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RUNの章_選挙当日-2

 体育館に到着した。


「それじゃ、達矢くん。上井草さんが来るまでの間、よろしくね」


「お、おう……」


 志夏は軽く手を振ると、颯爽と去っていった。


 俺たちを舞台袖に置いて。


 何だか緊張してきたぞ。


「ウチもカゲから応援しとるよ」


「RUNちゃんが、僕を応援っ! フォゥウウ!」


 大丈夫か、こいつ……。


「まぁ、とにかく……何か知らんが、舞台中央に都合よくマイクスタンドが置いてあるし、漫才でもやるか?」


「そうですねぇ……やっぱり、僕がツッコミですか?」


「そうだな。フミーンがツッコミで――」


「あえて逆の方がええんちゃう?」とランちゃん。


「そうですね。RUNちゃんがそう言うなら、僕がボケやります」


「えっ……ちょっ、ちょっと待て。俺のツッコミスキルは……」


 言い掛けたその時、体育館内に放送が流れた。


『只今より『たっちゃん&フミーン』による、超面白い爆笑必至の前座が始まります。皆様、舞台上にご注目下さい』


「おいいいいいい!」


 ハードルググイッと上昇したっ!


 何故ハードルを上げた!


 困るじゃねぇか!


 この芸人殺し!


 いや、まぁ……芸人じゃねぇけど……。


「達矢さん。とりあえず、舞台上に出ますよ」


「え? ちょっ、心の準備が!」


「RUNちゃんが応援してくれているんです! 不可能はありません!」


 やべぇよ。こいつ、なんかやべぇよ!


 宗教がかってるよ!


「しかし……やるしかないか……」


 俺とフミーンは小走りで舞台中央に向かい、マイクの前に並んで立った。


 目の前には、ランちゃんとまつりの対決を目当てにやって来た床に座った全校生徒の姿。


 一瞬ざわついたが、静まり返った。


 妙に緊張するが、いつまでも黙り込んではいられない。


 学校中の平和が掛かっているのだ。


 ええい、こうなれば覚悟を決めろ。


 ぶっつけ本番こそ、真価が試される時!


 そして、人生初の漫才が、始まった……。


「はい、こんにちはー。たっちゃんでーす」


「フミーンでーす」


「二人合わせて……」


「「たっちゃん&フミーンでーす」」

 相変わらず、静かだった。


「はい、というわけでね、『誰だお前ら』という視線を痛いくらいに集めてるわけですが……」


「ですね」


「えっと、フミーン。何か、無いかな」


「何がですか」


「いや、ほら、面白い話とか」


「その引き出し方で面白い話が出るわけないじゃないですか」


「そりゃそうだが、何か面白いこと言わないと、誰も俺たちを認めてくれない!」


「じゃあ、そうですね。漫才っぽいことを、しましょうか」


 っぽいも何も、これは漫才ということになってるんだ。志夏のせいで。


「漫才っぽいこと? おお、じゃ、それでいこう、どうするんだ、フミーン」


「あの、実は、僕は昔、イジメられてたんですよね」


「今でもだろ」


 ぺしっ。


 手の甲で突っ込みを入れた。


「うぐっ……心臓がぁああ!」


「え? まさか、お前、心臓悪かったのか!?」


 まずい!


 こいつ、入院してたよな。


 心臓に疾患があって入院してたのだとしたら、俺はとんでもなく危険なことを!


「だ、大丈夫か!」


 本気で心配したのだが、


「なんちゃって」


 言いながら立ち上がった。


 こいつっ……。


 いや、文句を言うのは後だ。


「なんちゃってじゃねぇだろうが」


「それでですね、そのイジメというのは」


「――平然と話を進めるなっ」


「うるさいですね。話をさせて下さいよ!」


「うるさいじゃねぇんだよ! 本気で心配しそうになっただろうが!」


「僕だって! RUNちゃんにイイトコ見せたいわけですよ!」


「そ、そうすか……」


「何でそこで引くんですか! これからお互いにわけわからずキレ合ってテンション上げてくっていうキレ芸にシフトしようとしたのに!」


「そ、そうだったのか!」


「付き合い長いのに、何でこんなにすれ違い曲線なんですか!」


「いや、そんなに付き合い長くないだろ。出会って一週間くらいだ」


「蝉にはそのくらいあれば十分なわけですよ!」


「お前、蝉なのかよ……」


「セミ・プロです」


「何の」


「イジメられることにかけてです」


「イジメられるプロとかあるのか」


「ある国の人々は、先の戦争で負けてから皆、イジメられることにかけてはプロです」


「じゃあ、セミ・プロのお前は何なんだ」


「僕は、その国の血を引いたクォーターですから」


「え? そうだったの?」


 微妙に驚きだぜ。


「クレーターですから」


「意味わかんねぇだろ」


 俺はフミーンの頭をポスっと叩いた。


「はぐぁあああああああ! 頭がぁああ! 割れるぅううううう!」


 まずい!


