上井草まつりの章_3-6
「……あたしね、お礼が言いたかったの」
商店街も終わりに差し掛かった時、唐突にみどりはそう言った。
「お礼?」
「そう。お礼。戸部くんにね」
「そりゃまた何でだ? お礼を言われるようなことをした記憶が無いんだが」
「――まつりちゃんと仲良くしてくれて、ありがとう」
「へ?」
「前も言ったと思うけど……まつりちゃんって、ああいう子でしょ? 何て言うか、友達が出来にくい子っていうか、対等な立場で話をできる人が少なくて、いつからか、あたしじゃあ、まつりちゃんの助けになれなくて、支えられなくて、だから、戸部くんが来てくれて、まつりちゃん、楽しそうで、あたしは嬉しい」
それは、本心からの、自然な笑顔で、営業スマイルとは違った、友人を想う幼馴染の顔なのだろうか。
でも、まつりが楽しそうって言うが、あれって楽しそうなのか?
いつも俺にイラついてて、顔をしかめたり歪めたりしてるぞ。
いや、しかし、幼馴染がこう言ってるんだ。楽しんでいるのかもしれない。
笠原みどりは立ち止まって、
「だから、ありがとう」
腰を折った。
「あ、ああ……」
その時にはもう、坂もすっかり緩やかになっていた。
商店街の端の方。笠原商店の店の前で、俺に「ありがとう」と言う笠原みどり。
「そんな、俺も、まつりと居るのはそれなりに楽しいし、お前と話すのだって、結構好きなんだぜ」
「え、そ、そんな。あたしと話したって、全然っ、楽しくないっていうか……」
「そんなことはないぞ。お前のツッコミスキルはなかなかのものだ」
「え、そうかな……」
「ああ、そうさ」
そして俺は、女の子にツッコミを入れてもらいたがる男なのさ。
「……そっか、うれしいな」
「お世辞ではないぞ」
「うん、ありがとう」
笠原みどりは、営業スマイルで笑うと、
「じゃあ、あたしの家、ここだから」指差して言って、その手を振り、「またね」と言って俺とすれ違う。
「ああ、また来週」
そして振り返って、
「うん。今日は、帰り道付き合わせちゃって、ごめんね」
と言った。
みどりの手が、店の引き戸を開けて、閉めた。
「ただいまー」
戸の向こう側から声がした。
「ただいま……か」
いつか、俺も「ただいま」を言う日が来るだろうか。