フェスタ_利奈っち-5
理科室前に来た。
来たは良いが、沈黙が流れた。
そこにパスタ屋が無かったからだ。
しかし、看板だけがあった。
人の気配がなくて電気も消えている。
「やってないな……みどり」
「うん、やってないね……」
「まさか、もうつぶれたのかな」
「はやっ! だってまだ文化祭始まったばっかじゃないの」
「まぁ、とにかく、だ。営業してないんじゃ、どうしようもないよな」
「そうだね……」
「あ、じゃあさ、サハラ。わたしの展示見てく?」
「展示? そんなのやってるの?」
「そんなのとは何よ、そんなのとは!」
「あ、ごめん……。どういう感じの?」
そこで俺が説明しようとして、
「まぁ、一言で言えば……」
「――待って、達矢」
利奈に遮られた。
「……なんだよ利奈っち」
「能書きはいらない。見ればわかる」
無駄にカッコイイこと言いやがって……。
「まぁ……そうね。案内して」
「ゴーゴー!」
というわけで、展示をしている教室に来た。室内には、人がいっぱい。
「これは……予想外に繁盛しているな……」
案外人気のようだった。
「そりゃそうっしょ! 利奈っちプロデュースだし!」
「へぇ、結構すごいじゃないの」
と、そこへ――
「よう、利奈ぁ!」
男の低い声がした。声のした方を見ると、ムキムキの男の浅黒い肌の肉体が、そこにあった。さらに顔を見上げると、どこかで見たことあるような、会ったことないような……。
「うげっ、パパ……」
利奈のパパということらしい。
「この展示、利奈がやったんだそうじゃのう?」
「ぅ、あの……そうだけど……」
「大丈夫! はっはっは! ママにはナイショにしといてやるから」
「そ、それなら良いけど……」
俺は、隣に突っ立ってる笠原みどりに訊ねる。
「なぁ、みどり。利奈の母親ってのはアレか。厳しい系か?」
「まぁねぇ……あたしとかには優しいけど、利奈にはもうね、かなり」
「そうなのか……」
まぁ、色んな愛情の形があるからなぁ。
「何よりも、これっ! ワシのロケット! 最高じゃあ!」
宮島父は、何だか興奮していた。
と、その時だった。
何と、銀色の髪で青い目をした少女が、宮島父に接近した。
ムキムキ男と、異国の少女。身長差がものすごい。
何だこの組み合わせ……。
「このロケット、おじたんが作ったんですか?」
「いかにも」
「なかなかやりますね……」
「この良さがわかるとは、お嬢ちゃん、若いのにやるな」
「何だ、こいつら……」
「ねぇ、戸部くん。この銀髪の子、迷子じゃない? 保護者っぽい人いないし……」
周囲を見渡してみる……。
「ん、確かに……」
みどりは、少女と同じ目線になるようにしゃがみ込んで、
「お嬢ちゃん、どこから来たのかなー。お母さんはー?」
語りかけたが、
「おばたん誰?」
「なっ――!」
「ジャマしないで」
「かっ……かわいくない……」
見た目は可愛いのになあ。
銀髪少女は、ムキムキの太股の筋肉をペタペタ叩いて、
「おじたん」
「ん、おじたんってのぁ、ワシのことか」
「どれくらいロケット好き?」
「妻よりも好きだ」
おい、いいのか、それ。娘の前で。
「す、すごい……。おじたんなら、あたしのパートナーになれるかもしれない」
「!?」言葉にならない声をあげるほど驚愕する利奈っち。
「何と……困るぜ、娘の前で告られちまったわい……」
筋肉質の男が、頭をポリポリかきながら照れていた……。
「ていうか、妻よりロケットが好きって、すごいな……」
俺が呟くと、宮島父は大きな声で、
「じゃが安心しろ利奈ぁ! 娘よりは劣るぞ!」
「おい利奈。なんつーか、変な父だな……」
「ちょっと達矢、失礼じゃない?」
「いや、だって、なぁ?」
俺はみどりの方を向いて言ったが……。
なんか、不機嫌だった。
不機嫌すぎて全く可愛くない顔になってる。むくれてるとでも言えばいいだろうか。おそらく、さっきの「おばたん」発言が、効いたのだろう。
「どうしたんだ、みどり」優しく語り掛けてやる。
「あたしって、老けてる?」
「いや、まぁ……まつりとか利奈とかに比べれば、大人っぽい言動ではあるな」
容姿はむしろまつりや利奈っちより幼く見えるが。
「老けてなんて……そんなことないのにぃ!」
「そ、そうか……」
見た目は若いというよりも幼いくらいだから、老けてるとは思えないが、たぶん、何と声をかけても無駄だと思う。たとえばここで、「そんなことない、みどりは可愛いよ。老けてなんかいない」と言ったところで、「なぐさめてくれなくたっていいもん! わかってるもん!」みたいなことを言って、さらに自虐に走りそうな気がする。俺の勘がそう告げている。
