フェスタ_まつり-2
数十分後、俺は任務を放棄していた。
だってそうだろう?
あんな横暴な女の命令なんてマジメに守ってられっかよって感じだぜ。
きっと百人に訊ねたら九十九人はそう答えるに違いない。
とはいえ……俺は屋上に居て、たまに中庭を見下ろしてはいたのだが。
で、何度目かの地上の確認で、事件が起きているのを発見した。
何と、不良集団が二つ。にらみ合っているではないか!
「責任者出さんかいゴラァ」
そう言ったのは不良Dくんで、
「あぁ? 何だお前ら?」
好戦的に返したのが、男子生徒Dくんである。
同じDの名を持つもの同士、にらみ合っていた。
まずいなぁ。まつりに中庭を見張れと言われていたのに、事件が起こってしまったら、俺の責任が問われかねない。何せ、まつりの中で俺は、まつりの手下の風紀委員補佐になっているようだからな。あいつの言動から考えて、反論は許されないだろう。
だから、俺は、まつりに見つかる前に、不良同士のバトルを止めねばならない。
「はぁ……憂鬱だぜ……」
俺は屋上を後にして、階段を駆け下り、中庭へと向かった。
中庭に着くと、抗争が激化していた。五人くらい対五人くらいの争いになっていた。二グループが、にらみ合う形である。
「てめぇら! 誰に許可もらって商売しとんのじゃぁ! ここはAさんのシマやぞコラァ!」
リーゼント頭の不良Dくん。
不良Dの背後には、威圧感のある不良Aが、立っていた。
やべぇ、関わりたくねぇ……。
「何だぁ? こちとら風紀委員の許可もらってんだよオラァ!」
男子生徒Dは言って、汚い字で『許可します まつり☆』と書かれた色紙を見せつけた。
しかし不良どもには効果がなかった。
「こんな捏造くせぇもんを信用できっかよ! つーかよ、その前によ、上井草まつりの手下ってことは、俺たちの敵ダア!」
そう言って拳を突き上げたのは、金髪イケメン風の不良Bくんである。
「何ィ? やんのかオラァ!」
男子生徒Dくんサイドの不良の一人、Hくんが返す。ちなみに、男子生徒Dくんサイドの不良たちは、一様にしてチャラチャラした格好をしている。俺は最近のファッションに疎いからよくわからんが、流行に敏感で、格好良い感じである。金髪イケメン風の不良Bくんあたりは、こちらのグループに所属しても遜色ないのだが、BくんはAさんを尊敬……というより信仰しているっぽいので、Aさんから離れることは無いだろう。
不良Aグループの、五人の面々を一言で表すならば、不良Aは番長風。不良Bは、金髪イケメン風。不良Cはモヒカンの赤髪。不良Dがリーゼント暴走族風で、不良Eがメガネのインテリ風である。実にバラエティに富んでいる。興味深い。
「上等だオラァ!」
そんな言葉を吐いたのは、赤髪モヒカンの不良Cくん。
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」
「「「「しねェえええええええええええええええええええええ!」」」」
って、静観している場合ではないかもしれん。このままではケンカが始まってしまう!
そうなれば、俺の命の危機だ!
まつりの命令を守れないということは、それイコール死、みたいなもんだと推測されるからだ。
なんか理不尽だが、まつりは理屈でどうこうなる相手じゃないと俺の本能が告げている。
まつりと戦うよりも、この不良どもとバトルした方が勝ち目があるんじゃないかって気がするのだ。
だから、ここは、この戦いを止めねばならない!
俺自身の命を守るために!