 こいつ、入院してたよな。


 脳に疾患があって入院してたのだとしたら、俺はとんでもなく危険なことを!


「だ、大丈夫か!」


 本気で心配したのだが、


「なんちゃって」


 言いながら、立ち上がった。


 こいつっ……。


 一度ならず二度までも……。


 いや、まぁ、いい。文句を言うのは後だ。


「なんちゃってじゃねぇだろうが」


「それでですね、イジメの件なんですけど」


「また平然と進めようとする……」


「僕が最初に受けたイジメはですね、幼稚園の頃にまで遡ります」


「そりゃ随分昔だな……」


「その時に受けたイジメの名前……その名も……」


「その名も……?」


「――牢屋ごっこ!」


「思いっきりひどいイメージしか湧かないんだが」


「いえ、これは、案外面白いイジメなんですよ」


「どんなんだ? 面白いイジメって……」


「まず、机の下に入れと言われます」


「それで?」


「喜んで入ります」


「喜ぶんかい!」


「そりゃまぁ」


「それで?」


「すると、三人の足が、三方向から襲ってきます。蹴られます」


「それのどこが面白いんだ……? 痛いじゃないか、蹴られたら……」


「いえ、別に痛くはないんです。ちょっと汚れた上履きで撫でるように蹴られるだけですから」


「いや……そこに面白さを感じるようだと、俺はお前をドMの変態さんだと言わざるを得ないが」


「ドMなわけないじゃないですか!」


「お……おう……まぁ……そう言うなら……」


 すごい迫力で否定してきたぞ……。


 どう考えてもドMだろうが。


「まぁ、そんなイジメの話はどうでも良いとしてですね……」


「――ちょっと待て! じゃあ今までの話は何だったんだ!」


「準備体操です」


「あぁ……」


「ウォーミングアップです」


「いや、言い直さなくても通じてる」


「本番は、これからです」


「そうですか」


「えー、というわけで、前座第一部はこの辺で終わりにしまして、これから五分ほど休憩を挟んで、前座第二部の方に、えー移りたいと思います」


 休憩か。


 助かる。


 正直、このシンとした空気の中で喋り続けるのはツライと思っていた!


「はい。そうですね、フミーンの言う通り。皆さんも休みたいでしょうからね」


「それでは、たっちゃん。一発ギャグでシメて下さい」


 ちょっ……無茶ぶりすんな!


「おい……」


「はい、どうぞ!」


 じゃ、じゃあ……。


「エビの真似!」


 俺は、舞台上に寝転がり、体を激しく丸めたり反らしたりしてみた。


 体育館は、ずっと静まり返っている。


 こんなに大勢の人間が居るのに。


 盛大にスベッているのである。物理的にもスベっているのはもちろんのこと、笑いとしてのスベり方はかつて見たことのないレベルだ。限りなくシーンとしている。


「エビィー! エビィー!」


 静寂。


「エビィ! オー、エイビィ!」


 聴覚失ったんじゃないかって錯覚するほど静かだ。


「どうも、ありがとうございましたー。それでは、また後ほどー」


 フミーンが言って、舞台袖へと歩いていく。


 俺は、それを追って、エビ反りを繰り返しながらミミズのように移動して、袖へと向かう!


