風車の町の引越し業
青空の下、坂の途中。
達矢「なぁ、フミーン」
史紘「何ですか、達矢さん」
達矢「お前の部屋ってさ、すげえ荷物いっぱいあるよな。アイドルグッズとかいっぱいだし、色々と家具なんかも置いてあったりするよな」
史紘「そうですねぇ」
達矢「ふと気になったんだがな、この町って車使われないだろ」
史紘「ショッピングセンターの搬送なんかには、南のトンネル通ってトラックが往来してるみたいですけど?」
達矢「いや、町の中をだな、走らないだろ」
史紘「はぁ、そうですねぇ。でも、それと僕の病室にある荷物に何の関係が?」
達矢「いやさ、引越しとか、どうするのかって」
史紘「そういえば、気になりますね。この町の引越し業者なんて聞いたこと無いですし」
達矢「だよなぁ、重たい荷物を、どうやって一度に運ぶのか、気になるところだ」
史紘「あ、でも、風が弱まる時間帯なら、車使っても大丈夫なんじゃないですかね」
達矢「じゃあ、見たことあるか? 一度でも町で車走ってるところ」
史紘「いいえ、ありませんね。風が弱い時でも無いです」
達矢「だろ? これはもう、七不思議に加えてしまってもいいんじゃないかと思うくらいに不思議だ。いつの間にか運ばれている荷物の謎」
史紘「達矢さんは、引越しの時に荷物は……」
達矢「いいや、俺は大きめのリュック一個だけにこの世の全てを詰めてきた」
史紘「この世の全てって……それは、ちょっと大げさなんじゃ……」
達矢「はは、まあそうだな、服くらいしか入ってないし。で、とにかく、そんな大層な荷物じゃなかったから、引越し業者なんて頼まなかったな」
史紘「なるほど」
達矢「この間、色々と男子寮の中を見て回ったし、志夏と明日香に女子寮を案内してもらったんだが、その時にかなり多くの荷物が積まれた部屋があったりしてなぁ、どうやって運んだのかって気になったんだ」
史紘「あ、そうだ」
達矢「どうした。何か気付いたか?」
史紘「ええ、こういう問題は、まつり様が詳しいんじゃないですか?」
達矢「お、そうだな。そいつは名案だ。じゃあ連れて来い」
史紘「はいっ」
しばらくして、風間史紘は、商店街の途中のまつりの家から彼女を連れてきた。
まつり「で、何が訊きたいんだって?」
達矢「その前に、何だってそんな威圧的な立ち方をするんだお前は。腕組して急な坂を利用しつつ見下ろすのやめろ」
まつり「何だってぇ? あたしがどんな格好しようが勝手だろうが、ころすぞ」
達矢「おそろしい言葉を使うなよ……」
まつり「ふん。で、何の用かって訊いてんだけど」
達矢「あぁ、そうだな。引越しのことなんだが」
まつり「え、何、キミ、どっか引越すの?」
達矢「いや、違う」
まつり「ま、まさか、じゃあ、フミーンが?」
史紘「いえ、しませんよ」
まつり「なんだよ、びっくりさせやがって」
達矢「で、質問なんだが、この町における引越しの方法を教えて欲しい」
まつり「何だ、そんなことか」
達矢「何か知ってるのか?」
まつり「ああ、簡単だぞ。手で運ぶだけだ」
達矢「……まじか」
まつり「ああ」
達矢「たとえば巨大な箪笥とか?」
まつり「それも手で運ぶ」
達矢「グランドピアノだったり?」
まつり「手だなぁ」
達矢「たとえば、巨大な冷蔵庫とか?」
まつり「ああ、よくあるなぁ」
達矢「ん、まつりが引越し作業してんのか?」
まつり「うーん、まあ、そういう時もあるねぇ。昔は、町も車走って良かったし、町内に業者も居たんだけどね、そこの家の高齢化とか車禁止とか色々あって、今はもうやってないんだよね。外から車で入って来れるのは、町の南にさ、でかい店あるだろ。あそこらへんまでだから、年くった人とか非力な子供にとっちゃあ自分で運ぶの大変だし」
