フェスタ_明日香-9
アルファ「八回裏だったんですけども。トリプルプレーで波に乗れるかといったところだったんですが、達矢さん」
達矢「ええ、あっという間でしたね」
アルファ「最初のバッターが振り逃げで塁に出て、その後、三者連続三振。つまり、一イニング四三振ですか」
達矢「確か、七回もそうだったんじゃないですか」
アルファ「そうですね。つまり、二イニングで八つの三振を奪ったことになります」
達矢「すごいですね」
アルファ「何というか、レベルが違います」
みどり「味方に点を取ってもらった後だと、マナカは更に力を発揮するんですよ」
アルファ「まさにエースですね」
みどり「そうなの。怪我さえなきゃね……」
まつり「…………」
アルファ「そして、最終回に入ります。まつり&不良軍、見せ場を作れませんでした」
★
アルファ「早いもので、九回表。紅野軍の攻撃は、男子生徒Dくんからです」
おりえ「Dくーん! あたしに回してにゃん!」
ネクストバッターズサークルから手を振る穂高緒里絵。
何もしなくても、確実におりえには回る予定である。
男子生徒D「わかったっす」
しかし律儀に返事するDくん。
アルファ「バッターのDくんは、第一打席ピッチャーライナー、第二打席はピッチャーへのバントがフィルダースチョイスになって出塁」
フィルダースチョイス。まぁ要するにまつりの判断ミスだな。
アルファ「第三打席は粘った末の三振……と、いずれもバットには当てています」
まつり「もう打たせないよ!」
男子生徒D「そろそろ上井草まつりといえどもバテてきた頃っすよね。オレが引導を渡してやるっす!」
そして今、
まつり「おりゃぁああ!」
アルファ「ピッチャー投げた! あっと初球打ち! ボテボテの内野ゴロだぁ! ショートの不良、これを取って、ファーストへ送球! Dくんヘッドスライディングセーーーフ!」
おりえ「はわぁあああああ! Dくん最高ーーー!」
達矢「ヘッドスライディングよりも、実際は、駆け抜けた方が速いらしいぞ」
紗夜子「ミチローもそう言ってるよね」
ちなみに、ミチローとはアメリカの球団で活躍する俊足巧打で守備の上手い日本人選手である。
まつり「ちょっと! 送球遅すぎ! ぶっころすわよ!」
RUN「でもな、今の普通ならピッチャーゴロやったやろ」
紅野「投げ終わった後、フィニッシュで体が一塁側に流れるから、しょうもないピッチャーゴロも取れないの。投げた後はピッチャーも一人の野手なんだから、本来なら捕球姿勢に入らなきゃいけないんだけど、またしてもそういうの怠ったわね」
まつり「ちっくしょー……」
悔しがっていた。たぶん言い返せないからだろう。
アルファ「さぁ、ノーアウトでランナーが出て、穂高緒里絵。ここはセオリーではバントの場面ですよね、解説の達矢さん」
達矢「そうですね。しかし、果たして穂高緒里絵がそんなに空気の読めるヤツなのかという問題を考えれば、ここはヒッティングもありますよ」
おりえ「ようし、打つにょー」
思ったとおり、打つ気マンマンであった。
まつり「せいやぁ!」
そして、まつりの直球。剛速球。
ど真ん中。
おりえ「うにゃー!」
キンッ。
当てた。
打球はショートとセカンドとセンターの間にポテンと落ちた。
アルファ「おおおっとこれはテキサスヒットだぁ! 内野の後ろにポテンと落ちたー!」
おりえ「はにゃーーー! アベックヒットぉお!」
華江「あの子……恥ずかしい子だねぇ……」
おりえ「愛だにゃん! これこそ愛のなせるワザだにゃん!」
みどり「穂高緒里絵……恥ずかしい子……」
アルファ「ともかく、これでノーアウトで一塁二塁。上井草まつり、限界なのかっ!」
まつり「限界ぃ!? そんなわけないでしょうが!」
アルファ「しかし、次のバッターは、バットを持てない本子さんです!」
達矢「バットを持っていないので、出塁するのは厳しいんじゃないでしょうか」
本子「ふっふっふ。甘いですね達矢さん。本子には禁断の必殺技があるのですよ。その名も、超能力! そう、すなわち念動力!」
達矢「はぁ……そうっすか」
まつり「あたしのストレートは、そんな変な力になんか、負けない!」
本子「変な力とは失礼な」