 観客から見えない場所へ急いだ。


 立ち上がると、四人の女の子の姿があった。


「ふぅ。爆笑の舞台だったな」


 俺は立ち上がって、体についた埃をはらいながら言った。


「最悪やったな」


 ランちゃん的には最悪だったらしい。


「達矢さんのせいですよ」


 フミーン的には俺のせいらしい。


「たっちー、なんか、見損なった」


 (うるわ)しの紗夜子たんに見損なわれた。


「見事に盛り下げてくれたわね」


 生徒会長の見解だと盛り下がっていたらしい。


「エビィ! エビィ! あっははは」


 にゃんにゃん娘には、今頃になって、時間差でなんかウケてる。


 いつの間にか、おりえと志夏と紗夜子も戻ってきていたというわけだ。


「おりえ……とか言ったか?」


「たつにゃん、面白かったよー」


「そうか。笑いのセンスがあるのはお前だけとうことだな。はっはっは」


 しかし、大場蘭はこう言った。


「あんなん、子供だましやん」


「くっ……関西弁で本場ぶりやがって……」


「大阪ならな、小学生でももっとマシに喋るわ」


「お前に大阪の何がわかる! 大阪生まれでもないくせに!」


「まぁ……確かにそうやけど……」


 すると風間史紘が、


「あれ、よく知ってますね。RUNちゃんが大阪出身じゃないってこと。ファンの間でも結構勘違いしてる人が居るんですよ」


「あぁ、いや、何となくな。大阪っぽいオーラを感じなかった」


「オーラとか……みどりさんみたいなこと言って……」と穂高緒里絵。


「でも、大阪じゃないなら、どこ出身なんだ? 俺の乏しい知識だと、大阪以外は関西弁を喋らないというイメージがあるんだが」


「それはないわー。関西圏は広いんよ?」


「そうなのか」


「達矢さん。そんなことよりも、無理矢理休憩にした五分の間にネタを練りましょう。さすがにぶっつけ本番は無理がありました」


「あぁ、確かに。でも、どうすれば良いのかわからんぞ、マジで。まつりが早く来てくれることを願うばかりだ」


「そうですね……」


「思うんだが、ボケとツッコミが逆だったら、まだマシだったんじゃないか? 入れ替えたら笑い声が聞けるかもしれんぞ」


「なるほど、一理あるかもしれません。さすがに達矢さんのツッコミはちょっと……」


「何だと?」


 おいおい違うだろ、フミーンのボケがぼやけてたんじゃねえかこの野郎と、俺がちょっと頭にきちゃったその時である。


 体育館に集まった生徒たちのざわつく声がして、チラッと体育館後方の扉の方へ目を向けると、体育館の扉がゴゴゴゴゴと開いていた。


「な、何だ……?」


「あっ! あれはっ!」


 まばゆい後光を背に、三つのシルエット。


 一人の膝をつく女と、その両脇に立つ女。


「まつり姐さん! 利奈っち! みどりさん!」


 おりえが叫んだ。


 服をボロボロすすまみれにしながら、三人がやって来たのだ。


 上井草まつりが地面に膝をつき、両手を後ろ手で縛られて、ぐったりしていた。その両側に立つ利奈とみどり。


 正直に言って良いだろうか。


 異常な光景だろ、これ。


「どないしたんや、あれ」


 そしたら、その姿を見ただけで、おりえには何が起きたのか理解できたようだ。


「まつり姐さんがひきこもってる部屋の外からマリナっちがハンマーで壁をぶち壊して侵入して、取っ組み合い……激しい戦闘の末に階段を転げ落ちたまつり姐さんは、階段の下で待ち受けていたみどりさんにスタンガンの一撃をもらって気絶しそうになるも何とかこらえて、みどりさんを引き倒し、ひきずったけど、後ろからマリナにスタンガンの出力を上げた二撃目を見舞われついに力尽きた。そして、後ろ手に両手をキツくロープで縛られ、二人がかりでここまで運ばれてきたのだにゃん!」


「説明ごくろうさま」紗夜子がおりえを労った。


「ありがとう。ええ説明や」とRUN。


「なんつーか壮絶な戦いがあったんだな……」


 利奈は、まつりを引っ張って体育館内に引きずって入れる。そしてみどりが扉を閉めて、利奈が頭の方を持ち、みどりが足の方をもって運んできた。


「おまたせ」とみどり。


「いやぁ、何とか連れて来れたよ……」と利奈っち。


「思ったより早かったわね。今、達矢くんが舞台で醜態を晒してたところなの」


 志夏がチクりやがった。


「醜態?」

 みどりが顔をしかめた。


 そしてフミーンが、まるで他人事のように俺を指差し、


「スベってました」


「「うわ、最低」」

 うぇい、利奈っちとみどりの二人に最低って言われた。ショック。


「とにかく、もう時間が無いわ。このまま上井草さんを舞台に放り出すわよ」


 志夏が言って、みどりが頷く。


 ええっ。気絶して手縛られたまま舞台に?


「それじゃあ、放送流すから、『どうぞ舞台へ』って言ったら、上井草さんを舞台に運んでね」


「ん、わかった」


「それじゃあ、また後で」


 まつりちゃん被害者の会は、それぞれ返事した。


 で、志夏がどこかへ去って数秒して、


『全校生徒の皆様、お待たせしました』


 志夏の声で放送がかかった。


 ざわつく体育館内。


『これより、生徒会副会長選挙を始めたいと思います。各候補者は、投票の前に、最後のスピーチをお願いします。それでは、上井草まつりさん。どうぞ舞台へ』


「いくよ、マリナ」


「うん」


 そして、二人は、舞台に上井草まつりの体をひきずり、運んで座らせると、みどりは……まつりの頬を思いっきり引っ叩いた。


 パッシーン。


 乾いた音が響き、後、まつりが倒れこみ、その衝撃でまつりは意識を取り戻したようだ。


「……う……んん……」


 そんなまつりの声がして、目を開いた。


 みどりと利奈は急いで壇上から去る。


 そして、


「!?」


 まつりは周囲の風景を見てビックリしていた。


「な、何だこれ? 夢?」


 上半身だけ起き上がり、キョロキョロしていた。


「ふははは、夢ではないぞ上井草まつりィ!」と不良Aが巨体を揺らして笑う。


「あっ、そうか。マリナとみどりか……」


 観客の中から大声を出した不良を無視して、呟きながら、両腕をきつく縛ってあったロープをその怪力をもってブチっと引きちぎると、舞台袖にいた俺たちをキッとにらみつけた。


 すると、


「まつり様っ、選挙スピーチしてくださいっ」


 フミーン以外は皆、震え上がったのだが、フミーンはそれにビビることなく、短い言葉とジェスチャーだけで状況を伝えてみせた。さすが俺より長く風紀委員補佐を務めているだけのことはある。補佐力が違う。


