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男子生徒Dと上井草まつりの話-1

男子生徒D視点。

「うおおおおお! くたばれ上井草まつりぃ!」


「甘いわぁ!」


 どごーん!


「ぐはぁ!」


 男の体は宙を舞い、地に落ち、そして沈黙した。


「…………」


 気を失っていた。


「あたしに逆らおうなんて、いい度胸ね」


 上井草まつりは、気を失った男子生徒の頭を上履きで踏みつける。グリグリと。限りなく外道な行為だった。


「……ぐぅ」


 しかし、それで目覚めた男子生徒Dは、まつりの足をガシッと掴んだ。


「ふっ、捕まえたぜ、上井草まつり」


 笑いを浮かべながら言ったDだったが、


「甘いっつってんだろうが!」


 また、男子生徒Dは吹っ飛んだ。


 まつりが足を高く振り上げて、Dは天井に向かって飛んだ。


 不意をつかれたDは、空中で姿勢を整えることもできず、天井に背中を強打した。


「ぐぉあ!」


 痛みから声を漏らすD。


 そしてまた廊下に落下して今度は顔を打ち、また気を失った。


「ったく、大して強くもないのにケンカ売ってくるんじゃねぇよ、毎度毎度……」


 まつりはそう言い残して去っていく。


 そして、足音が聴こえなくなった頃、意識を取り戻したDが、


「ちっくしょー……また負けた……」


 悔しそうに言いながら廊下を思い切り殴った時、その右腕の骨が砕けた。





 Dは、病院のベッドの上で思い出していた。


 まつりにやられて、体中が軋む中、この街に来てからのことを。


  ☆


「この街をシメてやる」


 そう意気込んでフェリーから降りて上陸したオレだったが、いきなり襲った強風に飛ばされそうになって、不安になった。


「いや、たかが風が強いだけじゃねぇか。どうせ噂だけで大したことないに違いねぇ」


 そう思って、強風の中、飛ばされないように手を繋いで街に入っていく人々の背中を見ながら、単身、ほふく全身で町へと向かった。


 ようやく風が弱まり、何とか姿勢を保てるだろうと思って立ち上がった時、目の前に広がったのは、見たことのない光景だった。


 湖、山、そこかしこに並んだ真っ白な風車。


「なんだ……ここ……」


 不自然な光景だったけれど、妙に自然で、綺麗で、だけど綺麗じゃなくて。


 どう評価して良いのか、よくわからない風景だった。


 数秒間、呆然と立っていると、急に吹いた突風とも言うべき強風によって、


「うぁっ!」


 うつ伏せに倒れ、頭をぶつけた。





 転校初日には、不良っぽい奴を適当につかまえて、とりあえず殴った。


「ひぃ、ごめんなさい」


 謝ってきた。


「おらぁ」


 殴った。鈍い音が響いた。不良っぽい奴は倒れた。


 骨のない奴らばかりだった。


「なんだ、こんなもんか、かざぐるまシティ」


 ガッカリしている自分が居たが、その時のことだった。


「Dってのは、キミのことか?」


 上井草まつりと出会ったのは。


「ああ、そうだ」


 と言いながら振り返ったその時――


 ゴゥ!


