上井草まつりの章_2-2
朝食。
食堂はガヤガヤと喧騒に包まれている。寮の全ての人間が朝食を食べに来ているのだ。
長いテーブルが規則的に並べられていて、調味料も並んでいる。
大人数での賑やかな朝食……なのだが、一昨日引っ越して来たばかりの俺には仲の良い友達とか居るはずもないので、一人での朝食だ。
寮長のおっちゃんの話では、「この寮に暮らすならば、必ず朝食を摂らなければならないという絶対のルールがある」のだそうだ。
元々、俺は朝食は摂る派なので、全く困らない……というか、黙ってても朝食が出てくる環境なんて、前の学校に居た時よりもむしろ素晴らしい。自分で作ったり買ったりしなくて良いなんて、そんな贅沢して良いの、って感じだ。
肩幅くらいの盆に載ったバランスの良いジャパニーズブレックファーストがまぶしい。
キラキラしてる。
ごはん、ワカメ入りみそスープ、魚の干物、冷奴、刻まれたキャベツたち。そしてイチゴが、ごとりと二つ。
「嗚呼、この街は、天国だぜ……」
牢獄やら監獄だと言った前の学校の連中に反論したいぜ。
確かに、物資が乏しかったり、不自由なことはあるが、もうこの朝ごはんだけで、この街の評価急上昇。昨日は初日だったから、たまたまの素敵朝ごはんかと疑ったが、二日続けば、もう本物。きっとバランス良好な朝餉が毎日振舞われるのだろう。
素敵だ。素敵以外の何者でもない。最高だ。
ただ、何故か、俺は他の寮生たちに避けられているような気がしてならないんだが、どうだろう。食堂全体で見れば、そこそこ混んでいるのに、俺の座っているテーブル周辺だけ、寂しい。周りに誰も居ない。
まるで、ミステリーサークルの中に一人置き去りにされた宇宙人のようだ。
たとえば、ずっと誰とも仲良くなれないまま、この街で日々を送ることを考えれば……なるほど、それは牢獄だ。
俺は立ち上がり、適当な誰かに話しかけることを決意した。少しでも気さくな人間であることをアピールして、一刻も早く馴染み、溶け込まなければ!
人間社会に溶け込むのは宇宙人にとっては、実に初歩的なこと。
――って、俺は宇宙人じゃねえだろ!
「あのっ……」
俺は少し歩き、一番近くに居た寮生に話しかけようとした。
すると!
ササササッ!
あからさまに避けられたぞ……。
何故だ。
「あ、おい、そこの――」
「ヒィ――!」
サササササッ!
ええ?
何これ。俺が宇宙人であることが見破られ――って、だから宇宙人じゃねえよ。
「…………」
どうしよう、寂しい。
何で俺避けられてる? そんな悪いことしたかな?
普通、転校生とかには、皆もっと優しく話しかけたりしてくれるはずじゃないのか。
何なんだ、この現象は。頭の上にクエスチョンマークが浮いてるぜ!
俺は席に戻り、残された朝ごはんを一人で食べ終えると、
「ごちそうさま……」
ぼそりと呟き、俺は、食べ終えた食器を片付けようとトレイを持って席を立った。
と、その時、一瞬、食堂が静まり返る。
何なんだ、一体! 俺が何をしたっ!
あー、何だか学校へ行く気が無くなって来た。
さて、気を取り直して、今日も登校。
今日も今日とて風が強い。空飛んで行きてぇ。
「はぁ」
急な坂道手前の、緩やかな坂道に並ぶ商店街から、坂を見上げて思わず溜息。
昨日は、ついつい前の学校の時の習慣があふれ出してしまい、十五分前に寮を出たのだった。それじゃあ当然間に合わない。学校まで三十分はかかる。
坂道ダッシュなんて拷問的な登校をする気はさらさら無い俺は、時間に余裕を持って出ることにしよう。遅刻魔でサボり魔だった俺は生まれ変わるのだ。更生して、この街から元の街に戻って平和に暮らすんだ。そのためには一日一日の積み重ねが大切なのは、もはや火を見るより明らか。初日はいきなり遅刻をしてしまったが、あれは故意ではないのだ。
とにかく早々に教師陣に更生をアピールして、仲の良い友達でいっぱいの前の学校に戻りたい。朝ごはんが出てくるシステムだけテイクアウトできたら言うことないんだけどな。
と、その時だった。
「あ、達矢くん」
「ん?」
名前を呼ばれたので、声のした方へ振り向くと、
「やっほー」
女子が手を振っていた。
「えっと、級長だ」
視界の中心に居る女の子は、こくりと頷いた。
そう。伊勢崎志夏。そこそこ美人な級長さんだ。
「おはよう」
俺はとりあえず朝の挨拶。
「おはよ。よかった。憶えててくれて」
歩きながら、話す。
「ときに、志夏は、何で級長なんかやってるんだ?」
「級長だけじゃないわよ」
「え?」
「私、女子寮の寮長もやってるのよ」
何だと。
普通、女子寮の寮長ってのは、美人でグラマラスなお姉さんではないのか!
男子たる俺の夢が崩れてしまうぞ。
「どうしたの? 意外そうな顔して」
「いや、ちょっとな」
「ちなみに、生徒会長もやってるわ」
「それ働きすぎだろう。そんなにあの学校好きか?」
「学校、というかね、この町がね。好きよ」
「そうなのか」
俺は正直なところ、あまり好きになれないでいるぞ。皆、優しくないし、俺を避けるし。
「ところで達矢くん」
「何だ?」
「寮とか学校には、もう慣れた?」
「劇的な環境の変化に一日で適応できるような奴がいるなら、そいつは生身で宇宙空間を飛び回って小惑星でキャッチボールくらいはできるだろうな」
「つまり、問題を抱えているのねっ」
級長センサーにビビビと来たらしい。ピンと背筋を伸ばして立ち止まり、俺を指差した。そして同時に通り過ぎる強風。短めの髪が揺れて何だか格好良い瞬間だ。
「まぁ、そうだな……問題というか……」
「何? いくらでも相談に乗るわよ?」
「と、とりあえず、歩きながら話そうぜ。遅刻しちまう」
「あ、うん」
二人、並んで歩き出す。
白い三枚羽の風車の建ち並ぶ坂道を。
「それで、何? 問題って」
「実はな、志夏」
「うんうん」
「何故か、俺は皆に避けられているみたいなんだ」
「あぁ、まぁ、そうねぇ」
「そうねぇ、って、何か知ってるのか?」
「まぁ普通に考えれば、転校初日にいきなり呼び出しくらって、ウチの風紀委員と対等に話をしているの見たら、そりゃ皆怖がって近づけないわね」
「え。ってことは……」
そういうことか。俺はとんでもない不良だと思われていたのか!
「昨日の朝、放送で呼び出された後、何言われてたの?」
「いや、単純に遅刻して屋上にいたら校内放送で呼び出されて、すぐに教室に向かって」
「それだけ?」
「ああ。それだけだ。本当に、それだけ」
「そうなんだ……」
「なぁ、志夏」
「何?」
「どうすれば、皆が俺を避けなくなりますか?」
「とりあえず、何か面白いことでも言うように努めたら?」
級長の言葉が一番キツイんですけど……。
俺は常に面白いことを言おうと頭を働かせる男だぞ! それを!
あれか……あの、転入の挨拶がまずかったのか!
「俺、面白くないですか?」
「面白くないわね。とっくに飽きた」
そんな、わずか一日でもう俺の言う事に飽きられただと! 悔しいッ!