男子生徒Dと上井草まつりの話-2
それから、オレは上井草まつりに勝つための方法を考えた。
負けっぱなしはプライドが許さない。
勝ってプライドを取り戻さければならない。
そのためには、安いプライドを捨てなければならないと思った。
今思えば、良い選択だとは言えなかった。
オレは、上井草まつりを倒すための組織を作り上げることにした。
かつて少年犯罪グループを率いていたという過去があるオレだ。集団を統率するのには慣れていた。
それに、上井草まつりに反抗しようとする人間が多かったこともあって、それなりの人数はスムーズに集まった。
屈強な男相手に正面から襲撃をかけて勝てそうなくらいの数は。
でも、
「本当に、これでいいのか、オレ……」
そんな迷いもあった。
迷いの中で、オレは襲撃の日時を決定した。
しかし、襲撃はできなかった。上井草まつりにかぎつけられて、襲撃前に蹴散らされた。
「見損なったぞ、D」
上井草まつりは、鋭い目でオレを見据えてそう言った。
今にして思えば、群れたところで上井草まつりに勝てなかっただろう。
何もかも思うようにいかない。
オレは、荒み出した。
この『かざぐるまシティ』で、さらに荒んでしまった。
ケンカ、盗み、飲酒喫煙。その他いろいろ、悪いとされる世界へと足を突っ込んだ。
不良を更生させる街で、さらに不良になった。
有名になった。札付きの不良として。
もう、どうでもよかった。
何もかも。
こうなった原因を、上井草まつりのせいにして、暴れた。
今思えば、甘えてた。
ただ、それだけの話。
そんな、荒んでいたある日のことだった。
オレは、完成したばかりのショッピングセンターにある中華料理屋で、食い逃げをしようとした。
何を言われても、ぶっ飛ばせばそれで解決。
そんな風に思っていた。
腐っていた。
でも、オレは捕らえられた。
その中華料理屋の女店員に捕まった。
仲間は、オレを置いて逃げていった。
ショッピングセンター内の廊下で女店員とケンカした。
負けた。
引っ叩かれた。
また、負けた。
オレは、自分のことが嫌いだった。
女子に負け、自分に負け続けて、更に嫌いになった。
どんどん嫌いになっていく。
すべて、どうでもよくなってしまった。
「もう、ダメなんだよ、オレは。放っておいてくれ……」
呟くように言った時、
「ダメじゃない」
中華料理屋の店員はそう言った。とても落ち着いた声で。
「強くなりてぇ……」
悔しかった。どうしようもなく。
「強くなりたくて、ケンカとか、してたの?」
店員は、表情を崩さずにそう言った。
「違うんすよ……オレは、ただ……」
認められたいだけだった。
存在を。
居場所が欲しかった。
頂上に居ないと、それが叶わないんだと思ってた。
一番になりたかった。
でも、なれなかった。
だから、非行に走った。
大した努力もしないで。
弱かった。
でも、強い人間なんて居るのか。
自分以外になれるわけじゃないから、わからなかった。
強そうな奴に勝つことに、価値を見出そうとした。
じゃあ、勝って、オレに価値が生まれたのか?
よくわからなかった。
それは、自分で勝ったわけじゃないから。
集団を率いて、倒しただけだから。
そして、相手は別に、強くはなかったから。
力は強くても、それだけの連中だったから。
ぬるま湯だったんだ。
ただ、駄々をこねてるだけだったんだ。
痛感した。
オレは、弱いんだ。
そのことを自分の中で認めた時、涙が、流れた。
「泣いてるの?」
「泣いてないっす」
嘘だ。泣いていた。
「強くなりたい?」
「なりたいっす」
「今のままじゃ、一生かかっても、上井草まつりには勝てない」
「……はい」
「ちゃんとしなよ、D」
「はい」
それが、オレと師匠との出会いだった。
オレは、自らが作った集団を解散した。
普通に登校もするようになったし、友達と呼べる男子生徒にも出会えた。
本当に、本当に更生しようと思ったのだ。
群れて強がっていても、何も好転しないと思った。
それでも、変わらず慕ってくれる不良な連中がいて、上井草まつりにはしばらく目をつけられっぱなしだった。
無理もない。
だいぶ暴れたから。
でも、待てよ。今考えると、荒んで暴れていた頃には上井草まつりは何も言ってこなくて、どういうわけか、オレが更生する気を見せた途端、色々と絡まれるようになった気もする。
で、師匠の中華店員は、びっくりするくらいの拳法の達人で、日々彼女に稽古をつけてもらう日々。
たまに上井草まつりに挑んでは、敗北を繰り返し、たまに独房に入れられる。
それが日常になっていった。
何だか、楽しい日々だった。
ライバル……と呼ぶには実力が開きすぎているように思えるけれど、足りなかった暖かい何かで満たされていくような、そんな気がした。
とにかく、更生したかった。
そうでないと、何も変わらないと思っていた。
少しでも更生しようと思って、敬語を使おうとした。
正確に言うと敬語ではないけれど、敬語っぽい言葉を使う姿勢は評価されても良いと思う。
上井草まつりのことも、敬意を込めて、たまに(主に敗北を喫した後に)、姐さんと呼ぶようにした。
中華な師匠との鍛錬も継続して、オレは少しずつ強くなっていることを実感できた。
それでも、上井草まつりの背中は、ずっとずっと遠かった。
ある日、オレは、取調べられた。
いつものように、上井草まつりにつっかかっていって、ぶっ飛ばされた後の、いつものような取り調べ。
オレはいつものように、
「理由なんかないっす、ただ姐さんに……勝ちたいだけっす」
「あたしに勝ってどうしようっての?」
「勝って故郷に帰るっす」
「……誰か、いるの?」
「は?」
「Dを待ってる人とか、誰か」
「さぁ……」
かざぐるま行きになった男を、待っていてくれる人が居るだろうか。ちょっとそれは、考えにくい。
色んな人に見捨てられてきた。
その果てに、かざぐるまシティに来た。
でも、信じていいなら、ただ一人だけ……。
好き合っていた人が、居た。
恋人。
待っていてくれるだろうか。
待ってくれていないだろうと思う。
だけど、信じても良いなら……。
「じゃあさ、D、お前に紹介――」
「居るかもしれないっす」
オレは、上井草まつりの言葉を遮るようにしてそう言った。
「え? あ、え? そうなの?」
「好きな人が、居るんすよ。待っててくれたら……ですけど」
「……そうか」
上井草まつりにしては珍しく、考え込んだように呟いた。