極秘なあれこれに関わってるってのは、大半の社員が知らないことでな、そんでもってこれは社内でも秘匿にされとることなんだが、この牢獄の地下にあるトンネルから、お前んとこの店の近くに基地あるだろ、あそこに行ける道があるんだ、実は。


 まぁ他にも都会行きの地下道とかもあってな、ああ、これは内緒の話だぞ。俺はらしくないことに、高校生カップルを助けちまった。


 まぁそんなわけで、これがバレると厄介なことになる。


 何でそんなメール送ってくるんだって、今頃全力でしかめっ面してんじゃないかって予想してんだが、どうだ。


 いやまぁな、こんなアホみたいに機密情報を暗号化せずにお前に送ったのには理由があるんだ。


 おれ、結婚することになった。だから、もうどうでもよくなっちまって。


 いや、いや、あのな、ごめん。本当にごめん。


 おれだって、結婚したくて結婚するわけじゃないんだ。


 アイドルと結婚するのがおれの夢で、何より、ここに来る前のおれのアイドルはお前だったわけだし。おまえの他に結婚したいアイドルなんて、RUNちゃんくらいしか居ないし、ああいや、おまえよりRUNちゃんが好きとかいう意味じゃないぞ。勘違いすんなよ。


 とにかく理由があるんだよ。


 別に、その結婚する相手のことが好きってわけじゃないんだ。


 相手の名前を、穂高緒里絵といってな、どう見てもバカ女なんだ。


 何だって、こんなことになってんだってのは、おれとしても不思議でしょうがないっつーか。


 マジでお前に助けて欲しいって何度も思ったよ。


 だけど、その女の母親から日本刀構えられておどされたらさ、恩もあったし、もう逃げられなくてさ。


 バカだけど、緒里絵ちゃん若いし、好きってわけではないけど嫌いじゃないから、なんかそういうことになっちゃって、お前には本当に悪いと思うっていうか、ごめん、本当に。


 殴りに来てくれてかまわない。


 というか、殴りに来てくれ。そしておれと一緒に地下トンネルから逃げよう。


 世界の命運なんざ知ったこっちゃねぇ。


 おれは気付いたんだ。こんなことになって、こんなにもお前のことが頭に浮かぶなんて思っちゃいなかったから。


 お前が世界の中心だったことに気付くのが遅すぎた。


 いや、まだ遅くないはずだ。


 なぁ、マジで助けに来てくれよ。お前と手を繋いで都会の町とか駆け抜けてぇんだよ。


 いやさ、どうしてこんなことになったかって経緯を説明すれば同情してもらえると思うんだけどな、さっきも言ったけど、高校生カップルが居てな、まずそっから話さなきゃな。


 要するに、その高校生カップルの女の子の方がなぁ、兵器の鍵とされる存在で色んな軍隊から追われてたんだ。そんなこと知っちまったら可哀想になってなぁ。アブラハムっていう男と一緒に逃がすことにした。あぁ、これ本名じゃないぞ、アブラハムってあだ名の男だな。カタカナのあだ名だからって、あれだぞ。おれたちと同じような肌の色だぞ。んで、そいつとイチャついてたし、二人で逃がしてやることにしたんだ。


 そいつらは、ちゃんとうまく逃げ切ってくれたみたいなんだけども。


 だが、そしたらどうだ。今度はおれの立場がヤバくなっちまった。なんか上の方から本格的に目ぇつけられちまってさ、期待してたのに残念だ、みたいなこと言われて、もうまじ「エリートの凋落(ちょうらく)ゥ!」って感じだろ。


 挙句は命まで狙われちまってさぁ。色んな組織に恨み買っちまって、どうしようかなって話だよ。


 そこで守ってくれたのが、穂高って人なんだよ。牢獄の町じゃ最高ランクの名家でなぁ、昔は今よりもさらに立派だったらしいんだがとにかく乱暴な連中だ。


 おれを匿ってくれたのは良いんだが、条件として日本刀つきつけながら娘と結婚しろ、とか言ってくるんだ。


 だから、助けてくれ。


 ヘルプミーヘルプミーだ。


 花婿を奪う、格好いい女にでもなってみないか?


 なぁ、どうだ。


 ごめんな。


 長文になっちまってごめんな。


 またメールしていいか? 





