風間史紘の章_6-2
簡単に言えば、フミーンは死ぬらしい。
死に場所として、この場所を選んだということらしい。
何なんだろうなぁ、死ぬって。
信じられない話であったが、受話器に向かってそう言っていた声に嘘の空気は全く無かった。受話器の向こうから母親と思しき人の泣き声もきこえてきたし。
「そんな……ポチは二度死ぬん?」
ポチじゃねぇから二度死ぬとかじゃないけど、でも、死んでしまうのは確かに……そうなんだろう。あの深刻な電話の声からすると。
俺たちは、一度部屋を出て、あらためてノックする。
コンコン、と音がして、
「はーい」
フミーンが至って普通に返事した。そして扉が開かれた。
「よう、フミーン」
「やっ」
俺たちが軽い挨拶をすると、
「あれ……達矢さんに……大場崎さん? どうしてここに?」
「いや、偶然ショッピングセンターの前に居たら、フミーンが通り過ぎるのが見えてさ、どこ行くのかなーって思ってたら、ここに来たから。な?」
俺はRUNに問いかけた。
「そうなんですか」
「ん、そやねん。別に、あれや。学校から尾行してきたわけやないからな」
嘘下手すぎだろう。
「そうなんですか」
こいつもニブすぎだろう。
「あと、ウチは、決してアイドルのRUNやないで」
って自分から正体に迫る手がかりを与えてどうする。
「はぁ……大場崎蘭子さん。名前似てますけど、RUNちゃんはメガネしないので、そうでしょうね。RUNちゃんではないと思います」
ニブいにも程があるだろ。
俺が心の中でツッコミを繰り返していると、フミーンは引き戸を完全に開けて、俺たちを招きいれようというジェスチャー。
「あ、こんな所で立ち話してないで、中に入って下さい。ちょっと部屋が趣味に走っちゃってますけど」
病室は、病室らしくなかった。はっきり言って、ストーカーの部屋みたいだ。個室内には、なんか、RUNちゃんのポスターとかが大量に貼られていた。どうやらアイドル・RUNの大ファンらしい。
RUNとは、大場崎蘭子と名乗って一緒に病院に忍び込んでいるその人であったりする。
「RUNちゃんが好きなんだな」
俺が至極単純な感想を述べると、
「ええ。大ファンですよ。大ファンなわけですよ! お二人は、RUNちゃんの良さがわかりますか? もうRUNちゃんは神なんですよ!」
すっごい興奮していたが、当のRUNちゃんは大ファンと言われているのに浮かない顔をしていた。
ていうか、目の前にそのRUNちゃん居ることに気付いてないんかい。
「そんなにすごいのか? RUNちゃんって」
「何ですって……? もしかして、達矢さんは、RUNちゃんのRの字も知らないヒトなわけですか?」
「いや……Rの字くらいは知ってるが……」
「いーや、知らないですね! その顔は知らない顔です!」
「ど、どうしたんだ、急に……興奮して……」
「RUNちゃんを冒涜することは許されない行為ですよ!」
「いや……そんなことを言われてもな……」
「大場崎さんは、わかってくれますよね! RUNちゃんの素晴らしさ!」
「え? あぁ……ええと……そんな良い子じゃないやろ……じゃなかった、ないわよ」
自分のことをそう評価しているようだ。
「揃いも揃ってぇええええええ――げほっ、げほっ」
「あ、おい……大丈夫か?」
「大丈夫ですけど!」
興奮しすぎだぞ……。
「ところでお二人とも! RUNちゃんのビデオでも見ますか? RUNちゃんが出ているものは全部録画してますよ!」
「ほう」
俺は、正直言えば興味があったのだが、
「達矢くん……ウチ、見とうない……」
RUNは見たくないらしいらしく、袖をクイクイと引っ張って訴えてくる。
「そう言わずに!」
フミーンはどうしても見せたいらしい。
「達矢くん……」
どうしても見たくないらしい。袖をギュッと掴んできた。
なんか、すごく可愛いなって思ったよ。
というわけで、知り合って日の浅い友人か元アイドルの女の子のどちらを選ぶかと言われれば、それは当然……。
「そ、それじゃ、俺たちは遠慮して帰るか」
大場崎蘭子――本名、大場蘭にして、RUNと呼ばれるアイドル歌手の彼女――が、かなり嫌がってるのだから、ここは彼女の意思を尊重しよう。
「ごめんな、ポチ――じゃなくてフミくん」
「いえ、まぁ……。別に構いませんけど……」
明らかにガッカリしていた。残念そうに肩を落とした。
そんなに見せたいか、RUNちゃんの映像を。
「それじゃ、どんな病気か知らんが、お大事にな」
「あ、はい。達矢さん」
「お大事にな」
「大場崎さんも、お見舞い、どうもありがとうございます」
「あ……ええんよ。お礼なんて……。フミくん……死なないでな……」
「え……」
「そ、それじゃあな。ほら、行くぞ、ランちゃ――じゃない……大場崎蘭子どの」
「何やそれ。変な呼び方やな」
お前が自分で名乗った偽名だろうが。
「ほら、良いから、帰るぞ」
RUNはこくりと頷いた。
俺は、引き戸を開けて、病室の外に出た。
そして、数歩歩いたところで、
タッタッタッタッタ。
と、前方から『リボンを利用した高い位置での二つ結び』の髪型――早い話がツインテール――をした銀髪で深いブルーの目をした小さな女の子が走ってくるのが見えた。
まるで鬼ごっこでもしているかのように何度も後ろを振り返りながら。
そして、どすん、と俺の腹筋あたりにぶつかって尻餅をついた。
「ひゃぅ!」
女の子の悲鳴。
「あ、おい、大丈夫か?」
「痛いぃ……」
涙目で小さなお尻をさすっていた。
「すまん、怪我ないか?」
訊くと、
「はれ? あたし……こんな所で何を……」
「えっと、どうした?」
「あたし、アルファ」
突然、名乗ってきた。
「アルファ……」
どこかで訊いたことあるような気がしたので、考え込んでいると、
「よいっしょ……」
アルファと名乗った少女は「よいっしょ……」などと言って俺が差し出した手に掴まりながら立ち上がり、
「……おにーたん。どこかで会ったことある?」
「いや……初対面のはずだが……」
「うーん…………まぁ、いっか」
俺の横に居たRUNが伊達メガネを持ち上げ、
「かわいい子やね。銀髪で」
RUNは、アルファと同じ目線になるようにしゃがみ込み、頭を撫でた。
「うゆー……」
なんか、子供らしく可愛い声を出した。
「あァ、かわいいなぁ。アメちゃんたべる?」
RUNは、どこからか、棒の先に星型のアメがくっついたキャンディーを取り出して与えた。
「いいの?」
「ええよ」
「わーい」
アルファは、包装紙を雑に剥がし、そのキャンディーを舐めた。
「おい、RUN。良いのか。その子が糖分をドクターストップされてたらどうするんだ」
「!」とRUN。
「?」とアルファ。
「ア、アルファちゃん、平気? 甘いもの止められてない?」
「うん、キャンディー食べると、口の中が甘くなるの」
「――会話になってねぇぞ」
「大丈夫ってことやないか?」
「そうだといいがな……」
「うん」
「それじゃ、行くぞ、RUN」
「あ、うん。ばいばい、アルファちゃん」
RUNはもう一度頭を撫でた。
「あ……」
俺とRUNは、アルファの「あ……」という小さな呟きを背中に受けて、歩き出し、やがて病院を出た。