フェスタ_那美音-4
激しい暴力。他人を強く深く傷つけた。
それでもマツリは、誰にも怒られなかった。
サナや、上井草家の人々がマツリの代わりに色々なところに頭を下げたからだった。
それが、マツリを更に閉じこもらせた。
部屋から出ない日々。
悪い人は、外に出してはいけないんだ。
だから自分は外に出てはいけないんだ。
そう思った。
サナが無理矢理外に連れ出すこともあったが、誰にも会いたがらなかった。
――会いたかった。
大好きな皆に。
――行きたかった。
自分の居場所に。
でも、会ったら、行ったら、また傷つけてしまうから。
また傷ついてしまうから。
もう、そんなのは嫌だから。
だからマツリは、外に出るのをやめた。
やがて、両親とサナは、街のずっと遠くへと引っ越した。
マツリは……捨てられたと思った。
見切られたと思った。
「もうマツリは上井草家の娘ではない」
「勝手にすればいい」
「那美音には将来がある」
「那美音の近くに置いておくわけにはいかない」
きっと、そういうことなんだろう。
両親とサナは、もういない。
暗い部屋の中、ただ一人。
自分を支えて守ってくれる人なんて、誰も居ない。
孤独。
でもいいんだ。
自分は孤独であることにこそ価値があるんだ。
思った。
泣いた。
でも、誰も来なかった。
――死んでしまおうと思った。
「そうだね。そうだよ。あたしが死ねば、いいんだね。いやなものを全部抱えて、あたしが死ねば、それで村は平和になるんだ。だから、あたしって、ヒーローみたいなものだ」
呟いた。
「…………」
鉛筆を削るために買った、カッターナイフを手に取った。
マナカが上手に鉛筆を削っているのを見て、自分もやりたくて買った。
でも、上手に鉛筆を削ることはできなかった。
削ろうとした鉛筆が、ことごとく折れた。ひどく不器用だったから。
「あたしは、あたしを壊そう――」
言った、その時だった。
「マツリ!」
サナが駆け寄ってきた。
夢なんだろうと思った。幻なんだろうと思った。
何かと自分のジャマをして、また今度もジャマをする気かと思った。
そして、カッターを持った手を振るった。
「あっ――」
サナは、何が起きたか、わからなかった。
痛みは、無かった。でも、傷はあった。
左手の手首を、斜めに。深く。血も出ていた。
サナはそれを見て、本当に自分の血が出ているのかどうか、確認して、急に痛みが襲った。
「いっ……いたっ――」
でも、痛いなんて言っていられない。
自分よりも、今はマツリを何とかしなくてはならないと思った。
一人、ただ一人、苦しむマツリのために、サナは両親の反対を振り切って、帰って来たのだから。
「おねえ……ちゃん……」
「大丈夫……大丈夫だからね、マツリ」
「本物……?」
血だらけになりながら、サナはマツリを抱きしめて、マツリの後頭部を撫でながら、
「当り前でしょ。あたしのニセモノなんていないわよ。ずっと、マツリのこと見守るからね。ずっと、マツリの側に居るからね。見放したりなんか、しないからね」
そう言った。
「それだけ……っだから」
サナは少しフラついた。
「おねえちゃん……おねえちゃん?」
「ちょっと、おねえちゃんね、今、転んじゃって、怪我しちゃったから、病院に行かなきゃいけないけど、お留守番……できるよね」
「うん……ごめん……ごめん……ごめん」
「謝らなくていいの。マツリは悪いことしてないから。ね?」
優しく。
「この世界に居ちゃいけないなんてこと、ないから。ね?」
囁くように。
「マツリを愛してる人だって、居るから。ね?」
頭を撫でた。
「……ごめ――」
「謝るな!」
「あうぅ……」
泣いた。
「泣くのもダメ。泣いていいのは……怪我させた人にちゃんと謝ったら――」
「あれ、でも、いま、おねえちゃん、謝っちゃダメって」
「あぁぁ、えっと、あたしには謝らなくていいってことで……とにかく! あたしは、ずっとこの街に居るから。もっとあたしを頼っていいんだよ」
「でも……あたしとおねえちゃんは違うし……」
「そんな風に……思ってたんだね……」
涙が、流れた。
「違うんだよ、マツリ」
「やっぱり、違うんだ」
「あぁ、いや、違う。違うってことが違うの」
「?」
「違わない。何も、変わらない。そう、劣ってなんかいない。ごめんね、あたしが悪いんだよね。こわかったから。追い抜かれたくなかったから。ごめん、ね」
まつりは黙り込んだ。
「許してなんて、そんなこと、言っちゃ、ダメだよね……。でも、許して。ごめん。こんなことになるまで、あたし、マツリのこと、嫌いだって、思ってた。うざいって。邪魔だって。こんなおねえちゃんで、ごめんね……」
「おねえちゃんは謝らなくていいって言ったけど……あたし、マナカに、謝らなくちゃ……」
「そうだね。ただ……言葉でいくら謝ったって、取り返せないよ」
「……うん」
「無闇に乱暴するのをやめるのが、一番の『ごめん』だからね」
「……うん」
「マツリは、この村に残るの?」
「え?」
「村の外に行く気はないの?」
「わからない」
マツリは首を振った。泣きながら。
サナはこの時、「マツリも一緒に連れていく」と父親に言おうと決意した。
「それじゃあ、おねえちゃん、行くから。ね」
「うん」
「お留守番、できるよね」
「うん」
「待ってて。迎えに来るから、ね?」
「うん」
そしてサナは、切られて流血する腕を押さえながら、マツリの部屋を出て行った。
もう、死んでしまおうなんて、考えられなくなっていた。
――おねえちゃんが、帰ってきてくれた。
それだけで。
しかし、その後、サナは何年経っても戻ることはなかった。
この翌日にはもう、街の外に連れ出されてしまったからだった……。
当然、マツリを連れて行くという話は両親に却下されていた。




