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サナが予約したリボンカチューシャ

「サナちゃん」


「え」


 那美音が、これから始まる任務のために購入した種々の菓子パンが大量に入ったレジ袋片手に、ショッピングセンターを歩いていたら、誰かに話しかけられた。声色から声が低めな女だと判断して振り返ってみたら、なんとオカマだった。


 男の骨格であり、よく目を凝らすとうっすらと隠されたヒゲ部分の青さが見える。


「サナちゃんでしょ?」


 アクセサリーショップの中から小走りで出て来たオカマは目の前で立ち止まり、さらに言う。


「サナちゃんよね。予約したもの、取りに来たのよね!」


 サナとは、那美音の昔のあだ名である。ということは、那美音を昔から知っているということになるのだが、那美音は、かけられた言葉の意味がわからなかった。けれど彼――いや彼女と言った方がいいのか、いややっぱり彼と言った方がいい――は、那美音が忘れている何かを知っている人間だった。


 ――予約したものを取りに来た?


 全く思い出せなかったし、目の前のオカマが誰なのかもわからない。


「大きくなってぇ! おぼえてない? わたし、ほら、わたしよ」


 不意に、おぼろげに、ぼやけたビジョンが浮かんだ。うっすらと、次第にハッキリと、こっそり那美音の服を着て鏡の前でポーズをキメて喜ぶ男の子の姿が浮かんだ。那美音の生家に遊びに来た際に女装して喜んでいた男の記憶が蘇ってきた。


「あ、オカマの、ジョイさん?」


「いやん、それは兄よ。兄の如威(じょい)は、病院で看護婦してるわ」


 ジョイさんは、那美音よりも五つくらい年上で、変態だった。そうでないとするならば、一体誰なのか。


 たまらず那美音は、目の前のオカマの思考を読み取ることにする。


(サナちゃん、おぼえてないのか。ツトムなのに。昔、よく家に遊びに来てくれたじゃん。家の裏でサッカーとかしてさ)


 そんな思考だった。


 サッカー。それでピンときた。この時代遅れの町では全く流行らなかったサッカーを教えてくれたのが、ジョイさんの弟のツトムくんだった。あの頃は、こんなオカマではなかったから、気付かなかった。


「え、じゃあ、えっと、ジョイさんの弟だから……ツトムさん?」


「そう! なんだぁ、やっぱりサナちゃんじゃないの。本当、大きくなったわね。ずいぶん変わっちゃったんじゃないの?」


 それは、オカマに変身してしまったツトムが言うべきことではない気がした。


 さらにエプロンつけたオカマはセール品が置かれているカゴの中にに目を落とし、思考を展開させる。


(あぁ、そうだ、このリボンのこと)


 それについては、何のことだか未だにわからなかった。カチューシャにリボンのついた薄汚れた髪飾りが一体何だというのか。


 那美音は、さらに深く深く、オカマの心の奥底に入り込んでみることにした。


  ★


 ツトムの家は、かつては商店街にあり、アクセサリー屋。いつも賑わう洒落た洋服屋の浜中家の隣に店をかまえて便乗している上井草家の親戚であった。親戚と言っても、当時の村は住んでいる人間がほとんど親戚しか居ないほどにフロンティアだったけど。


 そんな狭い村で、最も多くの村長を輩出していたのが、那美音の生家である上井草宗家。その家の人間は特別だと村の誰もが知っていた。


 ところが、その上井草宗家が崩壊してしまった。跡取りに不幸があったわけではなく、ただ跡取りが家を捨てて飛び出ていったのだ。


 村が町になって、時代が変わったことも影響したのだろう。次女が暴力的に荒んでいたことも影響したのだろう。


 その家を捨てた跡取りというのが、那美音の父親であった。


 ツトムの記憶の中には、幼い頃の自分の姿があった。


 自分の小遣いを用いて、単身で船に乗って自分の村に戻ってきた那美音は、一人で部屋に閉じこもっているらしい妹にプレゼントでもあげようと思った。男勝りで暴れまくってる妹でも、女の子なのだから、そろそろ女らしく飾るべきだとも考えていた。


