フェスタ_利奈っち-7
しばらくして……。
「本当にこんな所に、カオリの好きな人が居るの?」
「居るんだにゃん……」
誰かの声がした。
女の子っぽい声が二つ。
「でも、ここ、よく不良が入るっていう何だっけ、牢屋みたいなトコでしょ?」
「しっ! 危ないよ、マナちゃん。あんまり喋ってると、まつり姐さんに見つかっちゃう!」
どうやら、穂高緒里絵と浜中紗夜子のようだ。
「そうなの?」と紗夜子。
「そうなの!」とおりえ。
そして、その二つの小さな体は、俺の入っている檻の前に来て、見た感じかなり若く見える穂高緒里絵は――。
ぐにゅっ!
バナナを踏んだ音。
つるっ!
バナナで滑った音。
「はぅ!」
ぼてっ。
こけて尻餅ついた音。
「カオリ……」
なんつーか、お約束だな。
「いたいにゅー」
で、ここは俺の牢屋の前であって、バナナがそこにあるということは、
当然、男子生徒Dくんの檻も目の前にあるのだった。
「大丈夫っすか?」
檻の中から、落ち着いた声で語りかけたDくん。
するとおりえは……
「Dきゅん!?」
声を裏返して言った。
知り合いだろうか。
「あっ、あっ、あの……」
そして、おりえは言った。
「助けに来たにゃん!」
きーん、と反響するような大声で。
おいこら。そんな大声出したら、それこそまつりに見つかるんじゃないないのか……?
「カオリ。早くしないと、マツリがいつ来るかわかんないんでしょ」
「うみゅぅ、そうだったにゃん……マナちゃんの言うとおりにゃん」
「つーか、誰っすか?」
Dくんが訊くと、
「穂高緒里絵だにゃん」
「……何すか? オレに何か用っすか?」
「あたしと一緒に、逃げませんかぁ?」
「……え? 何すか?」
「スキです!」
「はい?」
「あや、あの、今がまつり姐さんの『隙』ですにゃん。だから、逃げるならチャンスっすにゃん!」
「いえ、そういうわけにはいかないっす」
「どぇっ? どうして!?」
「オレはここで罪を償うっす」
「あたし、ずっと見てた! Dくん何も悪いことしてない! なのに、何で大人しく独房に入ってるのよぅ!」
「いや、でも……」
「…………っぅ」
おりえは、涙を拭うような仕草を見せた。
「出てよぅ……」
涙声。
こっからじゃ背中しか見えないが、Dくんの反応から考えるに、泣いているのだろう。
「……あ、でも、どうやって逃げるっすか?」
「どうやってって……どうやるの? マナカぁ」
「いや……無理矢理連れて来たのカオリだよ。わたしは何も知らないけど……」
「はわわわっ、どうしよう! 助ける方法なんて考えてなかったよ!」
バカすぎるだろ、あの娘。
「そうっすか、それじゃあ……」Dくんは呟き、立ち上がると、「ちょっと、離れてくださいっす」
そう言って、檻に手をかけた。
「うむにゅん……」
「…………」
静かに檻から距離をとる二人。
Dくんは力を込める。
「むんっ!」
ぐにゃり。
金属製の檻が、ひしゃげた。
豪の者だな、おい……。
何というパワー……。
まつりといい、みどりといい、この街にはこんな力自慢ばかりが集まっているとでも言うのか……。
ためしに、俺も檻を何とかしようとしてみたが、やはりというか何と言うか、ビクともせず。俺ではパワーが足りないようだ。
「す、すごい! さすがDきゅん!」
「このまちでの修行の成果っすよ」
とすると、俺もしばらくこの町にいれば、あのくらいのパワーが身に着くのだろうか。ちょっと想像できないけども。
「さ、それじゃマツリに見つからないうちに急いで逃げるよ」紗夜子。
「うん!」おりえ。
「それなら、こっちに昔掘った抜け道があるっす! その道なら、上井草まつりとすれ違う危険もないっす!」
「そんなDくんが好き! 大好き!」
ドサクサで手を握りながら告白していた。
「そんな、大袈裟っす」
「それじゃ、急ごう」
紗夜子が言って、そして、三人、駆けて行った……。
目の前には、おりえに踏まれてグニョグニョにつぶれたバナナだけが残された……。
かわいそうなバナナ……。
そして、そしてかわいそうな俺……。
一人残された俺。
「俺には、俺を連れ出してくれる女の子も居ないのか……」
その問いに答えてくれる誰かも居なかった。
「あぁ、俺はどうなっちまうんだろうな……」
こんな街で、牢屋に入れられて……。
外は昼間。
天窓から明かりが入ってはくる。でも、何だか真っ暗な気分になった。この先、俺には未来がないみたいな。
思い出す、利奈の涙。
さっき、おりえも泣いてた。
「泣きたいのは俺だ」
こんちくしょう……。
と、その時――
「あぅー、ごめんってばぁ!」
「うるさい、悪いものは悪い!」
また女の子の声。
二人分。
「そこを何とか! 親友でしょ!」
「関係ないでしょうが!」
これは、宮島利奈と上井草まつりかな。
「やだぁ! 牢屋やだぁ! この悪趣味!」
「お前なぁ、あんだけ銃火器集めた人が言う言葉じゃないだろ! この武器マニアデビル!」
「そんな……希少で獰猛な南の島の肉食有袋類みたいに言わなくても……」
二人の姿が見えた。やっぱり利奈とまつりだ。
「って……何じゃこりゃぁああ!」
まつりは、先刻まで男子生徒Dが入っていた檻を見て叫んだ。
まぁそりゃそうだな。檻がひしゃげて、中身が出てどっか消えてたらな。脱獄だもんな。
「ど、どう、したの、まつり?」
「ふふふ、いい度胸じゃないのD。あたしに対する反逆とは、久々に骨のあるDをシメてやるわ」
まるで悪役みたいな、悪い笑いをしていた。
「達矢!」
不意に呼ばれ!
