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柳瀬那美音の視点-前

※柳瀬那美音の章、那美音視点。

 あたし、柳瀬那美音は夜の海の上に浮かんでいた。


 夜。湖の近くにある崖を抜けて漕ぎ出した夜。


 達矢は、あたしを信じてついてきてくれた。せめて無事で居てくれたらいいと思う。なんて、間もなく消えるあたしが言ったって、なんか虚しいんだけど。


 達矢との出会いは、あたしにとってはいきなりだったし、彼にとってもいきなりだったと思う。なんでも湖に打ち上げられていたそうだから。


 こんなことになってしまうことを、あたしは何となく予想していた。予想していたにも関わらず彼を巻き込んだのは、あたしのエゴだ。絶対に許してもらえるはずもないことだとは思うけれど、もしも神様が居て、消えかけのあたしの命を使って願いを一つだけ叶えてくれるとしたら、せめて彼が無事に町に戻ってくれるよう祈る。


 もう祈りの姿勢をとることも何もできないけれど、ただ思う。


 ――きっと、あたしも、好きだった。


 あたしは心が読めるから、達矢が本当にあたしに「好きだ」って感情を向けてくれたことはわかった。表層だけじゃなくて、こっそり深層を探ってみても、あたしの存在は大きいみたいだった。


 不思議だったけれど、一目ぼれというものも存在するみたいだから、そういうことにしといてあげよう。本当は、彼が学校とかで上井草まつりとかいうマジでどうしようもない子にイジメられてたみたいだから、そういった状況から逃避するためにあたしに好意を向けたのかもね。


 いずれにせよ、達矢があたしと一緒に動いたのは必然だと思う。


 運命とか言ったら、何かそれは違うなって思うけど。


 ……運命、か。


 もし仮に、運命というものがあるんだとして、あたしはそれを呪いたい。


 いたいけな少女が兵器の鍵になって、いたいけなあたしがテレパスになった挙句に軍隊に入ることになった挙句撃たれるなんて、そんなふざけた歯車がもしも存在していたのなら、あたしはそれを全力で呪いたい。


 運命、運命か。


 そもそもあたしはこの町で生まれた。いや、あたしが居た頃はまだ村だったか。


 でも、事情があって出て行くことになった。一緒に遊んだ仲間や妹と別れるのは辛かった。


 あたしは都会で生活することになったんだけど、両親が不運にも手作り料理によって食中毒で亡くなってしまい、運よくアルバイトに出ていたあたしが一人残されて、わけのわからないまま二人が居なくなって、母方の親戚に預けられた。当時のあたしは高校卒業するくらいの年齢で、ほんの数日親戚の広い家で過ごした後、すぐに一人暮らしすることになったんだけれど、その家には何度も食事に呼ばれた。


 父の家は元々町長級の家柄だったけれど、母の家系も遥か昔から代々、風車の町で暮らしてきた人たちだった。あたしの面倒を見てくれた母の親戚たちはずっと昔に災害があった時に都会へ引っ越してそれ以来戻っていないのだという。


 特別、何が起こるでもなく都会で生活して行くんだと思った。


 両親の死は悲しかったけれど、風車の村に残してきた妹の顔が浮かんだけれど、体ばっかり高校生になった幼いあたしには、どう動けばいいのか判断がつかなくて、学校に行きながらバイトして、お金溜めて、たまに置き去りにした村を心配しながら、いろんな人のお世話になりながら、またお世話をしながら生きて、死んでいくんだとばかり思った。


 どこで、あたしの星は狂ったんだろうか。


 思い返してみれば、やっぱりアレだ。あの時、青色に輝く分厚い物体を手に取らなければ、あんなことにはならなかった。





 ある日、あたしは面倒を見てくれている件の親戚の人に食事に呼ばれた。立派な門構えの和風な家に招かれたのだ。都会の真ん中にあってあの広大な敷地を持ってたってことは、ものすごい金持ちだったんだなと今では思う。その頃は、ボケっとしてたから、何も思わなかったけど。


 その日はちょうど台風の夜だったから、あたしは育った村を懐かしみながら屋敷へ行った。


 親戚二人は白髪になるくらいけっこうな年齢だったから、料理を食べ切れなくてあたしの皿に色々置きまくり、「たべろたべろ」と勧めてくることが多くて、あたしはちょっと体重やらカロリーやらを気にしつつも、勧められたのを断ることもできず、美味な料理をたらふく食べた。


 食事中に、電車が止まったってニュースがお手伝いさんを伝って入ってきて、屋敷に泊まっていくことになった。


 食事を終えた時、満腹で体が重たくって、こりゃちょっと体重計はしばらく見たくないと考えながら、腹ごなしの運動とばかりに広い庭を散歩した。


 強い風が吹いていた。


 広い庭に立って、風に吹かれながら思ったことは、村と似ているということ。


 塀という名の山に囲まれた見通しの悪さとか、崖の裂け目みたいな門があったりとか。池は湖みたいな位置にあるし、穂高の家の花畑や村の北に広がっていた立ち入り禁止の森とかが庭の花壇と植木で再現されてるような気がした。そうなると母屋は学校で、土蔵は図書館あたりかな。離れが病院とか。