そして、まつりは振りかぶって、
アルファ「投げました! ボール。これは変化球ですか、達矢さん」
達矢「いえ、スピードは出てたはずですが、コースが……」
アルファ「スローVTRで確認してみましょう」
達矢「…………」
グニャリと不思議な変化していた。
アルファ「変化してますねぇ」
みどり「でもおかしいな。まつりちゃんは変化球なんて投げられないはずなんだけど」
まつり「おかしい……ど真ん中に投げたのに…………」
アルファ「まつり、第二球を投げた」
本子「むんっ」
本子ちゃんは、力を込めた顔をした。
またグニャリと変化した。
アルファ「またしても外れてボール。どうしたんでしょうか、上井草まつり。制球が定まりません」
本子「これが、本子の本気です!」
アルファ「第三球を投げてこれもボール! 首を傾げます」
達矢「ことごとく外れてますねぇ」
アルファ「四球目も曲がってボール。バットを持っていない相手にフォアボール! これは最低最悪! またしてもノーアウト満塁!」
本子「ふふふっ、これが本子の実力ですよ」
アルファ「やはり限界なのか。上井草まつり。しかし続くバッターは、ここまで四打席連続三振の伊勢崎志夏。無死満塁の場面で回ってきてしまいました」
達矢「まつりチームは、ここで何とかワンナウト取りたいですね」
アルファ「はい。次は二安打している紅野明日香。その次は紗夜子たんと那美音おねーたまのクリーンナップへと続いて行きます」
みどり「ここで抑えられないと、大量失点で試合ブチ壊しの可能性もあるわね」
RUN「そんなんなったら最悪やな」
まつり「おっかしいな……」
アルファ「上井草まつり、マウンド上で首をかしげながらフォームを確認しています。果たして修正できるのか」
志夏「私も、一つくらい見せ場つくらないとね」
さっき空飛んだのでじゅうぶん見せ場作ってたとおもうけどな。
アルファ「伊勢崎志夏、バッターボックスに入りました。ん? おっと、この構えは?」
達矢「バントの構えですね」
アルファ「スクイズですか?」
みどり「いえ、それは考えにくいでしょう。ホームでアウトになる可能性が非常に高いですから。そう思わせてスクイズを仕掛けるというのも奇策としてはアリですけど、この場合は違うと思います。本当にスクイズするなら、最初からバントの構えなんかしてたらバレバレです」
アルファ「ほうほう」
みどり「大きく外に外されてランナーが吊り出されたら勿体ないし、それでアウトを取られて点が入らないなんてことになったらチームのムードも最悪になるでしょう」
アルファ「なるほど」
みどり「とはいえ、『スクイズもあるぞ』という姿勢を見せることで、守備位置を変えさせる狙いがあるのかもしれません。スクイズを警戒させてボール球を投げてくればもうけもの、というオーラも放っています」
志夏「ふふふ、心を乱しなさい、上井草さん」
まつり「あたしはどんな場面でもど真ん中ストレート! それが信条!」
紅野「さっき、私に棒球なげたけどね」
達矢「さっき俺に思いっきりマンガ直球をぶつけてきたけどな」
紗夜子「わたしにはバット届かないとこばっかで全部フォアボールじゃん」
まつり「そんなことなかった!」
全部無かったことにしようとしてやがる……。
なにあの娘サイテー。
まつり「いくよ! あたしらしく、真っ直ぐで!」
そしてまつりは、直球を投げた。
アルファ「一球目は外れてボール。素早くバットを引いた伊勢崎志夏」
まつり「なっ……おかしい……真ん中に投げたのに」
アルファ「どうしたんでしょうか、上井草まつり。ストライクが入りません。全部真ん中に投げると言っておいてコレだよ、なんて呆れている人もどっかには居そうです」
志夏「どうしたの、ストライク入れてくれないと打てないわ」
まつり「入れる! 次は!」
志夏「来なさいっ」
まつり「うぉりゃぁああ!」
アルファ「そして、第二球は、これは決まってストライク! 今度は志夏、バントの構えをしませんでした」
みどり「いやぁ、駆け引きですねぇ」
まつり「……うん、フォームが崩れたわけじゃないから大丈夫だ」
まつりはマウンド上で呟いた。
