幕間_15_エリート若山とタバコをくれた女
自称エリートの若山は、トラックを運転してトンネルを通り、このかざぐるまシティにやってきた。
そして着いてすぐに、街をうろつき、湖……まぁ、湖と言っても池のような小規模のものを湖と呼んでいるだけなのだが、街の皆が湖と呼ぶのだから、そこは湖なのだ。
とにかく、若山はその湖畔にあるベンチに一人座り、強風に吹かれていた。
「はぁ……」
溜息を吐いた。
こんな所で何してるんだろうか自分は、というようなことを考えながら。
と、その時、
「よいっしょ、と」
そんな声を発しながら、いつの間にかすぐそばに来ていた女の人が真横に座った。
少しびっくりした。
容姿は、見た感じ若そうで、しかし少々厳しそうな空気を纏っていると若山は思った。
「何かシケた顔してんねぇ、ニイさん。どうだい、一本」
女は、ポケットからタバコの箱を取り出した。
「タバコ……」
「ああ、タバコだよ、吸うかい?」
若山は目の前の女の人がタバコを吸う感じではなかったので、違和感をおぼえた。
「あの、おねえさん……」
「あら、おねえさんなんて嬉しいねぇ、もうおばさんってトシだよあたしゃ」
「タバコ……吸うんすか」
「吸わないよ、そんなの。体に悪いじゃないの」
「じゃあ何で持ってるんですか」
「実はねぇ、さっき学生がタバコ吸いながら歩ってたから取り上げたのさ」
「おれ、エリートなのでタバコ吸わないんですけど」
エリートなのとタバコを吸わないことは、あまり関係がないと思う。
「一回も無いのかい?」
目を丸くして、驚いたような顔をした。
「タバコなんてのは百害あって一利なしだろ。あんなの吸っても良いことないだろ」
若山が言うと、女は、
「吸ってみたこともないのに、何でわかるんだい」
「それは……」
「吸ってみな」
「いや……」
「吸えって言ってんだよ」
「だ、だが……」
それは、不良になるということだと若山は思っていた。
ある観点から見たとき、それはとても狭い考えだと知ってはいたものの、譲れないことだと思っていた。
ポリシー、みたいなものだ。
「ほらほら」
女は無理矢理若山にタバコをくわえさせ、そして吹いてくる風を手で押さえながら取り出したライターで手際よく火を点けた。目の前で炎が揺れた。
そして彼は、生まれて初めてタバコを吸った。
「ごほげほげほっ!」
咳き込んだ。
「あっはっは」
からからと笑った。
それで若山は少し腹立たしさをおぼえた。
自分はエリート。タバコに負けるわけにはいかない、と。
「よこせ」
若山は女からタバコの箱を奪い取り、束を掴み上げ、全部口にくわえ、ライターの炎で点火しながら息を大きく吸い込む。
「ごほごほっ! がほっ!」
ひどいことになった。
刺激が強すぎて涙が出たようだった。
「あんた、本当にエリートかい? アホにしか見えないけどねぇ」
「タ……タバコにも勝てないようでは、エリートを名乗る資格はない……か」
「そうは言ってないけども」
「いや、おれはタバコに勝つ!」
「まぁ、何でもいいけどねぇ。ところで、あんたは何でこの街に?」
「ん、おれか? おれは、エリートゆえに飛ばされて来たんだ」
「何だいそれ」
「ここに最近できたショッピングセンターの店長を任されたんだ」
「ショッピングセンターの……?」
「ああ、そうだ。知ってるだろ、ショッピングセンター。でかいの」
そしたら、突然女は怒りだした。
「あんた、あの店の回しもんかい! 許せないねぇ」
「え……」
「あの店のおかげで、あたしらの商店街の売り上げが落ちて、隣の店なんてつぶれちまったんだよ。そりゃあたしらの経営努力が足りないってのはわかってるけども、何もあそこまで品を揃えることもないんじゃないのかい?」
「い、いや……そんなこと、おれに言われてもな……」
「まぁ、良い店であることは、認めるけどね」
「はぁ、どうも……」
「ああ、そうだ、いいこと考えた。どっかにスペース空いてないかい? あたし花屋やってるんだけどね、そろそろ娘あたりに花屋の仕事教えたいんだよ」
「え、娘……?」
「何だよ、娘いちゃ悪いかい?」
若山は思った。
花屋を継がせるほどの娘ということは、それなりの年齢……だとするならば、計算すればこの女性の年齢は少なくとも――。いや待て。娘といっても、この女性が産んだ子とは限らない。ならば――
「あんた今、あたしの年齢を計算したろう」
見破られていた。
「え……」
「殴っていいかい?」
「やめてください」
「じゃあ、あたしのために花屋開ける分のスペース空けな。わかったかい?」
「いや……えっと……」
「わかったね? わかったって言いな」
若山は胸倉をつかまれた。
「はい……わかりました……」
「ようし、約束ね」
女は若山の胸倉から手を離し、満面の笑みを浮かべた。
こうして、穂高花店二号店のオープンが決定した。
【エリート若山と華江さん おわり】