「やめろおおおおおおおおおおッ!!」
俺は、全身全霊をもって叫んだ。この叫びで、寿命が縮んだんじゃないかって思えるくらいに、振り絞った。響き渡った。
そして、願いが通じたのか……不良どもは足を止めて俺に注目した。
「……む……何だ貴様は」不良A。
「てめぇは、さっき姐さんと一緒に居た……」男子生徒D。
それぞれの集団のリーダーっぽい二人が、俺を見ていた。
「ケンカ、ヨクナイ!」
俺は、カタコト外国人みたいな口調で言った。
「あァ!?」
これでもかってくらい、威圧してくる不良Aさん。
「ケンカ、カッコワルイ!」
「それでも男には、やらなきゃならねぇ時があるだろうが!」
格好良いセリフを吐いた男子生徒Dくん。
「冷静になるんだ! 今ここで争えば、上井草まつりが駆けつけて、全滅するのは目に見えているだろ?」
「ふん、そうは言うが、この握ってしまった拳を、どうすれば解くことができるのか。その方法がわからねぇ」
いや、このムキムキ、バカだろ。
簡単だろ。手から力抜けよ。Aさん。
「誰に何と言われようと、ここは引けないっす。オレたちは祭りに参加するんすよ」
男子生徒Dくんは頑固なようだった。
「あぁ……えっと……まぁ……何だ。あれだ」
と俺が言うと、両方の連中が威圧的に、
「「「何だよ、オラァ」」」
「「「言ってみろよコラァ」」」
「暴力以外での解決以外に、生きる術は無い」俺は冷静に返す。
「要するに……どういうことだ」
不良Aが威圧する。
「暴力以外でどうしろってんすか!」
男子生徒Dは叫ぶ。
「……モグラたたき……」
何故、俺はそんなことを言ったのだろうか。
自分で自分の発言が理解できなかった。
まるで、俺じゃない俺が俺を操って俺にこの言葉を言わせたかのようだった。
「そうだ。モグラたたきをするんだ」
「「「モグラたたきだぁ?」」」
十人くらい居る不良どもは皆して声を揃えた。
そう、モグラたたき。
次々に飛び出すモグラをハンマーでペコペコ叩いていく。
たまにゲームセンターとかにあったりする根強い人気を誇る遊びである。
「だが、もちろん、ただのモグラたたきではないぞ。改良を加えて進化したモノだ」
不良たちは首を傾げたが、言ってやる。
「その名も! 『人間モグラたたき』!」
不良どもがざわついた。
金髪のBくんが「……人間?」と呟く。
「そう。モグラ役を人間がやるのだ。それをピコピコハンマーで叩く。その人間モグラたたきをして、高得点を獲得した方が、中庭での営業権を得るという……」
あれ……。
何だこれ……。不良集団の反応がイマイチ。
ていうか、なんか怒ってないか……?
そして――
「「「バカにすんじゃねぇぞコラァア!」」」
「「「てめぇがモグラになれオラァアアア!」」」
不良どもが襲いかかってきたぁ!?
「ひぃいいい!」
俺は逃げた。
だって逃げるしかない。こわい。
ただでさえ不良が集うこの街で、さらに不良化している連中に勝てる気がしない!
何せ俺はプチ不良!
スキルは遅刻と無断欠席。
それくらいしかない!
まともにぶつかったら狩られるのは明白!
「たーすーけーてー!」
俺は逃げた。
ひたすらに。
しかし、捕らえられた!
襲い掛かるいくつものゴツい手たち。
まさにその時――
「コラァ!」
頭上から、上井草まつりの声が響いた。
「こ、この声は!」不良A。
「上井草!」男子生徒D。
「まつり!」再び不良A
頭上を見上げると、
ドン! とか、ババン!
とかいう音が合う感じに視界に登場した。
渡り廊下の屋根の上に立って、腕組みしてほの寂しい胸を張り、俺たちを見下ろしていた。
「風紀委員補佐を攻撃すること、それは、あたしに対する反逆! なので、キミら血祭り!」
まつりはビシッと指差してそう言うと、渡り廊下の屋根から飛び降り、不良どもを、あっという間にドサドサとなぎ倒した。
「うぐぐ……」
「あぐぅ……」
そこかしこで呻き声。
累々とした。
あっという間……。
二分もかからずに、十人ほどの不良どもは全滅した。
「大丈夫? 達矢」
「あ……すまん。ありがとう」
「ふっ、手下のピンチを救うのは当然のこと」
「おのれ……上井草まつり……」
倒れる体の大きな不良Aさんが悔しげに彼女の名を口にした。
「にしても達矢。大量の不良に追い掛け回されるなんて、何したの?」
「いや……ただ俺は、人間モグラたたきを提案しただけなんだが」
「人間モグラたたき……ですって?」
まつりは呟き、後、目を陽光に照らされた朝露のようにキラキラさせた。
「なにその、面白そうなイベント!」
「モグラたたきのモグラ役を、人間が努めるというものだ」
「やろう! それやろう!」
そしてまつりは、
「オラァ! てめぇら、いつまで寝てんだ、起きろコラァ!」
不良を蹴り起こした。
「うっ……」
「いたたた……」
「くっ……」
痛い部位を押さえながらも起き上がる不良ども。
どうやら上井草まつりという名の暴力には逆らえないらしい。
恐ろしいヤツがいたもんだぜ……。
「なあなあ達矢。用意するものは!?」目を輝かせる女。
「そうだな……ダンボールと、ピコピコハンマー……かな」
「……両方ともショッピングセンターで手に入るわね……」
まつりは呟き、
「きこえたな、キミたち! ダンボールとピコピコハンマーを手に入れて来なさい!」
不良に向かって命令した。
「はいぃ! わかりましたぁ!」不良D。
「お任せくださいっすぅ!」男子生徒D。
不良どもは全員、駆けて行った……。
「まつり……なんか、お前……すげぇな……」
「そう? フツーじゃない?」
普通じゃねぇよ。