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フェスタ_紗夜子-7

 理科室に戻ってしばらくが経ち、フェスティバル開始の時刻が来た。


「さぁて、たっちー。準備して」


「準備? 何だ紗夜子。準備って」


 本当に、何のことだろうか。


「フェスタ開始と一緒に開店するんだから、あれを、準備しないといけないでしょ。あれ」


「う……そうだった……」


 思い出した。


 俺は代わりに紗夜子の店を接客してくれる人を探すのを完全に怠っていた!


 このままでは、俺がメイドになって接客をすることになる!


 ていうか、本当にそれで良いのか、紗夜子は!


 それで客が来るとでも?


 ここは……逃げるしかない!


「――っ」


 俺はカーペットを蹴って脱兎のごとく逃げ出した。


 ガラッと扉を開けて廊下に出る。


「待てっ!」


 待たない。逃げる。


 しかし紗夜子は、とんでもなく足が速かった!


 廊下をいくらも走らないうちに、俺を右手で捕まえて引っぱった。俺はバランスを崩してよろめく。後、紗夜子は少し行き過ぎて、すぐにターン。スカートが少し、フワリと浮いた。そして、廊下を蹴って俺に向かってダッシュしてくる。


「おりゃーーー!」


 そして通り抜ける瞬間に、俺に左手の平手打ちを見舞った!


 ヴァッチカーーーーン!


 そんな激しい音が衝撃と共に響いた。


 そう、名付けるならば……、


『流鏑馬ビンタ』


 俺は竹とんぼのごとく高速回転しながら芸術的に吹っ飛んだ。


 そして、廊下に頭から落ち、しばらくギュルギュルとその場で頭を軸に回転した後、仰向けに倒れる。


 すげぇ痛い。頭とか擦れてたぶん髪とか大量に抜けた気がする。それどころか普通の人なら死んでるかもしれん。


「わたしから逃げようなんて、宇宙の意思がゆるさない!」


 右手で髪を押さえながら、紗夜子は言った。


「ほら、戻るよ」


 左手で俺の襟首を掴んで、ズルズルと理科室に強制連行された……。


 ぴしゃん!


 理科室の扉が強く閉まる。


「ご……ごめんなさい……もう逃げません……」


 謝った。


「さぁ、それじゃあ接客は任せたよ。これがメニュー一覧だから……」


 手渡されたメニュー表を見てみる。


「くぁっ!」


 俺はダメージを受け、思わず声をあげた。


 見慣れない英数字の羅列があったからだ。


「どうかした?」


「これ……何語?」


 読めなかった。


「え! イタリア語もわかんないの?」


「この国じゃ、わかる方が希少だろ……こんなの……。客の立場からしてもだな、せめて日本語も併記しておかないと安心できねぇぞ。ミートソースを頼んだつもりがボンゴレ的なものが出てきたらどうする。子供だったら泣くぞ!」


「あら、それは盲点だった」


「お前バカだろ」


 と、その時――!


 ガラッと理科室の扉が開いた。


 まさか、またあのムニャムニャ娘か!