アルファ「ところで、解説の達矢さん。上井草まつりは、トルネード投法で投げているわけですよね」
達矢「そうですね、ものすごくヒネってネジってますね」
アルファ「ホームスチール狙えませんか」
みどり「そんなことしたら、まつりちゃんのプライドがガタガタになって街は地獄絵図にまりますよ」
みどり「それをわかって、三塁ランナーの男子生徒Dくんも空気を読んでいるんです」
アルファ「なるほど。さすがDくんです。上井草まつり、三球目を投げた。高めに外れてボール」
まつり「あっれ……」
アルファ「ツーボールワンストライク。ボールが先行しています。どうでしょうか。ここでまたフォアボールを出すなんてことになったら、交代も視野に――」
みどり「いいえ、それでも続投でしょう。まつりちゃん以上のピッチャーなんて、相手チームには居ませんから」
RUN「せやな。代えるんはピッチャーやない」
アルファ「と言いますと?」
RUN「キャッチャーが、さっきからキツそうやねん」
アルファ「そうでしょうか」
みどり「確かに、キャッチャーは足腰の強さや体力が求められる過酷なポジションではありますけど、不良Aくんなら不死身だから……」
RUN「でも、左手がもう限界みたいやねん」
達矢「確かに……今まで気付かなかったけど、痛そうにしているかもな」
汗がダラダラ流れてるし。
不良A「…………」
まつり「うおおっ!」
アルファ「ピッチャー投げた! 入ったストライーク。しかし、志夏さんはバットを振りませんね」
達矢「甘く入る一球を狙ってるんでしょう」
みどり「ストライク入るのは全部甘い球だけどね。でも威力もスピードもすごいから、ヒットにするのは難しいですよ」
みどり「先ほどトリプルプレーしてしまった人もいますし、そのことが頭をよぎれば簡単には手を出せないんじゃないでしょうか」
利奈「思い出させなくていいっしょ! もう忘れてよ!」
アルファ「ベンチから何か叫んでる人がいますね。さあて、追い込んで平行カウント。勝負球は何でしょうか」
みどり「ど真ん中直球以外にないでしょう」
RUN「男らしいな」
達矢「女だけどな」
アルファ「さぁ、勝負球、投げました! 判定はボール、僅かに低いか。また外れます。フルカウント。いやぁ……どうしたんでしょうか。厳しいコースを狙っているのでしょうか」
みどり「おかしいですね。アクシデントかな。人差し指のマメがつぶれたとか」
達矢「そんなヤワな指じゃねぇだろ」
みどり「うん……それに、皮が剥けたって気にしないで投げる人だから……何かおかしい」
まつり「何で、何で入らないの! おかしい!」
RUN「あれはあかんなぁ。精神乱しとるやないか」
まつり「待て、落ち着け、落ち着くんだあたし。焦って投げたらダメだ。思いっきり、ストレート」
ぶつぶつと自分に言い聞かせた後、
まつり「いっくぞおおお!」
アルファ「声を上げて、投げました! ストレートが外れてボール! 今日二つ目の押し出しーー!」
不良ども「「「何してんだよピッチャー!」」」
まつり「うるせー!」
アルファ「逆ギレしてますね」
みどり「ええ、最低ですね……」
志夏「ふっ、本子ちゃんの必殺技が念動力なら、私の必殺技は、風力! 自然の力を前に、人はあまりにも無力なのよ!」
達矢「つまり、志夏はズルしたと?」
みどり「でも、風の力じゃ……証拠が出ないよね。超能力もそうだけど」
達矢「敵にしたくないヤツだな、志夏は」
みどり「確かに」
悪どいというか、精神攻撃が得意というか、なんというか……。
アルファ「とにかく、意外な形で追加点が入りました。これで紅野明日香軍のリードは二点に広がります」
達矢「不良軍は厳しくなってきましたね」
アルファ「そうですねぇ、紗夜子たんから二点をもぎとるのは、かなり難しいですよ」
みどり「失投と言える失投は、二回表に不良Aくんに投じたボールくらいだったんではないでしょうか」
RUN「ていうか、これ今、紗夜ちゃんノーヒットノーランちゃう?」
アルファ「!」
達矢「!」
みどり「!」
アルファ「確かに……そうですね……次の回、ノーヒットで抑えれば、ノーヒットノーランです」
みどり「マナカの復活登板にしては、完璧な展開!」
と、その時だった――!