 柳瀬那美音が高校生になりたてくらいの時、まだ上井草那美音だった頃、商店街のアクセサリーショップでプレゼントを買おうとしたのだ。


 とはいえ、ガラスケースに並べられた高価なものは無理だったから、せめて店で最安値の二百円均一のセール品を購入して与えようと考えた。


 でも、その時、那美音の所持金は百円に満たなかった。足りなかったのだ。交通費で全て使い果たしていた。


 本来なら、服屋で可愛い服でも買ってあげたかった。妹はいつも姉のおさがりだったことに文句を言っていたから。


 その時に、偶然にもアクセサリーショップの店番をしていたのが当時はオカマじゃなかったツトムさんであった。


 ツトムさんは、那美音よりも世代が少しだけ上であり、上井草家の娘らとは違って家の仕事を手伝うことを率先してやる従順な男であった。将来、後を継ぐように言われていたのは兄のジョイさんの方だったが、この時の店番は少年だったツトムさん。


 とにかく、母親のかわりに店番をしていたツトムは、那美音に話しかけた。


「サナちゃん」


 しかし那美音は反射的に、


「サナって呼ばないで」


 反抗期というわけでは無いのだろうが、その頃の那美音は、幼少期から脱却したがっていて、仲間うちで決められたあだ名で呼ばれるのを嫌がっていた。


 それでも、すぐに我に返って、居心地悪そうな表情を見せた。財布の中身を思い浮かべて品物を買えるだけの金銭が無かったからだろう。その上で親戚のおにいさんとはいえ店番に話しかけられたものだから、実際、居心地が悪かったに違いない。


「えっと、じゃあ那美音ちゃんか。でもあれ、引っ越したって聞いたけど?」


「ええ、引っ越したんだけどね、ちょっとね」


「あっ、もしやホームシック?」


 意地悪な感じの質問を心底面倒くさいといった表情になり、那美音は、「そうそう」と、あからさまに面倒そうに言って、エクステとか、リボンとか、そういう類のものが放り込まれている二百円均一のカゴに視線を落とした。


 それでツトムは、何か欲しいものがあるのかと思ったが、何故欲しいものがあるならばそれを手に取らないのかと考えた。そんなに恥ずかしいものがあるとは思えなかった。妹の方ならともかくとして那美音がオシャレを恥ずかしがるわけがないと思った。


 ツトムは色々と考えをめぐらせ、どうするべきなのか考えた。その結果として出た言葉は、


「那美音ちゃん。もし良かったら、ここにあるものタダにするけど」


 別に、上井草宗家に恩を売りたかったわけではない。


 ただ、那美音がカゴの前でまごついている光景なんてそれまでに無かったことだったから推理した。


 ――もしかして、お金が無いんじゃないか。


 その推理は正解だった。


 しかし那美音は上井草宗家の娘。将来は家を継ぐ者として育てられており、よって当時のプライドの高さは妹の比では無かった。


「そういうわけにはいかないわ」


「でも、お金、無いんでしょ」


「持ち合わせがないけど」


「どれか欲しいものがあれば取っておくけど、どう?」


 やや考え込んだ後、頷いた。


 予約なら、いいかなと思ったようだ。家に戻って、ひきこもっているらしい妹を元気づけた後で、また来れば良いことだ。


 那美音は直感的に、選んだ。


 赤いリボンがついた、カチューシャ。


 妹に似合うかと言われれば普段の暴力的イメージがひどすぎて似合わなさそうだった。


 でも、妹が変わるきっかけになって、それによって自分の立場も変わって、両親の心変わりを誘発して、それによって、家族仲良く一緒に町で暮らせるんじゃないかと画策した。


「じゃあ、予約」


「うん、那美音ちゃんのためにとっておくよ」


 そうして、那美音は自分の家に向かい、どうやら閉じこもっているらしい妹に会いに行ったのだった。


 会いに行った結果は、成功のような、失敗のような。


 詳しくは、また別の話である。


  ★


 忘れていた。すっかり忘れてしまっていた。


 超能力を手に入れてから過ごした日々の思考の量が多すぎて、幼い頃の細かな思い出なんて、遠い奥底に格納されていた。それを解き放ったのがオカマだなんて、なんだか嫌だな、なんて思った。


