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上井草まつりの章_4-1

 もう、四日目になったんだな。


 そう思いながら、俺は窓の外を眺めていた。


 相変わらず、風車が回って風の音がする。綺麗な街だった。


 潮風が影響大なのか、それとも水道の質がひどいのか不明だが、髪がちょっとパリパリになるのは難点だが、三日過ごしてみて、随分この街を気に入ってきている自分がいて、これからの生活も楽しみだ。


 知り合いも結構増えたしな。


 ツッコミ候補の笠原みどり。女番長の上井草まつり。級長の伊勢崎志夏。昨日知り合った男子の風間史紘は、まだちょっとよくわからないが。


 それと、初日に出会った屋上の女――確か紅野明日香とかいう女――はどうしたのだろうか。


 まぁ、良いか。そんなことよりも笠原みどりと上井草まつりと過ごした日々の方が鮮烈だしな。


「たった四日って、気がしねえなぁ……」


 もう皆と、随分長く一緒に居るイメージがある。強烈に。


「今日は、どうしようかな」


 特に予定が無い。


 以前住んでいた街に居た頃には、休日になると友人と遊び歩いたりしていたのだが、ここでは、そもそも友人というものが居ない。


 ゆえに、誰かと遊びに行ったりできない。


「散歩でも行くか」


 うむ、そうだな。まだ、この街のことをそれほど知っているわけでもないし、散歩をすることにしよう。


 俺は、黒い無地の長袖シャツに袖を通した。





 朝食の後に散歩に出た。


 空を見ると風に整形された雲たちがいくつも浮いていて、それも綺麗だ、とか思った。


 目的地を決めずにブラブラしていると、風の強い開けた場所に辿り着いた。


 湖だった。


 裂け目の手前にして、学校から続く下り坂の終点。


 円形と三角形の二つの浮島のある湖。


 そんな湖に何か用事があるわけではなかったのだが、何故か俺はこの場所に来なければならないような気がしていた。


 だがそこに誰か知り合いが居るわけでもなく、視界にあるのは知らないオッサンが一人で釣りをしているという光景だけだった。


 釣りか……何か釣れるのだろうか。


 まぁ、どうでもいいか。釣りのオッサンなんて。この街には、まだ見るべき場所が多くあるんだ。とりあえず踵を返して別の場所に行こうと思ったのだが、相手から話しかけられたので会話することになった。


 まぁ、オッサンというには少し若くて、名前も若いイメージを抱かせるもので、若山さんという名だった。自分でヤングマウンテンとか言ってたし。んで、俺の名前聞いた途端に「ベタベタツヤツヤで油みてーだな」とか失礼なことを言ってきた。


 俺はさっさと帰ろうとしたのだが、無理矢理に引き止められて座らされ、タバコくわえた若山さんがエリートだった話と、俺が遅刻とサボりでこの町に来ちまったのが運悪いって話と、会社やめてーって話と、自分が大型ショッピングセンターの店長で絶賛サボり中で不良だろって話をしてきた。


 どうしたもんかなぁと思いながらテキトーな返事を続けていると、突然真顔になって、


「知ってるか? この街の、抜け出し方。おれなりに考えてみたんだ。この街の脱出方法をさ」


 なんて言ってきた。


 俺は考えもしなかったな。脱出なんて。更生する気満々だったから。というか今だって更生する気でいるぞ。優良な人間になりたいと。それが当然の感情だと思った。


 でも、逃げる。


 その選択肢も、あるのかもしれない。


「いいか、この街は山に囲まれている。その険しさたるや、想像を絶するほどだ。高圧電流が流れるフェンスがあるなんて噂もある。ただ、そんなフェンスが無かったとしても、とても越えられる山ではないがな。かといって、海から抜け出すには、あの裂け目を通るしかない。だが裂け目は常に強風が吹き荒れているし、観測の名目で監視されている。と、なれば、残る方法は何だと思う?」


 若山さんの問いに、俺は答える。


「空か、地下」


「その通りだ。風車を回転させた風は、山肌を駆け上り上昇気流となる。その流れに乗ることができれば、街の外へと飛び出せる。ちょい危険だがな」


 そして若山さんは続けて、


「地下にはトンネルが……おっと、これは社内秘だった。地下にトンネルがあって、街の外と繋がっているなんてのはな」


「社内秘……思いっきり言ってますけど」


「はっ、しまった。つい不良なことをしちまったぜ。おれとしたことが!」


 何なんだ、この人。


「こうなれば、お前は、おれの店でバイトするしかない」


「は?」


「おれがサボりたいから、仕事を押し付けることのできる誰かを探していたのさ。できるだろ、電化製品の修理くらい」


「いやいやいや、嫌ですよ、そんなの! ていうか、できないです!」


「……はぁ……やっぱダメか……そうだよな……あーあ、面倒だな、仕事」


 若山は諦めたような口調で言った。


「でも、本当なんですか?」


「何がだ」


「地下にトンネルがあって、街の外に……」


 すると若山は、周囲をキョロキョロ見渡して、


 誰も居ない事を確認、後、小声で、


「本当だ。品物をこの街に運び入れるために、店の南側にある地下のトンネルを利用してるんだ。内緒だぞ」


 と言った。そして続けて言うのだ。


「これ、他の人間に喋ったら、ちょっと大変なことになるからな」


 それを何で初対面の俺にペラペラ喋ってんだ、この人は!


 俺に精神的負担を掛けるのが目的なのか!


 何なんだ、この人は!


「おっと……そろそろ雨でも降って来そうだな。戻るとするか……我が店に」


 若山は言うと、


「よっこらしょ……と」


 オッサンのように言って、立ち上がり、


「んじゃ、またな。アブラハム」


「達矢です!」


 俺も立ち上がりながら叫ぶように言った。


「どっちでもいいじゃねえか、名前なんて」


 不良だ。名前って大事だろう。


「まぁ、そうだな。またな、達矢。バイトする気になったら、いつでもウチの店に来ていいぞ」


「しないですよ」


「まぁまぁ、やる気になったらで良いからな。じゃあな」


 言って、手を振ると、南の方角へと歩き去った。


「…………」


 空を見上げると、確かに空を暗雲が覆い、今にも雨が降り出しそうだった。


 俺は、どうしようかとアレコレ考え、


「よし、学校へ行こう」


 何でかは知らんが、そうしなければならない気がする。


 俺の服装は黒っぽい服。制服じゃない。だが、まぁあの学校は、あまり校則とかに厳しくないから大丈夫だろう。普通に考えれば、雨も降ってきそうな天候だし学校に行くなんてのは考えられないが、予定調和みたいなものには反抗したいではないか。


 何というか「普通」に考えればこうだとか、ああだとかってのは、可能性を狭めることだぜ。固定された思考は袋小路を生んで、それが人生の袋小路になって非生産的な生物になってしまうなんて可能性もあるんだ!


 それは退化である。


 矮小な意識に捕らわれてはいけない。もっと客観的に物事を見なければな。


 つまり「何となく学校に行くのはありえない」という感覚を否定して、固定行動からの脱却を図ろうというわけだ。


 何か、途中から自分で言ってて意味がわからなくなった。


 とにかく、この坂を登って学校へ行こう。



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