達矢「ほうほう」
まつり「だから、ショッピングセンターの倉庫を間借りするにせよ何にせよ、引越し作業ってのは、いずれどうしても必要になってくるってんで、そこで現地アルバイトってわけ」
達矢「なるほど、アルバイトか」
まつり「そうそう。あたしもいっぱいお金もらえるし、荷物運ぶだけなんざ楽勝だから、小遣い稼ぎにけっこうやるんだけどね、あたしの他には、うーんと、女子の部屋だったら中華屋でバイトしてる子とか、あと利奈とかがやったりしてるかな。利奈はあれでけっこうパワーあんのよ。それから、男子の部屋だと、その辺の男子生徒が商店街のどっかに貼ってある募集のビラ見て飛びつくから、結構競争率高いみたいだぞ。男子生徒Dとか、あのへんが常連みたいだけどな」
達矢「ちなみになんだが、日給いくらだ?」
まつり「なんと日給二五〇〇円。大金だぞ」
達矢「え、安くねぇ?」
まつり「うぇ、安いの?」
達矢「クソみたいに安いだろ。なぁ、フミーン」
史紘「そうですねぇ、安いです」
まつり「何だってぇ。でもじゃあ、ショッピングセンターは、もっと安いじゃん。あそこはたったの九百円だぞ! 体力使わないから千円にも満たないんだ!」
達矢「ざんねん、そこは時給だ」
まつり「……ん? どういう意味だ、フミーン」
史紘「一時間働くと、九百円。たとえば四時間働けば三千六百円ということです」
まつり「引越し、たいてい四時間以上かかるよ?」
達矢「だから安いと言ってるだろうが」
まつり「あれ、じゃあショッピングセンターでバイトした方がよくない?」
達矢「普通に考えれば、そうなるなぁ。でもお前凶暴で悪名高いから、雇ってもらえないんじゃないのか?」
まつり「しねぇえええええ!」
ばごーん。
達矢「痛いぜぇええ!」
ドサッ。
史紘「うわぁ、大丈夫ですか、達矢さん」
まつり「失礼だぞ、達矢」
達矢「ほ、ほらな、凶暴だろ……」
まつり「まだ言うか」
ドスッ。
達矢「重い重い、背中踏むなって! 背骨折れるって!」
まつり「キミあれだぞ、女の子に踏まれて重いとか言っちゃいけないんだぞ。そんなことも知らないのか」
達矢「そりゃ今まで十七年間生きてきて、女に思い切り踏まれるなんてシチュが無かったからなぁ」
史紘「まつり様、ちなみになんですけど、まつり様は何にお金を使うんですか?」
まつり「ああ? んなもん、色々だよ」
史紘「たとえば、ですよ」
まつり「食い物とか、制服とか、アクセサリーとか、色んなグッズとか、あたしだって音楽とかも聴くんだぞ。それから――」
達矢「ていうか、意外だな。全部カツアゲとかじゃなかったんだな」
まつり「キミはあたしを何だと思ってるんだ」
達矢「最悪の不良だろ?」
まつり「また踏まれたいのか? ていうか、いつまで寝転がってんだ」
達矢「だって、なぁ」
まつり「何だよ」
達矢「今日は水玉、か。あんま似合わんな」
まつり「うぉい! スカートん中のぞいてんじゃねぇ!」
グジッ!
達矢「かぼぉっ!」
史紘「ちょ、まつりさん、さすがに顔をカカトで踏みつけるのは問題あるかと」
まつり「大丈夫だ、手加減してるから」
達矢「ふははは、お前が俺を踏みつけようと足を動かすほど、ある意味でお前のパンツが躍動し、普通じゃないパンチラになって、その稀少価値が高まるんだぜ――って、あーれー」
史紘「た、達矢さーん!」
ばしゃーん。
史紘「大変だ、達矢さんがラグビーボールのごとく蹴り上げられて遠くの湖に落ちてしまったぁ!」
まつり「ふん、あんなやつ、二度と浮いて来なけりゃいいんだ。あの世に引越せ、バカ野郎が」
史紘「だ、大丈夫ですか、達矢さーん」
湖の上、うつ伏せのまま浮いてきていた。
【風車の町の引越し業者 おわり】