フェスタ_共通
※フェスタ篇のすべての話は、誰の話でも、こちらからスタートです。
朝、険しい坂の道を登る。
ていうか、この坂険しすぎる。
何だこの坂は。
登っても登っても、学校に辿り着かない。
ちょうむかつく。
進む俺の両側をゆっくりと流れる景色は、草原と真っ白で質素な風車の柱ばかり。
いったい、どれほどの風車を追い越せば、あの白い建物にたどり着くのだろうか。
そろそろ俺の足も疲れてきた。
「あー、サボりてぇー……」
この坂を登らないと学校に辿り着けないなんて、なるほど、引っ越す前に居た学校のクラスメイトに同情されるわけだ。
この町は、街の外の人間からしてみたら、牢獄みたいなものなんだそうだ。
そこそこに開放感のある景色と、絶え間なく吹く強い風からは考えられないな。
俺のようなプチ不良を更生させるために、この険しい山に囲まれた町に強制転校させる制度が生まれ、その制度の網に見事に引っ掛かる形で俺はやって来た。
つまり、俺はプチ不良。
あくまでプチだが。
で、この町唯一の学校に飛ばされてきたわけだが、
着慣れない、真新しい制服に多少の違和感を覚える。
……さて、この町の話に戻ろう。
周囲を絶壁の山々に囲まれているが、一箇所だけ開けていて、その隙間から海からの強風が吹き入っている。地図で見ると、ちょうどアルファベットの「C」のような形に見える感じだ。
入ってきた風は山の斜面を駆け昇り、斜面に並木のように並べられた風車の羽根をくるくる回す。
反時計回りに。
風車は全て同じ方角に向いていて、常に一定方向に風が吹いているのだという。
つまり「C」の隙間部分からものすごい強風が入り、坂を登って山の向こうやら山の上へと吹き抜けていくわけだ。
風を受けて夜も休まず回転を続ける風車群から付いた俗称は、
『かざぐるまシティ』
だが、そんなことよりも今は、俺の背中を押してくれる追い風がうれしい。
アスファルトの足元を見た後に顔を上げると、俺が今日から通う学校が見えた。
と、その時だった!
「たっちゃん」
なんと知らない女から、声をかけられた。
しかもフレンドリーに。
無視するべきか、立ち止まるか考えた末、
「は?」
俺は立ち止まった。
「おはよう、たっちゃん」
「何だ、誰だ、この不審なメガネ女は……」
そんなタイミングで遅刻を告げるチャイムが鳴った。
「たっちゃん。また遅刻? 志夏は悲しいゾ☆」
「何だこの気持ち悪い言動の女は」
制服姿でメガネを掛けている……。
「どう? メガネ似合ってる? 刺激が欲しいと思って、掛けてみたんだけど」
何言ってんだ、こいつ……。
ていうか、まじで誰だ?
全力で首を傾げたいぞ。
「あの……誰……っすか?」
すると目の前の女は言うのだ。
「繰り返しの中で、あなたの行動は固着している。何かを大きく変えなければ、道が大きく変わらない。停滞をかき回す風が、必要よね」
やれやれ、頭のおかしな女にカラまれてしまったようだ。
おそるべし、かざぐるまシティ。
「ループしてるのよ。世界は」
「はぁ?」
何なんだこのイミわからん会話は。
「問題は、行動が無意識的に固定されていること。少し風を起こして、それを少し変えることができても、達矢くんの思考は一定じゃないから、もう参っちゃうのよ。この世界の影響を受けないっていうのかな……」
「あの……俺にわかる言語で会話してくれ……。ていうか、何故俺の名前を知っている?」
その上、小学生時代のあだ名まで。
「やだなぁ、たっちゃん。忘れちゃったの?」
「え……えっと……」
誰だ。
昔、会ったことがあるのか……?
小学校か……?
それとも中学……?
高校じゃないよなぁ。
ううむ、思い出せない。
「たっちゃんは、野球部で生き別れの双子が事故の……」
「いや、嘘だろ。俺野球部じゃねえし双子いねぇよ」
「たっちゃん……志夏を甲子園に――」
「みなまで言うな。無理だ。ていうか、誰のつもりだこの野郎」
「とにかく、一緒に来て!」
「え? いや、えっと、どこに?」
「とにかく来ないと、痛い目に遭わすぞっ☆」
志夏と名乗る謎の女は、いきなり俺の腕をがっちり掴むと、風車並木の坂道を駆け上った。
その先にあるのは、学校。
「学校に……向かってるのか?」
「当り前でしょ。私もたっちゃんも、あの学校の生徒なんだから」
まぁ、そうだが……。
でも何なんだ一体……。
俺は、腕をしっかりとつかまれたまま、生徒会室へと連行された。
何故、生徒会室?
まさか、説教されるわけじゃないだろうな。
「さ、入って」
背中を押されて、中に入る。
「なぁ、志夏……って、何者だ?」
「生徒会長。伊勢崎志夏」
「うお、生徒会長……だと……」
「そう。ヒトラーやトージョーも真っ青の孤高の独裁者! それが私っ!!」
「生徒会長って、本来そういうもんじゃねぇだろ……全校生徒の意見を反映してだな……」
「ふっふっふ、民衆なんて関係アリマセン。どれだけ生徒会が悪どいことをしようとも、この学校には抑止力となる組織がないの。たとえあったとしても、それも内部工作で乗っとっちゃうゾ」
悪どいな、そりゃ。悪どさの極みだ。
「とは言ってもね、裏で何をしていようとも、生徒に損をさせているわけではないどころか、平和の象徴として尊敬されているので、文句は受け付けないわ。そして私は、同時に、色んなクラスの級長をしています。たっちゃんが転入する三年二組の他では、一年三組、二年のB組とC組でも級長だったりして」
「掛け持ちしすぎだろっ! ていうか、そんなに多くのクラスに所属できるのか……? あと何で二年のクラスだけアルファベットなんだ」
「そして、他のクラスの級長たちも、皆、私が育てたスパイまがいの人々だと思ってくれて差し支えないし」
俺の質問はスルーかよ!
