利奈っちのゴールドカード
今日も、宮島利奈は図書館に居た。
宮島利奈の財布には、ゴールドカードが入っていた。
といっても、クレジットカードでも免許証でもない。
何のゴールドカードかと言えば、病院のゴールドカード。
何度も大怪我をして、病院のお世話になったために手に入れたものだ。この街の病院でしか使えないが、医療費が少しだけ安くなったり、良い病室に優先的に入れたりするようになるカードだった。
利奈は、久しぶりにそのゴールドカードを取り出して眺めながら、昔のことを思い出していた。
★
中学くらいの年齢になって、風車の村が、何十基もの風車が並ぶ町になった。
まつりの家の前に、三人が居た。
まつりと、笠原みどりと、そして宮島利奈。
「見てみて、自転車! すごいでしょ、お父ちゃんに言って、買ってもらったの」
サハラが、自慢していた。
「ちょっと貸せ」
「えっ……で、でも、あたしもまだ乗ってないのに……」
サハラは言ったが、無視してまつりは自転車を奪った。
そしてまたがって、走りだした。
「わっはぁ! すごいすごい! 自転車すごい! 速い楽しい!」
猛スピードで、急な下り坂を駆け下りていく。
坂を下ってブレーキ。
反転し、急な上り坂を数十秒かけて漕いでのぼってきて、興奮した口調で、
「利奈、後ろに乗ってみろ! すごいぞ!」と言った。
「あ、うん」
そして、わたしが後ろに乗った。二人乗り。
「あたし、まだ乗ってないのに……」
しかし、自転車の持ち主であるはずの、サハラの悔しそうな呟きは容易く無視された。
「しっかり捕まってろよ」
「うん」
言われるがままに、しっかり捕まる。まつりには逆らえない。
「あたしの自転車なのに……」
そして、車輪は回り出す。再び坂を下って走り出す。ジェットコースターのような高速で。
「わっはぁあああああ!」
「きゃぁああああ!」
「あっ……」
遠くから、サハラの呟きが聴こえた。
まつりはブレーキをしなかった。
何でブレーキをしなかったのか、と後になって訊ねたら、「そういう気分だった」とか言われた。
アスファルトの道が終わって、砂利道になった。
スピードは落ちない。
ガタガタ揺れた。
わたしはギュッとまつりにしがみついていたのだが、
「ひゃぁああああああ!」
まつりのそんな声がした次の瞬間――
ドゴン!
自転車の前輪が、何かにぶつかったような気がした。
視界が、ひっくり返って、高速で流れた。
あたしとまつりは、宙を舞った。
まつりは、湖にバシャンと落ちた。
まつりよりも派手に飛んだわたしは、何かに激突した。
わたしの記憶は、そこで途切れていた。
後になってわかったのは、わたしがぶつかったのは、白い風車だったということ。
その後、病院に担ぎ込まれたらしいわたしは、アバラを骨折していた。
下手すれば死んでたとママにものすごく怒られた。
あんなのとは縁を切りなさいとかも言われたけど……。
ともかく、この事件があったことで、この街で自転車に乗ることが禁止された。
★
「思い返せば……かつてカオリの家の敷地内にあった風車小屋から落ちた時も、まつりに誘われてスケートをして湖の薄い氷にハマってひどい風邪引いて41度の熱出して死にかけた時も、車が無いはずのこの街で何故かひき逃げされた時も、まつりを助け出そうとした末に、パパのロケットが爆発して大怪我した時も、全部まつりのせいだと思うなぁ!」
言った後、周囲にまつりの姿が無いのを確認して、
「あぁ、思い出したら、なんか腹立ってきた。最低だよね、まつりって」
言って、
「はぁ……」
溜息を吐いた。
【利奈のゴールドカード おわり】