 懐かしいなと思った。


 その時、あたしは童心にかえって、


「よし、探検しよう」


 なんて年甲斐も無く思ったりしたのが、まずかったのかな。


 この時、探検なんてしなけりゃ、あたしは普通に生きて、人並みの真っ当な道を歩めたかもしれないのに。少なくとも、変な力なんて持つことにはならなかったと確信できるのに。


 村の図書館あたりには、面白い探検スポットがいっぱいあった。あの辺は、昔誰かが掘り進めた地下への穴がいくつもあるからだ。さすがにこの家にはそんな穴なんて無いだろうけど、村に居た頃の探検と言えば仲間たちを連れて図書館あたりに繰り出したものだから、当時を思い出しながら土蔵へ向かう。


 池のほとりをうろついてから、土蔵へ。


 思えば、達矢と歩いた町は、あの頃からずいぶん変わってしまっていたな。村が町になって、不良だらけになって、風車がいっぱいだった。新築だった学校も風のせいかずいぶん古くなっちゃって……。


 おっと、これは、そんな話じゃなかったな。今は、あたしが不思議な青い本と出合った時の話だ。


 それで、土蔵に着いたんだけど、真っ暗でね、何も見えなかった。夜だったし。


 親戚とはいえ他人の家だし、大事なものがあるかもしれないと考えて、あたしはさっさと踵を返そうとした。でも、その時、視界の端で何かがポゥって光った気がした。


 振り返って目を凝らしてみたら、青白い光が明滅してるように見えた。


 なんか、ガスコンロの炎みたいだなって思って、もしかしてボヤだろうかなんて考えて、近付いてみたら本があった。無造作に置かれていた。本棚から落ちてそのまんまみたいだった。


 その本は、燃えてるみたいに青い光に包まれていたけれど、炎上しているわけでもなかった。


 あたしは、美しく輝くそれに興味を持ってしまった。何だろうって思って突いてみたりした。


 手に取った。開いた。その瞬間だった。


 あたしは、普通の道から外れてしまった。


 声が聴こえた。心の声。


 とても優しい、親戚老夫婦の落ち着いた心の声。


(肩が痛いな。那美音ちゃんにマッサージでもお願いしようかな)

(ごはん、美味しかったって。那美音ちゃん喜んでくれたわ。よかった)


 あたしは「なんだこれは」と呟いた。


 青白い光を放つ本のせいだと思った。あたしは本を閉じて、放り投げた。


 心の声が、聴こえなくなった。


 でも、今度は光を放っていたはずの本が輝きを失っていて、その代わりとばかりに、あたしが光っていた。あたしの体の周りを、月を覆う光と同じような淡い光が包んでいた。


「あれ、あれ、なに、なにこれっ」


 あたしは慌てて炎のような煙のような色のついた帯を払った。体のあちこちを何度も払った。だけど消えず、しばらくあたしを覆ったままだった。


 五分くらいしたら、ようやく消えたけれど、あたしはなんだか悪夢を見たような心地になった。


 意味がわからなかった。何が起きたのかわからなかった。


 今思えば、その時にあたしは心を読む能力を手に入れたってこと。


 すぐ後になって本を開いてみたら、なんか見たことないような文字の羅列があって、何が書かれてるんだかわからなかった。横に倒してみても、振ってみても、落ちていた携帯用ライターを用いて炎であぶってみても読める形にはならなかった。


 あたしは不思議な幻を見たと思いながら、用意してもらった一室へと戻った。コソコソ戻った。何となく、見つかってはいけないような気分だったからだ。


 その後、親戚の人にも不思議な本のことは秘密のまんまで、大きな檜の風呂に入って、ふかふかの布団に入った。


 その夜に、あたしはひどい頭痛に悩まされて、起きた。ものすごいうなされていたようで、親戚のおばあちゃんが心配して起こしに来てくれていた。


(大丈夫かしら。この子の親も病気だったみたいだから心配だわ)


 声がきこえた。目の前の人間は全く声を発していないのに、だ。


 おばあちゃんは、「大丈夫?」と言って、あたしの額に手を置いた。


 あたしは「大丈夫です」と平静を装いながらも、驚いていた。


 ふと自分の手を見ても、青白い光は無かった。


(手? 手がどうかしたのかしら。那美音ちゃんの様子がおかしい)


 何となくやばいと思った。血が凍るような思いを抱いた。本を触ったことを勘付かれてはまずいと思った。


 あたしは、おばあちゃんの手から逃れるように布団から這い出た。


(念のため病院、連れて行った方が……)


「行かない!」


 あたしは心の声に反応して叫んだ。その時のあたしには、普通の声と心の声、その区別がつかなかったから。


 不思議そうな顔をされて焦ったけど、おばあちゃんは、


「そう……」


 と言って、首を傾げながら去っていった。


 思い返してみると、もしかしたら、あたしが心を読めるようになっちゃったことに気付いてたのかもって思う。わかんないけどね。




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