「……ちょっと、頭がアレな子なのだろうか……」
「学校征服状態維持のためには、そういうものが必要なのよ。秩序と平和を保つためにも」
「何言ってんだかサッパリだ。まぁいいか……ところで……何の用なんだ。転校してきたばかりの俺に」
「文化祭を、しようと思うの」
「は?」
脈絡のないことを言ってきた。
「文化祭」
念を押すようにもう一度言ってきた。
「まだ春って感じじゃねぇか。文化祭っていうと、秋とかのイメージがあるけどなぁ」
「そんなのたっちゃんの勝手なイメージでしょ。この学校では、私が文化祭と言えば、世界の人々の祝日であっても安息日であっても、文化祭になるのよ。そんな強権、滅多に発動しないけどね」
「そうっすか……」
「狂犬が居るからね」
「はぁ……」
狂犬みたいなヤツが居るってことかな。
「あらやだ私ったら、ダジャレなんて言っちゃった☆ キャッ☆」
何この心底変な子……。
「と、いうことで……明日! 最初で最後の文化祭計画! その名も……」
「その名も……?」
「――ウィンドミルフェスティバル!」
そんな、ビシっと指を差されても、何から何までわけがわかんねぇぞ。しかも明日とか、いきなり過ぎるだろ。何で転校してきた初日だというのに、こんなわけのわからん展開に巻き込まれねばならないんだ。
「というわけで……」志夏はにこやかに笑って、「皆ぁー、入ってきてー」
大きめの声を出し、生徒会室の外に向かって誰かを呼んだ。
引き戸がガラッと開いて、ゾロゾロと制服姿の人々が入ってきた。
その数……えっと……八人。
女子が多かった。
「さぁ、これで文化祭実行委員が揃ったわね!」
「志夏ー。ウチのメガネー」
「あっ、ごめん。ありがとね」
志夏は言いながら、彼女に掛けていたメガネを渡した。関西弁の女の子は、メガネをかけながら、列に戻っていく。
そして、
「さて、たっちゃん。知ってると思うけど、こちら、他の実行委員」
「知ってると思う……だと? 全く知らないぞ、こんな連中。転校初日の人間に何を言っとるんだ」
「それじゃ、自己紹介、しましょうか」
「はぁ……」
「まずは、たっちゃんから時計回りに! どうぞ」
いきなり自己紹介を強要されたぞ。
「はぁ……戸部達矢です」
名乗った。
すると、俺からみて左側から自己紹介がはじまった。
「紅野明日香です」
ウインクしながら。
「上井草まつりよ」
腕組みして、ほの寂しい胸を張りながら。
「あ、か、笠原みどりです……」
何故かおどおどしながら。
「風間史紘です」
おお、男子だ。微笑んでいる。
「宮島利奈でありまーす」
何故か敬礼してきた。
「浜中紗夜子」
細い右手を、ぺったんこな胸に当てながら。
「穂高緒里絵にゃん」
猫っぽいポーズをしながら。
「大場崎蘭子です!」
メガネっこが、アイドル歌手っぽい可愛らしいポーズをキメながら。
そんな八人……。
「そして私が、伊勢崎志夏」
右隣に居る志夏が言って、自己紹介は終了した……。
「で……何なの?」と俺は言う。
「だから、明日の文化祭を成功させるために頑張りましょう!」
こうして……総勢十人の文化祭実行委員会は結成されたらしい……。
「さぁ、それじゃあ皆! 準備にかかって!」
生徒会長が言うと、それぞれ返事をした八人は生徒会室を飛び出して行った。
残されたのは、俺と志夏。
「で……俺は何をすれば良いんだ?」
「何でもいいわよ。とにかく、何かしなさい。お祭りっぽいことを」
「『何でもいい』が一番困るんだよな」
「じゃあ、誰かの仕事を手伝うのが良いんじゃないかしら」
「誰か……というと……」
「上井草さん、笠原さん、紅野さん、風間くん、宮島さん、浜中さん、穂高さん、大場崎さん、あるいはその他」
そんなに選択肢を与えられてもなぁ……。
「さぁ、誰を手伝うの? たっちゃん!」
そうだなぁ。どうしようか……。
選択肢は九つ。
見るからに暴力的な上井草まつり。
しっかりしてそうな笠原みどり。
少し性格に難がありそうな紅野明日香。
たぶん唯一の男子であろう風間史紘。
図書委員の腕章をつけた宮島利奈。
小さくて痩せていて左利きの浜中紗夜子。
見るからにロリな穂高緒里絵。
そして、メガネをかけた謎の美少女である大場崎蘭子。
上記八人のうち、誰も手伝わないという選択も、できなくはなさそうだけども。
「ほら、早く言いなさいよ。さあ、誰を手伝うの? たっちゃん!」
俺は――。
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