フェスタ_明日香-8
回は進んで一気に八回表。
アルファ「上井草まつり。ピンチを迎えています。紅野明日香軍としては、まつりを攻め立て、ノーアウト満塁の大チャンスを迎えています。そして、ここで、『まつり&不良軍』はタイムをかけました。間を取って上井草まつりを落ち着かせようというのでしょうか」
その時、笠原みどりがブラウン管テレビにビデオテープをセットして、アルファに向けて親指を立てていた。
アルファ「あっと、ここで、これまでのハイライトVTRができたようです。見てみましょう」
唐突にハイライトが始まった。
アルファ「一回に紅野さん、那美音おねーたんがヒットを打ってチャンスを作ったんですが、ここで戸部達矢が不様な三振。チャンスを生かせません。
三回には四球がらみでチャンスを迎えますが、ここも戸部達矢が不様な三振。
四回には、先頭のRUNちゃんの振り逃げ、Dくんのバントをピッチャーのまつりが二塁に送球。しかしこれが判断ミス。楽々セーフでピンチを広げてしまいます。しかし上井草まつりは、ノーアウト一、二塁のピンチで笠原みどり、本子さんを連続三振に切ってとり、ツーアウトまでこぎつけました。そしてここで、上井草まつりが大暴投。それを見て、RUNが三塁を陥れるのですが、三塁ベースを行き過ぎてしまい……更に戻ろうと慌てたところで転倒」
RUN「まさにオーバーランというわけやんな」
アルファ「チャンスを潰した上に、この転んだ時に足を捻ったようで、RUNちゃんは利奈っちと選手交代。今は解説席にいます」
RUN「てへ☆」
アルファ「0-0の同点で迎えた七回、今日二つの三振を喫している笠原みどりの打順で穂高緒里絵が代打で登場しますが、ここは見逃し三振。チャンスを作れません。しかし、つい先ほど、この八回には、紅野明日香のライト前ヒット」
みどり「あれは、紅野さんの心理作戦が見事でしたね」
RUN「いや、あれは、まつりって子ぉがアホなだけやろ」
まつり「…………」ずーん。
アルファ「おっと、実況席の声が聴こえたでしょうか、落ち込んでいます」
まつり「あ、あれは明日香にダマされたんだ!」
紅野「ふっ、ダマされる方が悪いのよ。戦は騙しあいなんだから!」
三塁塁上で、紅野が言った。
まつり「明日香の『ストレートが変化球だから、本当に正々堂々なのは、むしろ棒球なのよ』なんていう言葉に乗せられて!」
みどり「そんな言葉に乗せられるまつりちゃんが恥ずかしいよ」
まつり「みどり。後でモイスト」
みどり「はぅ、ごめん……」
しかし、モイストからは逃れられないだろう。
利奈っちと仲良くモイストされることになってしまうだろう。
アルファ「そして、まつりは紗夜子たんに対しては四つ目の四球。同じ相手に、四度連続のフォアボールを与えてピンチを広げてしまいます」
みどり「超かっこわるいですね。逃げまくりで」
まつり「…………」
アルファ「続く那美音おねーたまには、レフト前に完璧に運ばれ、ノーアウト満塁。そして今、ここまで不様な三振を三つ記録している戸部達矢を打席に迎えるところです」
達矢「おい、これから打席に入るのにネガティヴなこと言うなよぅ!」
アルファ「仕方ないです。事実ですから」
達矢「くっ……」
アルファ「続いて、『まつり&不良軍』の方のここまでの攻撃も振り返ってみましょう」
またハイライト映像が始まった。
アルファ「まずは、初回、三者三振という素晴らしい立ち上がりを見せた紅野軍のエース、浜中紗夜子。
続く二回には、上井草まつりの最悪的にかっこわるい見逃しの三振。そして伊勢崎志夏のスーパーキャッチなども飛び出します。
浜中紗夜子たんは、その後も安定した投球を見せ、五回には『目を瞑ったまま振れば変化球にもバットは当たる』と言いながら打席に入った上井草まつりをキャッチャーフライに切って取ります」
みどり「あれもバカでしたね。しかも顔面自打球まで当てた末、キャッチャーフライを『完璧にとらえたはずなのに』とか『長打になる感触だったはずだ』とか言ってアホ丸出しでしたね」
まつり「みどり。後で色々する」
みどり「やだ、うそ、ごめん」
謝っても遅いだろう。
後で利奈っちと一緒に色々されてしまうだろう。
だが……目を瞑ったままバット振って当たるってのも、なんというか、バカだけどすげぇよな……。
まつり「でも、本当に、良い感触だったんだもん! 真芯でとらえたのに……」
志夏「突然吹いた規格外の強風に押し戻されたんでしょ。目を瞑って打とうなんていう、その腐った根性が問題なのよ!」
まつり「うぅ……言い返せない」
アルファ「あぁ、なるほど。志夏たんの仕業でしたか。それなら納得です。彼女は神で、風を操れるのです」
何だそれ……。
アルファ「そして、これも五回でした。不良Aくんの打球は、ボテボテのショートゴロ。しかし――
『利奈っちあーーーっと!』
負傷のRUNちゃんに代わってショートに入っていた利奈っちが、ファースト送球時に、まさかの転倒。投げたボールは一塁ベンチ前を転々と転がりました。……あぁ、この時、上井草まつりさんはベンチで大笑いしてますね」