不良A「ぐああああ」
アルファ「あーっと、どうしたんでしょうか、唐突にキャッチャーの不良Aくんが悶えています!」
不良D「Aさん!」
不良C「どうしたんすかAさん」
不良B「Aさぁあああん!」
不良E「Aさああああああああん!」
外野から走ってくる不良も居た。
不良A「お、オレの左手はもう死んだ」
まつり「…………」
不良D「ちくしょー! 上井草まつり! よくも!」
不良A「待て……不良D……」
声がかすれている。
不良D「え……でも……Aさん……」
不良A「今回はそいつは悪くない。悪いのは、実力が足りなかった自分だ……オレには、速さも硬さも、足りなかった……」
不良Aがミットを外すと、三倍くらいに腫れあがった左手が姿を現した。
不良B「Aさん……」
不良C「Aさん……」
不良D「……うっ……Aさん……」
不良E「くっ……うぅぅ……」
泣いてる……?
不良A「我が生涯に一片の悔い……ガクッ」
不良B~D「「「「Aさああああああああああん!」」」」
アルファ「不良A、倒れました」
不良C「く、くそ……この試合! ゼッタイに落とせなくなった!」
不良D「Aさんの死を無駄にはしない!」
だから、死んでねぇだろって……。
みどり「医療班、行ってきます」
アルファ「はい、ゴキゴキしてきて下さい」
みどり「了解しました」
みどりは敬礼して、不良Aの所へ駆けた。
みどり「えいっ」
ゴキゴキッ!
不良A「ぐぁあああああああ! 左手があぁあああ!」
不良B~E「「「「「Aさぁああああん!」」」」」
アルファ「しかし……どうするんでしょう。守りの要、扇の要のキャッチャーが欠けてしまったのは、相当な痛手だと思うのですが」
達矢「そうですねぇ、それ以前に、不良チームにも交代できるメンバーが居ませんから、最悪不戦敗に……」
と、その時――!
???「わたしの力が必要なようだな」
背後から声がした。
そして現れたのは!
深谷「わたしの名は深谷!」
みんな「「「……だれ?」」」
志夏「あら、男子寮長の深谷さん」
あぁ、男子寮の寮長をしているおっちゃんか。
珍しく頭にタオルを巻いてないから気付かなかったぜ。
深谷(寮長)「わたしがキャッチャーに入ろう!」
まつり「え、深谷さん。野球できんの?」
深谷(寮長)「できるさ当然。わたしが子供の頃は、ネギをバットにして野球していたほどだ」
まつり「何でよりによってネギなのよ」
深谷(寮長)「ちなみに、友人の三浦くん(今は板前をしている)と練馬くんは、大根をバットにしていた。なお、そこに乱入してきた穂高華江という女に、『食べ物で遊ぶんじゃねぇ!』とボコボコにされたなんてこともあった」
深谷&板前「「そう、あの頃オレたちは、ネギもって揺れてた!」」
何だこのオッサンたち……。
華江「…………」
アルファ「おっとぉ! この辺で放送時間の方が無くなってまいりました! 申し訳アリマセン。この試合の結果は、零時からのニュースでお伝えします!」
達矢「えぇ!? ニュースに流れんの、この試合!」
アルファ「ほんの冗談です。さっさと試合を進めて欲しいので、お茶目をしてしまいました」
達矢「こいつぅ、かわいいやつめ☆」
アルファ「きもちわるいです。やめてください」
達矢「くっ……否めない……」
アルファ「さぁそして、キャッチャー道具をつけた深谷さんがキャッチャーに入ります」
深谷(寮長)「まつりちゃん。思いっきり投げて大丈夫だよ。今まで手を抜いてたろ」
まつり「…………」
何だと!