「ていうか、やばっ、あたし、パジャマのままじゃん! やだ、恥ずかしい」


 まつりは、似合わないことに恥ずかしがって両肩を抱くという姿勢を見せた。


「ていうか、パジャマって……制服じゃねぇか……」


「まつりちゃんは、制服以外着ないからね。何でかわかんないけど」


「わたしのせい……?」


 と紗夜子が訊ね、


「うーん、まぁ、どうなのかな。そういうわけじゃ……ないと思うけど、わからないわね」


 煮え切らない感じでみどりが答えた。


「あ、えー、えっと……」まつりは戸惑いながら声を出した後、「なに見てんだよ、てめぇら!」


 全校生徒に突然ケンカを売った。


 フミーンは慌てて、


「何してるんですか、まつり様。そんなこと言ったら、誰もまつり様に票を入れないですよ!」


「……何であたし、ここに立ってるんだろ……」


「ほほう、哲学的だな」

 また観客の中から、最もでかい不良Aが言った。


「てめぇ、ぶっ殺すぞ」


 殺伐としすぎだろ。


 さらに、不良ども、いや、もはや不良と呼んではいけないか。もうRUNちゃん親衛隊だったか。とにかくそいつらはまるで上井草まつりを(あお)るように会話をする。


「つーか、Aさん。RUNちゃんのステージまだっすかね」

「今、上井草が前座第二部やってっから、もうすぐだろう」

「RUNちゃん楽しみィーー! 前座はやく終われぇーー!」


 巨体の親衛隊リーダーとモヒカンと金髪がさっさと引っ込めと騒ぎ出している。


 まつりは前座扱いが不服らしく、


「前座だぁ?」


 と言って、鋭い視線を向ける。


「まつり様、落ち着いてっ」


 フミーンがなだめた。


 それが耳に届いたらしく、顔をしかめながらも大きく息を吸い、


「てめぇら、あたしに票入れないとぶっ殺すぞ! 以上!」


 言って、舞台上を足の裏で強く蹴ると、俺たちの方に猛ダッシュしてきた。


「――まずい。逃げるよ」


「うん!」「うむにゅん!」「うん!」

 みどりたち四人は走って逃げていく。


 利奈を先頭にして、みどり、おりえ、紗夜子が続く。


 そして、上井草まつりは俺の方に猪突猛進してきて、


「え? なっ――」


「どけぇえええ!」


「ひぃ……」


 どごーーーーーん!


「ぐあぁあ!」


 俺はまつりに()ね飛ばされて宙を舞い、背中を床に強打した。


 仰向けに倒れる。


「だ、大丈夫?」


「平気ですか?」


 ランちゃんとフミーンが心配してくれた。


 そこで、俺はひとつ笑わせてやろうと、こう言った。


「平気というか、まるで兵器だったな……」


 すさまじい突貫力だ。


「……くっだらんな」


 すみません。ダジャレばっかですみません。


「あと、この間、達矢が彼女に卑怯なことされて負けたいうんも、嘘やろ?」


 何故か、ばれた。


「はい、嘘でした……すみません……」


「しょうもない嘘はつかん方が、ええよ」


「はい、肝に銘じておきます……」


 そんな会話をしている中、


「まてぇええええ!」


 まつりは、そのままみどりたちを追いかけて行ってしまった。


 体育館に残されたのは、俺とフミーンと大場蘭。そして生徒会副会長を選出するための投票をしてくれる全校生徒。


 まつりのスピーチ……と言っていいのかどうかわからんが、とにかく彼女のスピーチを受けて僅かにざわついていた。


 と、そこへ、


『えー』志夏の声で放送が響く。『上井草まつりさんのスピーチは以上です。続いては、大場蘭さんのスピーチです。それでは、大場蘭さん。どうぞ舞台へ』


「あ、はい!」


 ランちゃんはピッと挙手した後、背筋を伸ばし、颯爽と早歩きで舞台に出て行く。


 てくてくと。


「頑張れよっ」


 俺が立ち上がって言うと、ランちゃんは余裕のニッコリ笑顔で振り返った。


 そして、ランちゃんが舞台に出た瞬間、、


「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」

 怒濤のような歓声が響き渡った。


「皆、こんにちはーーー!」


 舞台中央に立てられていたマイクを握って大声を出した。


 歓声に、負けないような。


 それで歓声は静かになっていく。


 それは、まるで、フミーンの病室のRUNちゃんシアターで見たライブ映像を見るかのようだった。


 でも、舞台映えする衣装ではないただの制服だし、音響機材も無いし、照明も無い。


 それでも、彼女が大場蘭ではなくRUNらしく見えた。


 そして静かになった世界で、皆の注目を集めた彼女は、


「それじゃ一曲目!」


 とか言った。


「――じゃなかった……スピーチだ」


 すぐに訂正した。


「ウチのアホ……」


 と、自分の頭をコツンと叩いたとき、どっと笑いが起き、


「「「RUNちゃん可愛いーーーー!」」」

 とか数人の女子の声が響いた。


「あ、ありがとぅ!」


 不良どもは「ふぉおおおおおお!」と叫ぶ。大丈夫か、あいつら……。


 オタク男子どもは「RUNちゃんほぁああああああ!」と雄たけび。何が言いたいんだ、あいつらも。


「はい、静かにして、ウチの話を聞いてねー」


 ランちゃんがそう言うと、全校生徒は少々ざわついた後、さわさわと声が通るくらいには静かになった。


「あんまり長ったらしい話をするのは好きやないから、言いたいことだけ言います。ウチが生徒会副会長になったら、まず庭に、ポチの小屋を建てます」


 それが最優先公約かよ……。


「そして、達矢の小屋も建てます」


 いらねぇよ!