みどり「自分もいっぱいミスしてるのにね」
まつり「…………」ぎろっ。
まつりはみどりをにらみつけた。
アルファ「七回には、先頭に振り逃げ、次のバッターの平凡なバント処理を戸部達矢くんが不様にファンブル。一塁二塁のチャンスを迎え、そして上井草まつりの打席だったのですが、ストレートにあえなく三球三振。続く不良Aくんも三振、Gくんもあっさり三振」
アルファ「三者三振でピンチを切り抜けます」
みどり「ランナーを背負ってから、更にボールに勢いが出るんですよ、マナカは」
アルファ「なるほど、いかにもエースですね」
みどり「そうです。まつりちゃんなんて、マナカに比べたらザコです」
アルファ「そこまで言いますか……」
みどり「実際そうだもん」
まつり「…………」ずずーん。
アルファ「落ち込んでいますね」
みどり「はい、落ち込んでいます」
アルファ「さて、それではハイライトはこの辺にして、試合の方に戻りましょう」
みどり「ちょうど試合が再開されるところですね」
RUN「ええタイミングや」
アルファ「さぁ、八回の表、『紅野明日香軍』、ノーアウト満塁のチャンスを迎えています」
紅野「牽制してきてもいいわよー」
みどり「紅野さん、挑発していますね」
アルファ「はい、挑発ですね」
まつり「牽制なんて男らしくないことしないわ」
達矢「お前、女じゃねぇか」
まつり「うるさい! デッドボール当てるぞコラァ!」
達矢「おい、あいつ野球やる資格ねぇだろ。人としてどうかしてんぞ」
紅野「当ててみなさいよ。報復で達矢が――」
達矢「え……」
紅野「達矢がまつりの大事なものを次々と切り刻んでいく予定だから!」
達矢「いやいや、そんなことしたくねぇよ。何言ってんだお前も」
まつり「あたしの……大事なもの…………あぁ……あたしのぬいぐるみとRUNちゃんグッズが……よくもっ!」
まつりの想像の中で、大事なものを傷つけられる風景が浮かんだらしい。
まつり「達矢ぁ! ころす!」
物騒なことを言うなよ……。
まつり「くらえぇ! 犬のぬいぐるみの恨みィ!」
そして、まつりが投げたボールはッ!
アルファ「ピッチャー、投げましたぁ!」
ドムン!
達矢「はぐぉ!」
俺の体に直撃した。
達矢「肋・骨・ヒューーーー!」
まつり「思い知ったかぁ!」
痛い。
すごく痛い。
嫌な汗が流れるくらい。
不良ども「「「…………」」」
不良A「満塁だぞ、バカ!」
アルファ「紅野明日香、今、ホームを踏んで先取点。1-0となりました」
まつり「――何をしてんだあたしはぁ!!」
アルファ「虚空に向かって叫びましたね」
みどり「はい、叫びました」
アルファ「あっと、しかしこれは、戸部達矢。不様な戸部達矢、起き上がれないかぁ?」
さっきから不様って連発しすぎじゃないかな、あの実況。
アルファ「あっと担架です。担架が出てきました。どうやらプレイ続行は不可能なようです」
みどり「骨折してるみたいだから治してくる」
アルファ「はい、お願いします」
そしてみどりは、俺に駆け寄ってきて。
ゴキゴキッ。
達矢「はぉおう!」
痛いっ!
あっガッ、なっ、なにこれ痛い!
ベキベキッ。
アルファ「これはみどりおねーたん。見事な技で折れた骨をくっつけました」
RUN「なんや、グロいな……」
アルファ「あっと、しかし、みどりおねーたんから×印が出ました! 腕を頭の上で交差させて、『もうムリ』を表現しています。戸部達矢。不様に交替です! しかし、おっと……これは大変なことになりました。もう交替要員が居ません。押し出しで一点を獲得したは良いものの、代走が居ないと、負けになります」
そういうことらしい。初耳だがな。
アルファ「今日の試合はそういうルールなのです」
RUN「何やろ……今決めましたって感じするな」
ていうか、それだと最初から俺たちの負けなんじゃないか?
志夏は神だし、本子ちゃんは幽霊だし……。
人数揃ってねぇぞ……。
那美音「達矢くん、それは言わない約束なのよ」
心を読まれた。
そうか。言わない約束なのか。
だったらしょうがないな。
アルファ「そしてぇ! そこに都合よく通りかかったのは!」
おりえ「はわっ! おかーさん!」
おりえの母親である華江さんが、男の人と一緒に歩いていた。
あの男は……えっと、そう、ショッピングセンターの中にある寿司屋の板前。
那美音「寿司……ですって? 祝勝会の場所はそこに決定ね!」
華江「あら試合はどう? 勝ってる?」
おりえ「勝ってるけど負けてる!」
華江「は? 何言ってんだいあんた」
おりえ「あんねー、Dくんは勝ってるけど、まつり姐さんが負けてるの」
華江「そうかい、そりゃまぁ、複雑だねぇ」
おりえ「ところでおかーさん!」
華江「何だい」
おりえ「人数が足りなくなりそうなんだにゃん! 不様なたつにゃんのせいで」
達矢「いや、まつりのせいって言えよそこは」
みどり「戸部くん! 喋っちゃダメ! 傷口が開くわ!」
ゴキッ!