 ――そして彼は、パソコン画面上に表示されたメールソフト、マウスを動かし送信ボタンをクリックして、メールを送ると、(くわ)えていたタバコの灰を灰皿に落とし、また咥えて息を吸った。


 と、そこに入ってきたのは、穂高華江だった。この時は、日本刀を装備しておらず、花屋のエプロン姿だった。


「ミキオさん、御飯できたよ。緒里絵が作ったハンバーグ。好きだろ、あんた」


「まあ……」


「どうしたんだい? 元気ないねぇ」


「いや、別に……」


「あ、タバコ吸ってたな。ウチの中は禁煙だって言ったはずだろう」


「あ、すみません」


 そう言いながらも、口からタバコを外さなかった。ちょっとした反抗がしたいのかもしれない。


「タバコやめなとは言わないよ。案外、タバコ吸うほうが長生きだったりするしねぇ」


 華江は遠い目をして窓の方を見た後、男の方に向き直り、続けて、


「でも、家で吸うのはやめな」


「いや、別にタバコ好きでもないっすけど」


「そうかい」


 若山はタバコをくわえたまま、


「それで華江さん、何か用ですか?」


「はぁ? いま言ったろう。昼飯だよ。緒里絵が作ったハンバーグ」


「あぁ、そうっすか」


「大丈夫かい、あんた」


「まぁ」


「ふぅ、あんたの気持ちはわからんでもないけどねぇ。あたしだって好きな人とは結婚できなかったんだ」


「そうっすか」


「だから、あきらめな」


「はあ、まぁ、おれはいいっすけど、緒里絵ちゃんは……」


「はんっ」と華江は鼻で笑った。「自分の娘をこんな風に言うのも気が引けるけどねえ、あの子はぶっちゃけ誰でも良いのさ。まぁ多少面食いなところはあるけど。そんでもって自分から愛を与えたいタイプの子で、そのくせ気まぐれだから、わけわかんないんだけどねぇ」


「あぁ、なるほど」


「だから、あんたにピッタリだよ。似てるんだ、あんたと緒里絵は」


「そんなことないっすけど」


「いや、そうだね、似てるね、間違いない」


「そうなんすかねぇ」


「とにかく、あたしはあんたを逃がす気はないからね」


 そう言い残して、華江は去って行った。


 若山は視線をパソコンに向ける。


 どうやら相手から返信が来たようだ。


 恐怖しながらも、開いてみる。


 そこには、ただの一言だけ。


『さようなら』


 若山は、キーボードを高速で打ち込む――


 まあ、そうなるよな。わかってる。わかってた。知ってたって。エリートであるおれには、そんなことわかってんだよ。

 何してんだろうなぁおれは。

 何してんだ。

 何してんだ。

 何してんだばか。


 ――そんな風に打ち込んでから、若山三木雄は返信の返信するための文章を保存することなくメールソフトを閉じ、灰皿にタバコを押し付けた。


「もう、どうでもいっか」


 穂高家の畳に寝転がる。


 その時、ふすまが開いて、エプロン少女がぱたぱたと入ってくる。


「ミキオ、さめちゃうにゃん。なにしてるにゃん?」


 その問いに、転がったまま答える。


「ちょっと、お別れをな」


「お別れ? そんなの寂しいにゃん。仲良くするべきにゃん」


「はははは」


 乾いた笑いを浮かべてみた。


 すると緒里絵は、若山のそばに正座して、


「ミキオ、ちょっと聞きたいんだけど」


「何だ、お嬢ちゃん」


「あたしとおかーさん、どっちが好きにゃん?」


 少し考え込み、まぁどっちも好きだという結論に至る。


「本当に、バカだな」


「ふ? どういう意味にゃん?」


「いや、何でもないよ」


 差し出された緒里絵の手を引っ張る。


 起き上がり、立ち上がり、手を離す。


 緒里絵は「はやく来るにゃん」といつものふざけた口調で言って、先に立って降りていく。


 町のほとんどは、手を組んだ二つ(S軍とM軍)の組織に支配されて、商店街と学校は包囲された最後の砦だけれど。明るい未来なんて五里霧中。なかなか見えてこないけれど。よく、わからないけれど。


「ハンバーグか。レパートリーそれしか無いのかな、緒里絵ちゃん」


 若山は、これはこれで、悪くないかなと思うことにした。





【よう、若山だ。 おわり】



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