「あとは……特にないな……」


 そんなんで良いのかよ……。


「皆! ウチに清き一票を! というわけでよろしくー!」


 ワァアアアという歓声に満たされる。


 不良どもの「夜露死苦ぅうう!」という声も混じっている。


 なんか、盛り上がっていた。


「それじゃあ、また後で生徒会副会長として会いましょう!」


 言って、俺たちの方に向かって来ようとしたその時、ざわつく体育館に居た生徒の誰かが叫んだ。男子生徒だった。


「RUNちゃんは、ホンモノですかー?」


 時間が止まったかのように、RUNちゃんは体の動きを止めた。


 ざわつく体育館。


 立ち止まって固まる大場蘭。


 別の男子が、「バカ、お前、ホンモノに決まってんだろ」と言っても、その男子は信じずに、「でもさ、証拠が無いじゃん。単なるソックリさんかもしれねぇだろ」


「んー、RUNちゃんがこんな所に居るなんて信じられないっていうのは確かに……」


 今度はある女子が、


「そういえばさ、関係あるかどうか微妙だけど、昔、週刊誌で見たことあるんだけど、RUNちゃんが事務所おどしてお金巻き上げたって……」


「あ、それ、俺も聞いたことあるかも」


「火の無いところに煙は立たないって言うしな」


 ランちゃんは黙っている。ただ静かに、耳を傾けているのかもしれないし、金縛りにあったように動けないでいるのかもしれない。


「ああいう業界って、そういう裏社会の人々との繋がりがあったりするって言うし……」


「今も、不良どもが後援会みたいなのやってるだろ? もしかしたら、そういう人なのかも」


「どうなんだろう……」


「RUNちゃん! そんなことしてないよね! RUNちゃんは、ホンモノだよね!」


 問い掛けが、張り詰めた体育館に響く。


 本物だろう。どう見たって。


 本物だと思う。絶対に。


 そうでないなら、マイクを握った手を震わせたりしない。


 ニセモノなら、噂なんかであんな風に動揺したりしない。


 あれは……大場蘭は……RUNちゃんだ。


 歌は一節たりとも歌っていないけれど、小さな体は洗練されたオーラに満ちている。


 少し変だけど、可愛いさと力強さと美しさに満ちている。


 なのに、心無いことを言って。


 ただ……あいつらが言うことも理解できる。


 ニセモノだと思いたくないから、訊いているのだ。


 本当のRUNちゃんが来てくれたことを、目の前に立っていることを確認したくて……。


 ファンだから。


 応援したいから。


 でも……その気持ちに彼女が応えることができるだろうか。


「RUNちゃんがニセモノだぁ!? ホンモノに決まってんだろうがぁ!」


 体の大きな親衛隊Aが言った。


「あんたら不良がそれを言っても信用できないのよ」


「じゃあどうしろってんだよ、ゴラァ!」


 そして、ある男子が言ってしまった。


「――そうだ……歌だ……」


「歌……?」


「そうか、歌か! 歌を聴けばホンモノかどうか、簡単に判断することができるじゃないか!」


「あ! そういうことか」


「おぉ、良いな。RUNちゃんのナマの歌!」


「RUN! RUN! RUN! RUN!」


 一人の男子生徒から始まったランちゃんコールは、やがて体育館に集まった全ての人に広がっていく。


「RUN! RUN! RUN! RUN!」


 大波となって、彼女の小さな体に響く。


「……………………」


 震えていた。


「…………っく……」


 舞台の上で、アイドル歌手が立ち止まり、震えている。


 いや、今はもう、アイドル歌手でも何でもない。


 ただ一人の、罪の意識を背負ってしまった女の子だ。


「RUNちゃん歌ってぇー!」ある女子。

「RUNーーーーー!」ある男子。


 いつか焼きついた彼女の声が頭の中で再生される。


 ――歌う資格は……無いかなって……。


 そんなわけない。


「……そんなわけ、ないだろう」


 何を背負ったからって、歌ってはいけないなんてことにはならない。


 それは、歌の禁止は、ある人にとっては人間であることを捨てるに等しいこと。


 そのくらいに意味のあることなのだ。


 彼女にとっては、まさに歌は生きることそのものだろう。


 ――歌うことは生きることそのもの。言えてしまうくらいに、歌が好きやねん。


 真剣に、楽しく、歌と向き合って、皆に支持されて、応援されて、雑誌のインタビューにもそんな風に答えていた。


 歌とは、何だ?


