フェスタ_紗夜子-8
理科室のパスタ屋。
「やはー」
そんな挨拶を口にしながらの最初のお客さん。それは、笠原みどり。
「いらっしゃいませー」
俺は普通の制服に紗夜子がつくった名札をつけて接客する。
「あ、戸部くん。マナカ、いる?」
「あぁ、ちょっと待て」
そして俺は紗夜子を呼んだ。
「紗夜子ーーー! お客さんだぞーー!」
「はーい」
キッチンから返事して、メイド姿の紗夜子が出てきた。
キタ!
メイドきたぁ!
さすが紗夜子たん!
わかってらっしゃる!
「マ、マナカ……あんた、何て格好……」
「うげ、サハラ」
「パスタ屋やるなんて言うから来てみたけど、本当に食べられたものなの?」
「ご、ご注文は?」
「一番自信のあるパスタを出しなさいよ。食べてあげるから」
何で紗夜子に対しては上から目線なんだろう、この子……。
「は、はい!」
紗夜子は返事して一度キッチンに戻り、すぐにパスタを持って来た。
みどりの前にパスタが置かれる。
「いただきます」
ぱくっ。
「うまぁああああああ!」
叫んだ。
「ちょっと! 何でこんな美味しいのよ! マナカのくせに!」
「美味しかったかー。よかったー」
「信じらんない! あたしより料理上手なんて腹立つ~」
言いながら、またパスタを口に運んだ。
「あぁん、けど、おいしーっ」
ちょっと変な子だなと思った。
で、「やはー」って声がして、また一人、来た。
この子は確か、宮島利奈。
「マナカー。食べに来たよ」
「なんだマリナか」
「何よ。不満そうね」
「何にする?」
「っていうかさ……その格好……」
「何にいたしましょうかーご主人様ー」
「そんな趣味あったんだ、マナカ……」
「似合わないかな?」
「似合うけど……」
「ちょっと待ってて。今持ってくるっ」
そして紗夜子は、またキッチンへ消えた。
「マリナも来たのね」とみどり。
「はれ? サハラ? サハラも来てるんだ。でも……他にお客さんいないね」
その言葉に、笠原みどりは周囲を見回し、頷きながら、
「そうね」
「てことはやっぱマズいんだパスタ。うあー、来るんじゃなかったかなぁ……」
「さぁ、それはどうかしら」
そして、紗夜子がキッチンからパスタ皿を両手に抱えて戻ってきた。
「おまた」
利奈の前に、コトリと料理が置かれる。
「へぇ……見た目はまともそうじゃない」
そして利奈は、パスタを口に運んだ。
「……冗談じゃない」
おっと予想外な言葉が。口に合わなかったのか……?
あんなに美味いのに。
「何で料理までできんの!? 最低!」
「美味しい? マリナ」
「美味しいわよ!」
やっぱり美味いか……。
だよな。
「おかわり!」とみどり。
「はーい」
「おいおい紗夜子。違うだろ、そこは『かしこまりました、ご主人様☆』だろ」
しかし紗夜子は俺を無視してキッチンへと消えた……。
くぅ……ツンデレメイドというわけか!
どこまで俺のハートを鷲掴みスペシャルなんだ!
「ドキドキする……」
と俺が呟いた時、なんか、お客さん二人からすごい変なものを見る目を向けられたぞ……。
あれは変態を見る目だ。みどりさんも利奈っちも、軽蔑してる感じの視線だ。
メイドさんが好きなのがそんなにおかしいですか!
皆大好きでしょうが!
何なの一体!
で、紗夜子がみどりのパスタのおかわりを持ってきた時――。
ばたたたたたたっ!
ダダダダダダダッ!
廊下から激しい二人分の足音がした。
「はにゃーーーーん! たーすーけーてー!」
「待てこらぁあああああ!」
何か、ものすごい騒がしいな。
そして、
「マナちゃーーーん!」
「おりゃぁああああ!」
理科室に、女子が二人駆け込んできた。
片方は、どう見ても、あのムニャムニャ娘の穂高緒里絵。
もう一人は……たしか、上井草まつりとかいう名前だったか。
「何の騒ぎ? まつりちゃん……」みどり。
「Dくんを助けようとしただけなのー!」おりえ。
「あら、まつり。カオリも。久しぶり」利奈。
「おぉう、マリナー、元気ー?」おりえ。
「ところで、何でまつりに追われてるの? 場合によっては加勢するけど」
利奈は言って、立ち上がる。
「へぇ、いい度胸ね、利奈。それは風紀委員への挑戦? 図書館ひきこもり女のくせに」
「何ですってぇ! それこそわたしに対する侮辱じゃないのよぅ! 許せない!」
そして利奈は、スカートのポケットから銃のようなものを取り出した。
――って銃っ!?