さて、ロケット好きの筋肉と少女の会話に視点を戻そう。
「あたしは、アルファ。あたしと一緒に、世界を守りませんか?」
アルファはそう言って、宮島父を勧誘していた。
「ん……。それは魅力的だが……しかし、ワシにも仕事がある」
「仕事?」
「大工だ」
「あれは良い音楽ですね。合唱にするともう感動」アルファ。
「それは第九でしょ」すかさずみどりがツッコミを入れた。
「アイスクリームが食べたくなりました」アルファはそんなことを言った。
「何なの、この子」
たまに会話が繋がらないぞ……。
「ねぇ、達矢。パパなんて放っとこうよ」
「そうね。あたしを『おばたん』と呼んだ可愛くない少女なんて、迷子のまんまでも何でも良いわよ」
「そうだなぁ……」
どうするかと、少々悩んだ末、俺は意見を出す。
「放っておこうか。あんなムキムキと一緒なら、それなりに安全だろう」
「さっきから失礼じゃないかな、君は。他人の父親つかまえて……」
「褒め言葉だぞ。ムキムキ」
「何だ、そうなんだ」
納得するのか。
「で、どこに行く?」
俺の問いに答えたのは、みどり。
「そうねぇ、あたしのクラスでも、出し物やってるんだけど、そこに行かない?」
「いいね。そこ行こう」
「ゴーゴー!」
本子さんが先頭を歩いて、いや空中をフワフワ飛んで、三年二組の教室へと向かった。
三年二組の教室の前に立った。
「サハラ、ここって……」
「そうよマリナ。ここはオバケ屋敷」
そしたら、利奈っちは、自分に語りかけはじめて、
「だ、大丈夫。大丈夫よ、利奈っち。わたしには既に本子ちゃんという名の幽霊が取り憑いているじゃないの。だから大丈夫よ、大丈夫……」
なんとか勇気づけようとしていた。
「もしかして、利奈っちは、あれか。オバケとか苦手――」
「苦手じゃない!」
「えぇ?」びっくり顔の本子さん。「本子と出会った時なんて、五時間くらいずっと泣いてたじゃないですか」
「あぁ、まだ治ってなかったんだね、マリナのオバケ嫌い」と言ったのはみどり。
「あれはショックでした。本子は、人間に泣かれるのが一番心苦しい瞬間だと感じるのに」
「と、とにかく……ここは……」
「ほらほら、入った入った! 二名様ご案内~!」
利奈の背中を押したみどり。
「ちょっ! えっ、あ、いやぁああああ!」
そんな叫びと共に、俺はすごい力の利奈に腕を捕まれながら、チープなオバケ屋敷に足を踏み入れた。
「ごゆっくり~」
で、出てきた。
「うぁあああぁぁん、オバケー」
泣いてた。
「いや……そんなに泣く要素あったか……?」
ものすごいチープなつくりだったぞ。
「うぇええん」
子供みたいに泣いてる……。
「利奈っち、利奈っち。大丈夫、本子がいるから」
本子さんが、よしよしと頭をなでなでするが、
「本子ちゃんもオバケじゃーん!」
「ま、失礼な子。祟りますよ。せめて幽霊さんと言って欲しいわ」
「うあーん、変な幽霊ー」
どうしようもない感じになっていた。
おそらく、今まで封印されていた利奈っちの「オバケこわいスイッチ」がONに切り替わってしまったのだろう。
「まったく、やれやれだぜ……」
と、呟いたその時――
ダダダダダッダッ。
誰かが廊下を走る音が聴こえた。
俺は音のする方に振り返――
「おらぁ!」
右拳っ!?
ばこーん!
「はぐぁ!」
俺は殴られ、数回地を跳ねた後、宙を舞った。
ドサリと冷たい廊下に落ちる。
「うぐぐ……」
そんな声を漏らしながら、立ち上がる。
視界には、腕組をする上井草まつり。
「貴様を逮捕する!」
まつりは、大声でそう言った。
「何で! 突然何で!」
「利奈が、泣いてるだろうが!」
「うぇ……ひっく……」
確かに、泣いてるけど……。
「あたしの幼馴染を泣かして無事で済むとでも? さぁ、両腕を出せ!」
「いや、しかし……」
カチャリ。
「手錠っ!?」
問答無用で、俺の腕に枷がかけられた!
「さぁ利奈! 悪者は捕まえたぞ!」
「ありがとう……」
「ありがとうだと!?」
そこは否定する場面じゃないのか!
俺は何も悪いことしてないって!
むしろ悪いのはみどりだって!
「さぁ来い! 独房入りだ!」
「ゴーゴー!」と、本子ちゃん。
「ちょ、ちょっと、利奈っ! 助けてくれ」
「うぁーん、オバケー」
泣いてた。
「くっ……そんな余裕は無い、か……」
「おらぁ、来い!」
つかまった。
「…………」
何で、俺は捕まったんだろう。
ただただそれが疑問だった。