 俺は、音楽を多く聴く方ではないけれど、彼女の歌には感動した。鳥肌が立った。


 だから俺は、歌って欲しいと思った。


 だから、言うのだ。


 マイクを握り締めて震える彼女に。


「RUN! 歌え! 歌ってくれ!」


 しかし、


「……………………」


 しかし彼女は歌う気配を見せない。


 いや、彼女の中で、「歌いたい」と「歌えない」がせめぎあっているのかもしれない。


 フミーンは、声を出していなかった。ランちゃんコールにも参加していない。何がどうなっているのかわからない様子にも見えたが、もしかしたら、誰よりも早く、騒がしい中でランちゃんが歌えないことに気付いて黙ったのかもしれない。


 次第に、体育館中が静かになっていく。


 彼女が次に発する声に聞き耳を立てるように。


 視線が大場蘭の方に向く。


 静まり返った世界の中で、大勢の人間の視線が、その小さな体に集中した。


「……っ……」


 彼女は、大きく息を吸って、


 吐き出した。


 音階の無い、吐息を。


 歌が無い彼女なんて信用できない人が居る。


 歌が無い彼女をニセモノだなんていう奴が居る。


 ひどいことだと思う。


 でも、確かにRUNが今まで居たのは、そういう世界だったのだ。


 歌手である彼女の存在価値は、大半を『歌』が占める。


 もう引退したとはいえ、彼女のファンにとっては、彼女の歌が好きな人にすれば、それは当り前のことで……。


「…………」


 だけど彼女は声を出せないでいる。


「RUN! RUN! RUN! RUN!」


 また、無慈悲な声が響きはじめる。


 大音量で。


 それは、応援。


 人々の期待がこもった、ランちゃんコール。


 見ていられなかった。


 見ているだけの俺が、折れた。


「ラン! やっぱり歌わなくて良い! もういいんだ!」


 俺の声は、たぶん、全校生徒のRUNちゃんコールに飲み込まれて彼女の耳に届かなかっただろう。


「…………」


 彼女は、もう一度大きく息を吸って、さっきと同じように声を出すこともなく吐いた。


 舞台上に膝をついた後、ペタンと座り込んでしまった……。


 そして、


「歌えへん……」


 呟きと涙が舞台にこぼれた。


 落胆が、会場を支配する。


 全ての人の落胆を、その背中に背負って、押しつぶされるように、彼女は舞台に両手を着いた。


 マイクが、彼女の手を離れ、舞台上を転がる。


 ある男子は言う。


「歌えないってことは……ニセモノ?」


 別の男子が言う。


「いや、そっちじゃないかもしれん」


 さらに別の男子が、


「とすると……事務所を脅した方か。暴力団を使って」


 と言って、それを聞いたある女子が、


「RUNちゃん! 本当なの!? 暴力でおどしたって……そんな卑怯なことしたって!」


 そんなわけない。


 卑怯な人間じゃないんだ。


 彼女は、まっすぐで……歌が好きで……人を想って……。


「…………うっ……くっ……」


 泣いている。


 肩を震わせて泣いている。


 涙が、舞台に落ちる。


 その姿に、胸が痛んだ。


 RUNはそんな事実は無いと言うだろう。俺も、そこまでのことはしていないと思う。確信がある。


 それに限りなく近いことはしたのだろうが……。だがそれは、後輩のためを思っての行動だったと彼女は言った。


 俺は、その心を信じている。


 少しやり方を間違えてしまっただけで。


 だからっ――!


 そうだ、だから罪の意識に(さいな)まれて、だからこそ、今、歌えないでいるんじゃないか。


 彼女は優しくて真っ直ぐな女の子だ。


 そんなこと、かつて舞台で輝いていた彼女を画面上ででも見た人間ならわかるだろう?