「はいっ!?」
姿勢を正して返事した!
「男子生徒Dは、どっちに逃げた?」
「あ、えっと……『まつりが知らない抜け道』がどうとか……」
「ふっ、あたしがその道を知らないとでも? 先回りして特別室に入れてやる」
特別室……?
そういうのがあるらしい……。
何だろうな。ワンランク上の独房、みたいなことか。
「そ、それじゃあ、わたしはこれでっ!」
言って、利奈は逃げようとしたが、
「まてぇい!」
「ひゃんっ!」
悲鳴。襟首をつかまれていた。
「あたしはDを追う。戻ってくるまで、ここに入ってろ!」
まつりは、俺の入っていた牢屋の鍵を素早く開け、格子のドアを開き、利奈っちを放り込んで来た。
「きゃあ」
どさっ。
目の前に、横たわる利奈っち……。
何て乱暴な……。
「仲良く反省してやがれ!」
そして扉はガシャンと乱暴に閉じられた。
「このあたしと鬼ごっこをしようとはね、ふっ、いかにもお祭りらしいけどね!」
まつりはそう言うと、楽しそうに駆けて行った……。
「……大丈夫か? 利奈っち」
「痛い」
まぁ、そりゃそうか……。
牢屋行きになって『大丈夫』って言える奴の方が稀だよな……。
「何があったんだ……何で利奈っちまで捕まったんだ……」
「えっと……」
「おっと達矢さん! それについては本子が説明します!」
幽霊が、でしゃばった。
「あ、ああ、頼む……」
「達矢さんがまつりさんに連行された後、ずっと利奈っちはオバケがこわくて泣いてました。そこに、まつりさんが戻ってきて言ったのです」
以下、本子ちゃんの回想である……。
☆
「うぇーん、オバケー」
「よく考えたら、利奈さ、銃刀法違反だったから逮捕な」
それでようやく利奈っちは正気に戻りました。
「え? ぅぇ? あぅあ? ちょ、まつり! いいっしょ!」
「いいわけあるか」
「だって、凶器振り回してるわけじゃないんだから!」
「ダメ。所持だけでダメ。凶器準備集合罪よっ」
「集合してないっしょ!」
「だってほら凶器が集合してたし」
「そういうことなのっ? その犯罪って!」
「口答えするなぁ!」
「くっ、こうなれば……」
利奈っちは銃型のスタンガンを構えたのですが、
「ていっ」
「はうっ」
ばちゃっ。そんな風に、あっさり叩き落されました。さらに髪の毛を乱暴につかまれて引っ張られてしまい、
「きゃぁあああ! いたい、いたたたたっ、まつり、いたいっ」
「来いっ、独房入りだ!」
「やめてぇっ、髪抜けちゃうぅうう!」
「うっさい、綺麗な髪しやがって!」
「うぇーん、まつりー」
「いや待てよ。独房は今いっぱいだな。牢屋だな、利奈は」
「ろ、牢屋ぁ!?」
「騒ぐな! 来い!」
「うぁーん」
☆
……以上、本子ちゃんの回想であった。
「その後、ひっぱられるようにして連れてこられたというわけです」
「一人じゃ勝てなかったぁ……」ずーん。
落ち込んでいた。
「いや、まぁ、話し相手ができてよかった」
「よくないわよ!」
すると本子さんが利奈の頭の上にちょこんと座り、
「どれ、それでは本子が怖い話でもして差し上げましょうか!」
「うぇーん、オバケこわいー」
「まだ何も言ってないんですけど……」
「泣かないでくれ……苦手なんだ、女の子の涙は」
「達矢さん、今の台詞、すごくキザっぽいですね!」
「やだぁ、キザこわいー」
「もはや何でもこわいんだな……」
「安心してください利奈っち! 本子がついてます!」
「オーバーケー!」
また泣いてた。
「まぁ失礼な! 本子は優しい幽霊ですよ! オバケだなんて心外!」
――やれやれ……楽しい奴らだな……。
そんなことを思いながら、俺は天窓を見つめた。
ぼんやりとした陽光が、明るかった。
【フェスタ_利奈ルート おわり】