 那美音は、当時、その店があった場所、商店街を歩く。


 片手には、二百円払って手に入れた赤いカチューシャがあった。


 オカマにありがとうを言ってからショッピングセンターを後にして、家の前に立った。


 よく知る家は、昔よりも寂れていた。何度も修復した後があった。


 どうせ、また妹が暴れたんだろうなと思った。


 上井草電器店。かすれた文字に触れてみる。ガラスにくっついた白い凹凸を撫でてみた。


 その時だった。


「おう、いらっしゃい」


 背後から女の声がした。


 何だか偉そうな声。何だか少し、懐かしい響きがある声。


 今更、どの面下げて会いに行けるんだろうかと考えていた。迎えに行くと言っておいて、それ以降忘れ去ったように都会で幸せそうに暮らして、挙句に二重スパイなんてもんになってしまって……。


 那美音は、勇気を出して会いに来たつもりだった。勇気を出して戸を開ければ、無人に見える店の奥から妹が顔を出して、最初は自分に気付かなかったりして、そして、自分が「ただいま」と言ったりして感動の再会で。


 でも、そんなシミュレーションは崩れ去った。


 心の準備も不完全なままに、背後から声をかけられた。


 振り返った。大きくなった妹が居た。自分と同じかもう少し高いくらいの背丈。予想以上に大きくなっていたけど、自分だって大きくなっていたんだから不思議じゃなかった。


 妹の現在を、情報収集のプロである那美音は多く知っている。アホ極まることに、実質上の学園の支配者、風紀委員として活動していることも。まったくもって相変わらずだと思っていた。


 でも、目の前の妹は、予想外に育っていた。


 わけのわからない感動があった。


 何も、声が出てこなかった。


「や……はー」


 と、妹は言った。


 挨拶のつもりのようだ。


 自分が姉だと気づいていたのかいないのか。そんなことは、思考を読めばわかること。だけど、こういう時の妹の思考を読みたいとは思わなかった。きっと、こわかった。


 那美音が口を閉じたまま、何年か越しのプレゼントを手渡した。


 薄汚れて、色あせたリボンつきの赤いカチューシャだ。


 よくわからなかったが、くれるようだと理解した妹は、素直にそれを受け取って、ゆっくりと装備しようとした。


 その時だった。


 ばきっ。


 折れた音がした。


「あっ」


 上井草まつりらしからぬ、弱そうで戸惑ったような声が出た。しかもまるで何か近場で武器を探す弾切れ新米兵士のようにあちこちに視線を向けながら焦っている。


 姉は姉らしい呆れたような笑いを浮かべて、溜息混じりに、


「まつり、あんたね……」


「お、おねえちゃんっ……ごめ……」


 ビクビクしていた。怒られると思ったのだろう。現在過去問わず色々なことに対して姉が怒りを抱いていると勘違いして、心の底からビビっていたのだろう。


「ほんと、相変わらずね。そんな泣きそうな顔すんじゃないわよ。風紀委員なんでしょ?」


 その言葉を耳にして、そうだった風紀委員だった、とでも言うようにはっとした表情になったのだが、普段と同じ表情には戻らなかった。上井草まつりは、らしくないことに微笑んだのだ。


 あの、いつも他人を見下して腕組して、険しい眼光でにらみつけてばかりの上井草まつりが。


 嬉しそうに。


 そして、言った。


「……おかえり」


 歓迎の言葉を。


「うん、ただいま」


 まつりが勢いよく戸を開けて、二人並んで、店の中へと消えてゆく。





【サナが予約したリボンカチューシャ おわり】



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