 風切る音と共に右拳が目の前にあった。凄まじい勢いだった。


「うあっ!」


 思わず悲鳴にも似た声を上げてオレはそれを避けた。


「少しはデキるようね」


 まるで今のが小手調べで、更に上の攻撃があるみたいな言い方だった。


「そんなまさか……」


 思わず呟いて場違いな笑みがこぼれてしまうほどに、その一撃は強烈に感じた。あんなの喰らったら、命は無いんじゃないかと思えるくらいに。


「キミは、あれか。この学校の治安を乱そうとしてるのか?」


 上井草まつりは、じっとオレを見据えて訊いた。


 鋭い目つきだった。まるで、にらまれているようだ。


 その後、何度も合わすことになる、鋭い目。


「へっ、治安なんて乱れねぇよ。オレが治めるんだからな」


 そう言った瞬間だった。


「しねぇええええええ!」


 上井草まつりが叫びながら突進してきたのは。


「くっ」


 オレは身構えた。


 ケンカには、自信があったつもりだった。でも、その時、オレは知った。


 自分が、弱いってことを。


 上井草まつりの右拳が、オレの体を数十メートル先にあった突き当たりまで運んだ。


 オレの背中は、その突き当たりにあった壁に叩きつけられて、激しい痛みを感じた。


 星が舞う視界と、フラフラする世界。


 立ち上がろうとしたが、立ち上がれなかった。


 その時、上井草まつりの上履きが視界に入った。


 殴ろうとした。


 しかし、思うだけでは、何も殴れない。体が動かなかった。


「いいか? この学校で暴れていいのは、あたしだけだってこと、その悪い頭で記憶しておけよ」


 上井草まつりは、そう言って、去っていった。


 さっきまでオレが殴ってた不良を、ついでみたいに殴り飛ばしながら。


 それが、オレと上井草まつりとの出会いだった。





 最初の出会いでは完敗した。


 しかし、オレは敗北を認められずに居た。


「あんなのは、不意打ちだ。後ろからいきなり殴りかかられたから負けたんだ」


 当然、そんなわけはなくて、圧倒的な実力差を見せつけられての敗戦だった。


 でも、その時のオレには、そう簡単に女に負けたなんてのを認められるわけもなかった。プライドだった。


 オレは、元居た街では少年犯罪集団のリーダーを張ってた男なんだ。それが女に負けたとあっては、それだけで元居た街には帰れないと思った。


 次は勝つ。


 そう思った。





 翌日には、すぐに行動に移した。


 昼間に遅刻して登校したオレは、また、上井草まつりに勝負を申し込んだのだ。


 同じく遅刻してやってきた上井草まつりの机に果たし状を叩きつけながら。


「あぁ? 何だよ負け犬」


「違う、オレは負けてなどいない。あれはテメェの卑怯な不意打ちだろうが」


「そうか、じゃあ、まあ良いけど。廊下でやるか?」


「ああ」


 その時だった。


「待ちなさい、上井草さん」


 知らない女が間に入ってきた。


 同学年の割には、妙に大人っぽい女だ。


「誰だ、テメェ」


「私は志夏。伊勢崎志夏。級長よ」


「何の用だオラァ」


 オレは不良口調全開で言った。すると級長を名乗る女は、


「この勝負、私があずかるわ」


 とか言った。


「何だと? 男と男の勝負に、割って入ってくるんじゃねぇよ」


「おいこら、誰が男だ、ぶっ殺すぞ。あたしは女だ」と上井草まつり。


 また、鋭い目で射抜かれた。


 そして、級長を名乗る女は言った。


「放課後、坂道競争で、勝負なさい!」





 そして放課後。


「…………ちっくしょ……」


 坂道にうつ伏せに倒れた俺はそんな言葉を漏らすしかなかった。


 足は、もう動かない。


 さっき、捻った感覚があった。


 惨敗だった。


 あまりにも(みじ)めな。


 しかも、事前に上井草まつりの靴に細工しておいたってのに負けた。靴裏の油をものともしないとは思わなかった。


 ただ背中を強風が撫でていく。


 立とうと思えば立てるかもしれない。


 でも、そんな気力はなかった。


 離れていく女の背中が、フラッシュバックする。


「ちくしょう……」


 オレは右手でアスファルトを叩いた。


 これが二敗目だった。