 何故、それがわからないんだ。


 情報ばかりを鵜呑みにして、人を見ないで、自分で考えないで、信じることもしないで……。


 いや、でも、その信じるか信じないかの指標が……彼女の場合『歌』に集約されてしまっているんだろう。


 問題はそこだ。


 そう、歌わないことには、何も好転しない。


 本人だって、きっとわかってる。


 だから歌おうとしたはずだ。


 でも、それ以上に怖いんだ。


 だから、だからあんなに泣いている。


 ボロボロと……。


 立っていられないくらいに……。


 全身で泣いている。


 どうにもならないんだ。


 もう彼女だけでは、どうにも……。


「…………ウチは、もう、歌は…………」


 と、その時――。


「何かあったの?」


 おりえの足を持って逆さ吊りにしたまま戻ってきたまつりは、俺たちに訊いた。


 答えたのは、フミーンだった。


「……RUNちゃんが……泣いてます……」


「何で?」


「えっと……よく、わからないです……何がどうなって……何の話になってるのか……」


 俺は、何とか事情を説明しようと試みる。


「ランちゃんが、ニセモノじゃないかって言われて――」


「はぁっ!? そんなわけないでしょ!」


 俺の言葉を遮るように言って、まつりは、おりえを放り投げた。


 おりえは俺のそばにボテッと落ちた。


「はにゃっ!」


「……大丈夫か?」


「へーき」


 むくりと起き上がりながら言った。


「それで? ニセモノなわけないでしょ。RUNちゃんが!」


「そうだな。それで、事務所を脅してこの町に来ることになったって話だ」


 俺は、大場蘭本人から聞いた話をした。


 するとまつりは、


「ひどいプロパガンダね! 嘘っぱちも甚だしい! RUNちゃんがそんなことするはずないじゃん!」


「いや、本人いわく、それに近いことは、やっちまってるって話なんだ……」


 彼女だって、アイドル歌手だったってだけで人間だ。


 どれだけ神格化、伝説化しようとも神ではないし、今の俺たちの前においては紙の上の少女でもない。俺たちと同じ、人間だ。


「間違うことだって、当然あるんだ……」


「……でも、そんなこと関係ない!」


 そう思うのは、反社会的な価値観に偏りまくってるお前だけだろう。


 この掃き溜めの町に居る人間でさえ、彼女が悪いことをしたって疑惑があることに対し、がっかりしてしまうんだ。


 目立つ人間っていうのは、そういう宿命みたいなものを背負ってるんだよ。


「あたしの方が、悪いことしてきた! RUNちゃんのそれよりも比較にならないくらい色んな人脅してきたもん!」


「だから何だ」


 自分がどうとかじゃない。名のある人間が悪いことをしたら、叩かれて当たり前なんだ。


「RUNちゃんが泣いてるのが、納得いかない!」


「それで、何だ」


「RUNちゃんを泣かせた奴、全員殴る!」


「それは、やめろ」


 全校生徒だ。

 俺も、フミーンも。そしてまつり自身も。


「…………」


 それでもまつりは、舞台上に歩み出た。そして、


「RUNちゃん!」


 彼女の名を呼んだ。


 静まり返る体育館。


 顔を上げて、まつりの顔を見た大場蘭。


「嘘だって言いなさいよ! 何も悪いことしてないって、真実を主張しなさいよ!」


「ウチは――」


 言った後、大きく首を振った。


 そして目を伏せ、再び語りだす。


「私は、悪いことをしてしまいました」


 いつもと違う、まるで懺悔みたいな口調が、静かな世界に響く。


「誰かが言った、事務所を脅したという話は、半分くらい、事実です。全部そうじゃないけど、事実です」


 泣いていた。


「いくら反省しても、許してもらえないことはわかってます。世界中全員が許してくれると言っても、私は許されたとは思いません。絶対に。裏切ってしまったことが……何より、何より悔しくて、悲しいんです」


 震えていた。


「応援してくれていた皆のことを考えなかった瞬間が確かにあったのは事実で、それをとても後悔しているけど……だから……もう、歌えない……」


 そして、最後に大きな声で、


「歌っちゃ、いけないんよ!」


 まつりは「違う!」と叫ぶ。風間史紘も「そうです! 違います! だからこそ! 歌うべきなんですよ!」と弱い体にムチうって大声を出す。


「ウチだけの問題じゃないんよ!」


 今度は、怒ったような口調だった。


「私のことをサポートしてくれてた皆も、事務所をやめさせられたりして、行き場がなくなったりして……そんなことになったことを知って、フミーンならまだ歌える? 達矢なら? 歌っていられる? なぁ!」


 わからない。そんなこと、想像もできない。


「ウチ、それでも歌えるような無神経な人のことは、大ッ嫌いなんや! 悪いことをしたことない人間には、わかるわけないやろ! 反省してたって、本当に反省してるのか、ウチじゃわからんことだって、わからんやろ!」


 言って、舞台に転がしたマイクを再び握って投げつけた。


 静まり返る館内に、マイクが舞台にぶつかる音が痛いくらいに大きく響いた。


 マイクが舞台から落ちて、生徒たちの前に落ちた。


 しばらくの沈黙。


 永遠にも思えるような、静かな空間が広がった。


 そのマイクを拾い上げたのは……まつり。


 素早い身のこなしで舞台を降りて拾い上げた後、再び壇上に上がった。


 そして、シンと静まり返った体育館に響き渡る大声を出した。マイクに向かって。


「てめぇら、RUNちゃんが好きかぁああ!」


 全校生徒に向けて、拳を突き上げながら。


「うおおおおおおお!」


 好きだという意味の歓声が上がる。


「てめぇら、RUNちゃんの歌が聴きたいかぁああ!」


「うおおおおおお!」


 聴きたい、という意味の歓声が上がる。


「なら、まずは皆で歌うわよ! マリナ! 伴奏よろしく!」


 ピアノ方面に向かって手を伸ばした上井草まつり。


「はいっ」


 いつの間にか舞台隅のピアノをスタンバイしていた利奈が返事する。


 そして、


 ~~♪ ~~~~~~♪


 流麗なピアノの前奏が響き渡った後、全校生徒がRUNちゃんのヒット曲のバラードを合唱しはじめた。いや合唱というよりも斉唱か。やがてそれは歌う人数を増やして大音声へと変わる。オリジナルよりも少しテンポの速いアレンジ。