達矢「いっ!?」
いたい……。
ていうか、傷口とかないだろ……。
デッドボールで骨折なんだから。
みどり「あと二分間は黙ってなさい」
頷くしかない。痛いの嫌だし。
板前「華江さん。せっかくだからやってきたら」
華江「はぁ? 何言ってんだい、やらないよ」
板前「あぁそっか。華江さんがバット握ったら、隣町の一つか二つくらいは壊滅しちゃうもんね」
華江「あんた、バラして山中に埋めるよ」
板前「す、すみません」
華江「じゃあ、そうね、あんたがやってきたら?」
板前「あぁ……そうだな、久しぶりにやってみるか。野球。応援してくれよ」
華江「あとで茶碗蒸しオゴってくれるなら応援してやるよ」
板前「おっけー」
そして板前さんは、代走で出た……。
アルファ「さぁ、ここで戸部達矢に代わって、一塁ランナーは板前」
華江「盗塁しろ盗塁ー!」
板前「ムリでしょ! 満塁だよ!」
まつり「なんか……何であたし、孤立してんだろ」
日頃の行いが悪いからじゃないかな。
利奈「よしっ……」
アルファ「さぁ、そしてなおも無死満塁。ここで、バッターは利奈っち」
RUN「さっきヒドいエラーしとるからな。ここは汚名挽回や」
アルファ「RUNおねーたん。汚名は返上するものです。挽回するのは名誉です」
RUN「うっかり☆」
達矢「…………」
アルファ「おっと、そしてここで、解説席には不様な戸部達矢が座りました」
達矢「いやぁ、まつりさんは良い球を投げますね☆」
アルファ「『☆』とかつけないで下さい。もうちょっと言い方を考えてください。きもちわるいです」
達矢「くっ……否めない」
アルファ「宮島利奈。今、バッターボックスに入ります」
達矢「ちなみに、アルファたんは、好きなチームとかあるの?」
アルファ「ヒューストンロケットーズ(フィクションです)です」
達矢「あぁ、アメリカの球団か何か?」
アルファ「そうです。ロケットと名がつくと、あたしは愛さずにはいられないんですよ」
達矢「しかし……ヒューストンって地名は、日本語的には縁起悪いな」
アルファ「何でですか? アルファ、日本語よくわからないです」
達矢「ほら、『ヒュー』とロケットが飛んでだな、『ストン』と落ちる感じが――」
RUN「ストンなら着地しとるやないか」
達矢「あぁほんとだ! 何て縁起の良い地名なんだ! 平和だ!」
RUN「ヒュードカンとかやったら、アレやけどな」
達矢「恐れいった。さすがRUN様……」
さすがのポジティヴさだ。
RUN「そんな、褒めんといてな、調子乗ってまうやろ」
アルファ「さて、そんな超くだらない会話を繰り広げている間に、利奈っち、追い込まれています、ツーナッシングです」
紗夜子「マリナー。バットに当てれば何か起きるからっ、がんばって」
三塁ランナーの紗夜子が言って、
利奈「うるさいわね! マナカに言われなくてもちゃんとやるもん!」
バッターが答えた。
そして、まつりはど真ん中にストレートを投げた。
利奈「せいっ」
こつん。
当てただと……。
利奈「やった、当たったよ!」
打球はピッチャー前に転がった。
アルファ「あっと利奈っち。バッターボックスでハシャいでいます」
まつり「ていっ」
紗夜子「マリナー! 走れー!」
アルファ「ピッチャー、捕ってバックホーム。ホームで封殺。キャッチャー取ってホームベースを踏んでサードに投げる。サードはファーストへ! ああ……何と言うことでしょう! 利奈っちがバッターボックスでハシャいでいる間に『1-2-5-3の三重殺!』ピッチャーゴロで、まさかのトリプルプレー成立! あっというまにチェンジ! ノーアウト満塁が暗転ーーー!」
達矢「ていうか今さらだけど、アルファたん日本語上手だな」
アルファ「ありがとうございます」
RUN「あれやな、アルファたんチョベリグってやつやな」
達矢「っ……チョベリグ……だと……?」
アルファ「その言葉は既に死んでいます」
RUN「そうなん?」
驚愕していた。
利奈「うぁ……」
紗夜子「まさかこんなことが起きるなんて……」
利奈「あわぁー……わたし、何てことを……達矢の死を活かせなかったぁあああ!」
達矢「――死んでねぇよ!」
アルファ「1-0で、終盤、八回裏に入ります」