 と思って振り返ると、見覚えのない二人の男子生徒と女子一人。


 誰だこいつら。


「へ? 誰?」


 紗夜子も知らないヤツらしい。


「本当に実在したんだな、理科室の幽霊!」


 いきなり何言ってんだ、こいつ。


「わ、可愛い。ねぇ、でもオバケって感じじゃないじゃん。可愛いから置物にしたいよ」

 フツーっぽい女の子は、うっとりした顔でそう言った。


「何だ、お前ら。紗夜子に何か用か?」


「あぁ、えっと、自分たち、クラスの出し物でオバケ屋敷やってんすけど、理科室の幽霊に主演してもらおうと思って」


 オバケ屋敷の主演って何だよ……。


 と、そこへ、


「ちょっと待ったぁ!」

 また別の女。巨乳女子の胸を揺らしながらの登場であった。こいつも誰だ。知らんぞ。


「何だお前は!」

 と、名もわからぬ男子生徒Fは言う。ライバルの出現に焦ったのだろうか。


「うちらもその子には目を付けてたのよ。昨日体育館でオブジェ製作してたときから!」


 何なんだ、こいつら。


 紗夜子は俺のうしろに隠れるようにして、おとなしくなっている……。可愛い。守りたい。


「だから、演劇部の劇に出てもらう! お姫様役!」と巨乳。


「お姫様……」紗夜子は一瞬興味を示したが、「ううん、ダメ。やらないよ。わたしはパスタを……」


 パスタ屋以外をやる気はないらしい。


 そこに、また新しいのが来た。


「待ちなさい。その子は私たちと一緒に美術部で芸術に情熱を燃やす運命よ!」


 今度は美術部らしい。


「待った待ったぁ! ここは違うっしょ。その子が最も力を発揮できるのは音楽! 彼女のギターは元気で美しい! バンドやろうぜ!」


 これは軽音楽部か。


「なんか、ものすごい大人気だな、お前……」


 俺は紗夜子に言った。


「あの……困るんだけど……」


「困る? 何でだ? 手伝えばいいじゃないか」


「「「そうよ、一日中とは言わないから!」」」女子たち。

「「そうさ、ちょっとだけでいいから!」」男子たち。


 しかし、紗夜子は首を縦に振らない。


「やだ。わたしはパスタ屋がやりたいから、だから……えっと、たっちー……助けて」


「助ける……ったって……別にとって食おうとしてるわけでもなさそうだぞ、こいつら」


「追い払ってくれたらメイド服着なくていいから」


 その言葉に俺は即答する!


「――お安い御用だ!」


 そして、紗夜子をスカウトしに来た連中に言うのだ。


 急に偉そうな態度になりながら。


「紗夜子は、忙しいんだ」


「そこを何とか!」


「無理っ」と紗夜子が小声で言う。俺は頷いて、


「ダメだダメだ。あんまりしつこくしてると、風紀委員や生徒会長に言いつけるぞ」


 権力をタテに取った。


 まぁ一応、俺も紗夜子もフェスティバル実行委員みたいな立場だからな。何と言うか、権力者にチクるくらいはできる。紗夜子の「パスタ屋」という夢を叶えてやるためには、使える立場は使うべきだ。


 あまり格好よくはないが、ともかく、俺のその言葉、こうかはばつぐんだった。


「うぐっ……風紀委員……だと」と男子の一人が言い、


「しかも生徒会の圧力まで使えると言うの……っ! 浜中紗夜子……恐ろしい子……」と演劇部。


「それじゃあ……仕方ないぜ……」お化け屋敷スカウトの男は言い、


「残念だけど、諦めるしかないっかー」バンド娘は肩を落とした。


 紗夜子をスカウトしに来た連中は、とぼとぼ帰って行った……。


 これで良かったんだろうか……。


「あんがと、たっちー」


 でもま、紗夜子が笑顔だから、良いと思う。


 役に立てて良かった。


 そして、メイド服着なくてよかった。


「ね、たっちー。メイドさんじゃないなら何が良いかな。この犬のきぐるみなんてオススメなんだけど……」


 紗夜子の手には、犬のきぐるみ。


「何でコスプレさせようとしてんの……」


「楽しいかなって」


「普通のにさせてください……」


「さよこ、がっかり」


 がっかりされた……。


 そんなタイミングで――。


『全校生徒の皆さん!』


 校内に放送が流れた。志夏の声だ。


『生徒会長の伊勢崎志夏です』


 俺も紗夜子も、その放送に耳を傾ける。視線はスピーカーに集めて。


『私が言いたいこと、言わなきゃいけないことは、ただ一つです。長々と口上を述べるつもりはありません』


『一日限りのお祭りだけど、楽しくいきましょう!』


 そして志夏は、


『ウィンドミルフェスティバルの開幕を、ここに宣言します!』


 開幕を告げた。


「よっし、たっちー。扉全開にして!」


「おう、任しとけ」


 俺は理科室の扉を全開にした。


 パスタ屋★はまなか。


 開店!




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