 その風景を、へたりと座ったまま唖然と見つめている大場蘭。


 俺も、何が何だかわからず、立ち尽くしていた。


 ピアノ伴奏と歌の中、まつりは、大場蘭に手を差し伸べた。「立ち上がって」と言うように。


「RUNちゃん、あたしは、わかるよ。ううん、あたしだけじゃない。この町の人たちは、ちっとやらかしてる人間ばっかだから……だから、悪いことをして、他人に迷惑を掛けた時の心だって、何もやらかしたことない人よりも理解できるよ。ここは、そういう町」


「…………」


「そりゃ完全な理解とかは無理だけど、でも、近いところにいるよ。だから、何も遠慮することなんて無い。それは、『甘え』だとRUNちゃんは思うかもしれない。それは、RUNちゃん自身が許せないかもしれない。でも、歌わないRUNちゃんを、あたしたちは許せないの。悪いことをしたなら尚更、歌って欲しいのよ」


 しかし、まつりは自分で言ったことを即座に否定し、


「ああ、いや、違うかな。んー、なんか、なんか、えっとね……悪いことをしたとかしないとかどうでもよくて、それよりも何よりも、RUNちゃんの歌を聴きたいってここに居る皆が思ってるはずなのよ。そうでない人がもし居たら、シメて言う事きかすから、どうか、歌を、歌って欲しい」


 最後にまつりらしい物騒なことを言ってマイクを手渡す。


「まつり……さん……」


「なっ、名前を呼んでくれた! きゃぁあ、初めて名前呼んでくれたよ達矢! 聞いた? 達矢きいたっ?」


 まつりは俺のほうを振り返って、超うれしそうな顔をしている。


「そうか、よかったな」


 苦笑しながら返した。


 RUNは、舞台にしっかりと立ち、しっかりと両手でマイクを握って、全校生徒と向き合った。


 伴奏が止まって、響いていた声も中断された。


 ざわつく体育館。


 静かになった体育館。


「思ったより、オモロイ町やんな」


 呟くように言って、RUNは笑った。


 そして、マイクから離した片手で涙のアトを拭って言うのだ。


「みんな! ごめんねぇ!」


 響く、怒涛のような歓声。


 復活した。


 ようやく、簡単に。


 きっと、ずっと歌いたかった。


 でも、大好きだった人、世話になった人、自分を好きでいてくれた人の心を想って、歌えなかった。


 歌いたかった。


 歌は生きることそのものだったから。


 生きたかった。


 人を、楽しませたかった。


「『OVER RUN』って曲知ってる?」


 彼女の問いに、まつりは思い切り頷き、「もちろん!」と答える。


 俺も、その曲名は聞いたことがある。フミーンに見せてもらったライヴ映像の二曲目の曲。ハイテンポでキャッチーな曲。


 フミーンが「RUNちゃんのデビュー曲ですよ」と言って、「そうなのか」と頷く。


 その時、舞台上には新たな人影。


「~♪」


 鼻歌交じりにやって来たおりえは小さな体に似合わないような、大きなベースを持って舞台に進んでいった。ベムンベムン、ボボボボンと低い音を立てながら。


「RUNちゃん♪ RUNちゃん♪」


 これまた舞台上に向かって歩きながら小声でRUNちゃんコールを呟く左利きの紗夜子。その手にはエレキギター。


「…………よしっ」


 利奈はピアノから離れ、ドラムを叩くようだ。


「よっし! あたしも歌うよぉ!」


 まつりは両手を広げて言ったが、


「引っ込め、上井草!」

「そうだそうだ!」


 主に不良どもから。非難轟々だった。


「…………」ずーん。


「まつりちゃん、ええよ。一緒に歌お」


「RUNちゃん……っ!」


 感激していた。


 そして、まつりはRUNちゃんをギュッと抱きしめた。


「うざい……」


「…………」ずずーん。


 何してんだ、あいつ。さっきから浮き沈み激し過ぎだろ。


 そして、おりえは何かを思いついた様子で、RUNちゃんに駆け寄る。


「あの、コレ……」


 そして、RUNちゃんの肩に猫のぬいぐるみを載せた。


「やっぱRUNちゃんはこれがにゃいと」


 えへへと笑いながら。


「これ……ずんどうねこ……」


「うん。みどりさんから渡すように頼まれて……」


 そのみどりはと言えば、体育館二階のカーテンをダッシュで閉じていた。


 後、照明が消えて、カラフルライトが彼女を照らす。


 表情に、力が戻った。


 この、姿が、本当の。


 ライブの映像よりも、髪が長いけれど、それは確かに本当の。


 この、女の子が、本当の。


 RUN。


 彼女らしく輝いている。


 そして彼女は、大きく息を吸った。






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