フェスタ_志夏-3
道行く人を片っ端からとっ捕まえて、コスプレをさせる。
そんな非人道的なコスプレの強制を繰り返し、街が様々なコスチュームに染まっていく。
ムキムキの不良Aくんは、さむらい。
中華店員ちゃんは、チャイナ服。
若山さんは、サラリーマン。
穂高華江という、おりえの母は、くのいち。
普段頭にタオル巻いてる男子寮のオッサンは、ねぎ。
イケメンの男子生徒Dくんは、新撰組。
線の細いフミーンは、女装。
ロケット狂いの方のムキムキは、ロケット。
その他色々エトセトラ。コスプレの強制は続いた。
そして、街はコスプレ集団の色に染まった。
「何だこの……異様な雰囲気……」
しかし、ある意味最高でもあるな。
ゲームのキャラや、アニメキャラのコスプレ等もチラホラ見える……。
いやもう、ね、俺はね、俺は別にそういう趣味ないけどさ、そういう人たちからしたら、最高なんじゃないかって思う。
いや、俺にはそういう趣味ないけど。
たまにはこういうのも、いいかもしんないけど。
と、その時、不意に志夏が言った。
「そろそろ……時間ね」
「時間? 何言ってんだ?」
「イベントの発生時間が不安定になってきたのは、私の不安定な行動のせいなのかな。となると、私が突飛な行動をとるのも、少しは何かの突破口の参考ぐらいにはなるのかもね」
「だから……何なんだ一体……」
まったくもって、わけわからないことを言っていた。
「すぐにわかるわ」
確かに……すぐにわかることになった……。
でも、わけがわからない。
何でそんなことになるのか……。
まるで、この街に来たことそのものが夢だったんじゃないかって思いたくなるほどに、それは、おかしくて、でも現実らしくて……。
とにかく俺は、ぼんやりと目の前で繰り広げられる光景を、眺めていた。
上空高く飛び上がった女の子と、飛んでくるミサイルの戦いを――。
☆
志夏は、上空高く飛び上がった。
はじめは、おや、スカート裏が見えやしないかと覗き込んだのだが、すぐにそんな余裕は無くなった。
ロケットのようなものが飛んできたからだ。湖の向こうから飛び上がり、はるか、はるか頭上から落ちてくる。
一瞬、誰かの悪ふざけ巨大ペットボトルロケットかと思ったんだ。そんなことがあるなんて、信じられやしなかったから。
俺はただ、唖然として空を眺めているしかなかった。
まばたきした、まぶたの向こう。色とりどりの風車の背中の奥で、志夏はミサイルに向かって指を差し、くるくると指先を回した。するとミサイルは、まるで志夏が指で操っているかのように飛ぶ方向を変えて、岩の裂け目がある崖の向こうの海に落ちた。
水柱が、上がった。
「もしや、敵の戦艦が居るとか、そういう頭のおかしな話か?」
俺はパニックになりかけている。他の皆も、慌てふためいている。中には本物のミサイルであるとは思わずに、志夏のデモンストレーションの一つだと思い込んで、アニメキャラになり切って格好よさげなセリフを吐いているコスプレボーイズ&ガールズも居たけれど、基本的には、唖然として見守っている形だ。
志夏は、今度は上空に手をかざし、後、振り回す。地上からは聞き取ることができないが、何かを叫びながら。
ウォータースパウト。海上の竜巻である。
志夏が、あんなものを呼び出したのだとしたら、もはや魔法の域だ。
ある時は、真面目な生徒会長。基本的には自称神さま、女子寮の寮長も兼ねているものの、実はウェイトレス姿の空飛ぶ魔法少女だったとでも言うのだろうか。
崖の高さを越える波しぶき、肩で息をする志夏。
どうやら何かと戦っていることを理解した俺は、強く強く、手を握り、彼女を心から応援する。
「志夏! がんばれ!」
がんばれ、とは、我ながら酷なことを言う。でも、俺の貧相な語彙では、その言葉以外に思い浮かばなかった。
遠くからでもわかるほど、苦しそうで、そして必死だった。
志夏は、空を見上げた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ。
渦巻く暗雲の中から、あれは、何て言えば良いのだろうな。隕石か。隕石が落ちて来ていた。
古めかしい鍵の形をした隕石。
志夏は、手をかざして何とかしようと思ったみたいだが、もう、どうにもならない様子だった。
俺は走った。
志夏の背中を、声で押してやりたかった。
「志夏! 志夏!」
何度も彼女の名を呼んで、その背中を追いかけた。
追いつけない背中だったら、よかったと思う。
でも、どんどんその背中は近付いてきた。
押し返せていないのだ。
湖につきあたり、木製の柵に手を置いて叫ぶ。
「志夏! がんばれ!」
本当に、本当に酷な言葉だと思う。既に、頑張っているのが明らかじゃないか。
肩で息して、空気を蹴飛ばして、歯をくいしばって。
俺の他にも、志夏を応援している人々が駆けて来ている。
志夏は、そんなことには気付かないほど意識を隕石に集中させている。
けれど。
でも。
だけど。
それでも。
志夏の体から力が抜けていく。
「おい志夏! がんばれよ! 神なんだろ!?」
そんな身勝手な言葉が、出てしまった。急いで口を塞いでも、言ってしまったことには変わりはない。
俺に、何かできることは無いのだろうか。
無いと思っているから、こんな言葉が出てしまったのだろうけど。
志夏は、一度巨大隕石から離れた。しかし、逃げたわけでも負けたわけでもなかった。
もう一度、空に手をかざす。
風が吹いた。
強い強い風。いつもとは反対方向に吹く風だ。
その風が、志夏の背中を押す。隕石を海の方へと押し返そうとしている。
「おい、みんな、高台へ――!」
そう大声を出したのは、上井草まつり。
「言うこと聞かなきゃぶっ殺す!」
物騒なことを言って、一人の不良を殴り飛ばした。
どうやら、その不良のようになりたくなければ、学校のある高台へ逃げろと言っているようだ。
人々は、群れをなして駆けて行く。
まつりは、飛ばした不良を拾ってから坂を駆け上がる。
志夏は、思い切り隕石を蹴飛ばした。
隕石は海に落ちた。
志夏は、俺のそばに、ゆっくりと降りてきた。
「志夏? 何とか、なったのか?」
「……こうなることは……最初から、わかっていたことだから……」
志夏は、微笑んでいた。
「ウェイトレスさんもダメ、か」
諦めたような表情で。
【フェスタ_志夏ルート おわり】