 翌日、オレはまたしても上井草まつりに挑んだ。


 今度の種目は野球だ。


 オレが野球で勝負だと言った。


 何せ、オレは、野球経験者で、かつては『火の玉Dくん』と呼ばれた強肩のキャッチャー。


 少々大人気ないとは思ったが、とりあえずは勝てるもので勝負して、対戦成績を一勝二敗にしたかった。


「野球? 望むところよ」


 上井草まつりは簡単に乗って来た。


 オレが経験者だとも知らずに、愚かな奴だと思った。


 そして授業が中止されて野球対決は始まった。


 上井草まつりがピッチャー。オレがバッター。


「来やがれ、オラァ!」


 オレは、バットを構えながら威勢良く言ったが、次の瞬間、黙らされた。


 見たこともない剛球が、目の前を通り過ぎて行ったのだ。


 正直……冷や汗が出た。


「はっ、何ビビッてんのよ」


「び、ビビってなんかいねぇよ! 今のが本気なのか? 全然遅くて驚いてんだよ!」


 強がるしかなかった。


 その結果……


 ドビュァン!


 激しい音を立てて、前の球以上の凄まじい球が来た。


「…………」


 さっきのアレが、本気じゃなかったってのかよ……。


 何でこんな女が、こんなクソみたいな場所に埋もれてんだ。


 プロを目指せプロを。


 そして三球目だった。


 ど真ん中に来た。


 バットを振った。


 当たらなかった。


 負けた。三敗目だ。


 いや、まだだ。まだ負けてない。


「キミの負けだな」


 ビシッと右手で指差す上井草まつり。


 しかしオレは認めない。


「いや、オレが投げてないだろうが。どちらかがヒットを打つまでが勝負だろ!」


「何だその、手のジャンケンでは負けたけど足のジャンケンでは勝負はついてないぜみたいな、小学生みたいな主張は!」


「とにかく、オレはテメェなんか三振にとってやる!」


「ふっ、まぁいいけどな。勝負してやるよ」


 とまぁ、そんなやり取りの後、オレはマウンドに上がった。


 そこそこ自信はあった。


 自慢の肩は衰えているわけじゃなかったし、まさか女相手に打たれるなんて思ってはいなかった。


 一球目はストライクだった。


 初球は見送った……というよりも、上井草まつりは、校舎の三階あたりを見ていて上の空だった。


 なめられたものだ。と思った。


 だが、次の瞬間。


「よしっ! 来やがれ!」


 上井草まつりは、まるでここからが本番だ、とでも言うように、バットを力強く構えた。


 まるでアメリカのリーグにいる強打者みたいな構えだ。


 そこに、オレは二球目を投げた。


 これも見送った。少し驚いていた。


「なかなか速い球投げるじゃないの」


「ははは、もう白旗か?」


「そんなわけ、ないじゃない」


 強がりで言ってるんだと思った。でも、その声は自身に満ち満ちていて、何というか、打ちそうな気配がした。


 オレのキャッチャーとしてのカンが、ストライクを投げるなと言っていた。


 しかし、全球ストライクでないとプライドが許さない。


 オレが男で、上井草まつりが女だからだ。


 オレは、直球を投げた。


 ストライクコースに行った。


 バットに当てられた。


 芯だった。


 振り切られた。


 もってかれた。


 被本塁打。


「あたしを抑えようなんて、百億万年はやいのよ!」


「くっ……」


 そして上井草まつりは、マウンド上でひざまずいて悔しがるオレに歩み寄り、バットを手渡してきた。


「キミ、もう一回打つか? 何度やっても打てないだろうけど!」


 挑発された。


「うおおおおおお!」


 オレはバットを奪い取り、投げ捨てて、素手で上井草まつりに殴りかかる。


「――――!」


 しかし、オレは宙を舞った。


 返り討ちだった。


 仰向けに倒れて、青い空と、UFOみたいな形の雲が視界に広がった。


 また、負けた。


 勝てそうになかった。


 でも、認めたくなかった。負けたなんて、認めたくなかった。


「キミ、なかなか見所があるね。風紀委員にならない?」


「……ならねぇよ」




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