達矢「今までのマンガ直球でなお、手を抜いていたと言うのか!」
那美音「確かにね。まつりには、もう一段、ギアがあるみたいよ」
達矢「そうなのか……恐るべし、上井草まつり」
アルファ「そして、バッターボックスに入るのは、今日二安打の紅野明日香」
紅野「てか猛打賞、狙っちゃうから」
アルファ「さぁ、上井草まつり、振りかぶって」
まつり「それじゃお言葉に……甘えてっ!」
言って、体を大きく捻って、投げた!
ボビャァアアアアン!
紫色の閃光がほとばしった!
紅野「へぁ?」
アルファ「す、ストライク! 終盤になって突然目覚めたか、上井草まつり! マンガ直球を凌駕するようなアニメ速球とも呼べる球を繰り出しました!」
実況のテンションも最高潮である。
アルファ「フルカラーです!」
でも、何この意味のわからない実況……。
那美音「それくらい、衝撃的なボールでしょ。達矢にはわからない? 今のまつりが投げるボールには、魂がノってるわ」
まつり「うおりゃぁあああああ!」
アルファ「直球がど真ん中に行く! 紅野明日香、仰け反って避けた!」
那美音「紅野明日香、落ち着いて! ボールよく見て!」
紅野「そんなこと言ったって……」
まつり「これがあたしの、全力投球だぁああ!」
バビャアアアアアン!!
紅野「きゃあ」
アルファ「紅野明日香、高めのボール球を振ったぁああ! 三振!」
まつり「もう一点もやらないわ!」
不良ども「「「まつり姐さん!」」」
何か、あっという間に心掴んでるし。
しかし、深谷さんも、あのアニメ速球を完璧にキャッチしている。
ネギ持って揺れてただけのことはあるな。
アルファ「さぁ、そしてバッターボックスには、今日は全打席フォアボールの浜中紗夜子が入ります」
上井草まつりと浜中紗夜子が対峙した。
みどり「すごい……すごいオーラだわ。二人とも」
まつり「長い長い、日々だった……こうして一緒に、同じグラウンドに立つために、あたしは練習してきた! 孤独でも、相手がいなくても、一人でノックしたりしていた!」
何か、可哀想な子なのだろうか……。
まつり「それは全部、今、まなかと戦うため!」
その言葉を受けて、紗夜子は言う。ざりざりと足元の砂を踏みしめながら。
紗夜子「わたしも、同じ。まつりと、野球、したかった。まつりが練習してるの、知ってたから」
まつり「まなか……」
紗夜子「わたしだってやったよ。まつりを恐がらなくなるように、石膏像をまつりに見立てて話しかけたり、片手でだけど、バット振ったりだってしてた。まつりには、負けたくないから、だから、遠慮しないで。わたしにぶつけることなんて恐がらないで――来て! 全力で!」
力強く、紗夜子はバットを握り、構えをとった。
まつり「ふぅー」
まつりは大きく息を吐いた。
そして振りかぶる。
体を捻る。
トルネード投法。
そして、今日一番の速球!