「安心して、戸部くん! あれは銃の形をしたスタンガン! 本物じゃないわ!」
いやいやいやいや、何言ってんのみどりサン。スタンガンの時点で十分に物騒だから!
「あぁもう! わたしの店で騒がないでよぅ!」
紗夜子がそう言った時、上井草まつりは驚いて周囲を見回し、
「ぅえ……マ……マナ……カ……?」
浜中紗夜子の姿を見るや、体を硬直させて呟いた後、こう叫んだ。
「ここはどこっ!」
「理科室だろ。どう見ても」
俺が親切にもツッコミを入れてやると、おりえ、利奈、みどりの三人も続いた。
「理科室以外の何ものでもないにゃん」
「理科室よねぇ」
「うん、理科室」
すると、どうだろう。
「うあぁ……」
頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
何なんだ一体。
「ご………………ご。ごご……ご……ご、ごめん。ごめん……なさい……マナカ……」
今度は謝ってる……。
まつりは、紗夜子に何か負い目があるようだった。
「うわぁ、まつりちゃんが謝ってる……ごめんなんて言ってるのすっごい久しぶりに聞いたよ」
みどりは珍しがっている。
「普段は絶対に他人に頭を下げないのにね」
利奈は何故か不満そう。
「まぁ、無理もないけどね」みどり。
「だねっ」おりえが言って、へらへらしている。
紗夜子は、しゃがみこんでいるまつりを、ぼんやりした目で見ていた。
「…………」
なにやら色々あるらしい。
「マナカ……あの……えっと……あたし、何て言ったら良いんだろ……えっと……うぅ……」
歯切れ悪く言い淀むまつりに、紗夜子は、はっきりとした口調で、
「わたし、まつりに昔、ひどいことされたけど、まつりのこと許してあげても良いよ」
と言った。
「え……ほ、本当に……?」
「でも条件が二つあるよ。二つ」
「何? 何でもするよ。あたし、何でも……っ!」
「一つ目はね、これ、食べて」
そして紗夜子は、まつりの前の床にパスタを置いた。
「あっ、あれあたしのおかわりのやつなのに……」
フォークをくわえて不満そうにするみどり。
「サハラのもすぐに持っていくから」と紗夜子。
まつりは、トマトソースパスタを指差しながら、
「これ……お前が作ったのか?」
「そうだよ」
「毒とか入ってないよな?」
「パスタに毒とか入れたら、パスタに対する冒涜だよ。それはつまり、イタリアへの侮辱だよ」
「あ、ああ……そうなのか……」
「食べて」
そしてまつりは皿を持って立ち上がり、着席し、利奈からフォークを奪い取り、震えた手で持ったフォークでパスタを口に運んだ。
「うっめぇええええ!」
目を丸くしていた。
そして、あっという間に完食した。
口のまわりをトマトソースで赤くしながら。
「美味しかった! 今まで食べた中で一番!」
「良かったぁ。まずいとか言われたら絶対に一生許さないところだった」
「ってことは」とみどりが人差し指を立てて、「パスタを食べることと、そのパスタを美味しいって言うことが、まつりちゃんが許される条件だったってこと?」
「ううん、違うよ、サハラ」
みどりの問いに、首を振った紗夜子。
そしたら、まつりはは、おそるおそる、
「えっと……じゃあ、あと一つは、何?」
そう訊いた。
「――これ着て」
何と、紗夜子の手には、メイド服……。
「うぇっ!?」
「あれ、でもまつりは制服以外着ない主義なんじゃ……」
利奈が、みどりに訊いたところ、
「でも、マナカに許されたいって言うんならさ……」
「あ、そうか。制服着てるのって、マナカへの負い目からだもんね」と利奈っち。
「まつり姐さん! がんばるにゃん!」横から応援したのは、穂高緒里絵。
「なっ……え、えっと……」
「着るしかないよねっ!」みどり。
「は……はい……着ます……」
「じゃこっち来て。着せてあげる」
紗夜子の小さな手が、まつりの手を掴んだ。
「う、うん……」
そして二人、キッチンの方へ消えた。