紗夜子「っ!」
シャープなスイング。
キンッと金属バットが鳴いた。
流し打ちされた速い打球は三塁側に向かって飛び、ネクストバッターズサークルで控えていた那美音はこれを素手でキャッチした。
まずはワンストライク。
あの直球をファールとはいえ打ち返すとは。
不様な俺だったら間違いなくボールには当たらないし、当たったところで三メートルくらい吹っ飛ぶだろう。
それほどまでに威力のあるアニメ直球なのだ。
紗夜子「…………」
まつり「…………」
集中していた。
真剣な瞳で二人、対峙する。
まつりは二球目、大きく振りかぶって、体を捻り、さっきより速い球を放る!
ドバアアアアン!
ミットにおさまる音。
強い光がほとばしる。
若山(審判)「ぼ――」
ボールと言い掛けたが、
紗夜子「ストライク」
若山(審判)「ス、ストライク」
審判さえも、いらないようだった。
それは、まるで野球で、語り合うように。
投げて、バットに何とか当て、
また投げて、バットに当て、
なかなかミットの音が鳴らなくて、
何度も、何度も。
楽しそうに。
それを、見ている全員が、ただ静かに見つめていた。
響くのは、審判の声とグローブとボールとバットの音だけ。
そんな風に、十五球くらい粘っただろうか。
まつり「うおおおおおお!」
上井草まつりの投げた一球は、浜中紗夜子の待っていた内角高めに行った。
それを、紗夜子はフルスイングする!
紗夜子「!」
ズドオオオオオオオオン!
街中に響き渡るような、轟音。
ボールがミットにぶつかる音だった。
紗夜子のバットは、空を切った。
まつり「や、やった! まなか。まなかに! 初めてまなかに!」
喜んでいた。
心から。
泣きそうな紗夜子が悔しそうにベンチへ帰ってくる。
泣きそうなのは紗夜子だけではなかった。
まつりもだ。あのまつりが泣きそうになっていた。目に涙をためてガッツポーズをしている。
しかし――!
那美音「まだ終わりじゃないわよ。まつり」
そう、まだ那美音が残っていた。
まつり「そ、そうだ……まだあとワンナウト……」
那美音「来なさい。マツリ」
まつり「いくよ、おねえちゃん!」
那美音「…………」
そして、まつりは体を大きく捻り、投げた!
那美音「ッ!」
キンッ!
澄んだ音。
ジャストミートだった。
アルファ「う、打った! しかし左に切れてファール!」
あの剛速球を引っ張るか。
さすが那美音。
まつり「…………」
那美音「バカ! 弱気になるな!」
まつり「なっ!」
那美音「あたしは心が読めるんだよ! ちょっとくらい良い当たりされたからってビビっちゃって! みっともない!」
まつり「え……」
那美音「切り替えて次の球に集中しなさい!」
まつり「あ……ぇ……うん……」
那美音「来なさい!」
まつり「……行くよ!」
那美音「来い!」
まつり「行くってば!」
そしてまつりは、二球目を投げた!
那美音「やぁあああ!」
キンッ!!
真芯で捕らえた音。
しかしそれは真後ろ。ファールゾーンに飛んだ。
那美音「痺れるなぁ……芯なのに」
まつり「勝ちたい……」
那美音「当り前でしょ。来なさい」
まつり「決まれぇええええええ!」
まつりの投げた三球目!
真ん中。
那美音「ッ!!」
那美音はフルスイングした。
キィン!
とらえた。ように見えた。
打球は……。
まつり「ひあっ――」
悲鳴、後、轟音。
那美音「…………」
紗夜子「…………」
達矢「…………」
アルファ「…………」
みどり「…………」
利奈「…………」
不良ども「「「…………」」」
ボールは、まつりのグローブの中にあった。
ピッチャーライナー。
まつり「や、やったっ」
不良ども「うおおおお!」
アルファ「捕りました、スリーアウト! 上井草まつり、この回、絶体絶命のピンチを一失点で切り抜けました!」
那美音「ふっ、さすが、まつりね」
アルファ「那美音おねーたまも、素晴らしいバッティングでした! さあ回は最終回。九回裏に入ります」