RUNの章_時代はRUN世-1
放課後の教室に、俺たちは居た。
「で? どうする気なんだ」と俺。
「どうもこうも……RUNちゃんに人気で勝てるわけないじゃん」
副会長を争うはずのまつりは早くも諦めムードだった。
「おい、もう諦めてるのかよ……」
「でも元々、まつりちゃん人気ないからねぇ」と笠原みどり。
「みどり、お前、よくもそんなヒドいこと面と向かって言えるなぁ」
「いやあ、勝つためには、まず事実を見つめないと」
「もういいもん。負けていいもん。変な意地張っちゃったって反省してるもん」
「おいおいどうしたんだ、まつりらしくないぞ」と俺。
「そうですよ。勝ちましょうよ」
ぐったり状態から復活したフミーンも拳を握って応援している。
「あたしが悪かったって思ってるもん」
「でも負けたり頭下げるのは嫌なんでしょ?」
というみどりの問いには、
「絶対イヤ」
難儀な子。
「では、戦うしかないだろう」
「そうだけど……」
「よし、俺がいいことを教えてやる。いいか、戦というものは、情報戦なのだ。十分な準備ができなかったとはいえ、もう戦いが始まってしまった以上、むしろこちらが有利だろう」
「何でだ?」
「何せ、この町で生まれ育ったわけだろ。知り合いも多くて、票を集めるには……」
しかしまつりは、俺の話を途中でぶった切り、
「RUNちゃんの歌は、みんなの心のふるさとなんだよ……」
「あ、それは、何だかわかる気がする」
俺は頷いた。みどりもフミーンもコクコクと頷いている。
とはいえ、戦う前からこれほどまで戦意が無いんじゃ、どうしようもないんだが……。
「投票まであと二日。それまでに何ができるか……」
「何もできないもん。どうせ、あたしは『うざい子』だもん……」
「おい、その珍しく自虐的な女、どうにかならんのか……」
そこでみどりは、「まぁ……ほら……まつりちゃんって……」俺も便乗して、「ああ……そうか……」フミーンがキョトンとして、「何なんです?」
「「子供だから…………」」
聞こえよがしに二人で悪口を言って、息の合った挑発をしてみる。
「ふみゅぅぅぅ……」
机に突っ伏してしまった。
あれ、発奮させるつもりが、しおれてしまったぞ。
「……仕方ないわね。まつりちゃん抜きで戦略を練りましょう」
「だな」
そしてみどりは、まず重要な問題を明らかにしようと、こんな質問をした。
「ところでさ、風間くんは、どっちのモノになりたいの?」
「あぁ、そうだな。それは聞いておかないと」
「ぼ、僕は……」
「「僕は?」」と俺とみどり。
「ぼ、ぼ、僕には、選べないわけですよ! そりゃ、RUN様は憧れですよ。大好きなんて言葉じゃ足りないくらいに大好きですよ! でも、まつりさんのことも、大好きなんですよ! 二人への気持ちを比べることなんて、僕にはできないんですよぉ!」
ていうか、どっちのものにもなりたくないという考えは無いのか、こいつには。って、あれ、ちょっと待てよ……。
「つまり……お前、以前から、ランちゃんと同じくらいまつりのこと好きだったってことか?」
「あっ……」
すると、まつりは机から顔をばっと上げ、
「テメェ! 初耳だぞコラァ!」
何でそこで不良口調なんだコイツは……。
「そう……です。好きですよぅ!」
顔を真っ赤にして言う。
「あたしは、別に好きじゃないもん」
まつりも顔を赤くして、しかし目を逸らしながら言っていた。
「嘘っぽい」とみどり。
「なっ――!」
「はいはい、ピンク色のラブラブトークはその辺にして、現実的に勝てる方法を探っていこうぜ」
「えっ、でも達矢、だ、大事なことなんじゃないのか?」
「「何が?」」と俺とみどり。
「えっ……えっと……その……史紘の気持ちとか……あたしの気持ちとか……」
「何を今さら」とみどりが言えば、
「好きでもない奴をいじめたりしないだろ、お前は」と俺も言う。
「ぅぇ? ぁ……うぅ……」
案外かわいい奴。
「なかなかやるわね戸部くん。この短期間でまつりちゃんの性格を半分以上見通すなんて」
「まぁな」
まつりは、わかりやすい系のひねくれたバカだからな。俺も似たようなもんだから、わかってしまうのかもしれん。
「そして、風間くんとしては、どっちも大好きだから、早い話、どっちのモノになっても悔い無しでしょ?」
「だな。みどりの言うとおりだ」
「え、いや、その……」
「違うの?」
「えと……よく、わからない」
風間史紘は頭を抱えた。
「ま、とにかく、勝つためには現状を把握せねばならん」
「うん。そこで、校内アンケートをこっそり実施してみました」
「ほほう、さすが仕事がはやい。やるなぁ、みどり」
「で、予想通りの結果が出たんだけど……」
笠原みどりは、俺に一枚の紙をぴらっと手渡してきた。
上のほうには『人気調査』という文字。
その下には円グラフが描かれている。
ほぼRUNちゃん支持一色の円グラフが。
「まつりちゃんの不人気証明っすね」と俺。
「いやぁ……RUNちゃんの人気証明でしょ」とみどり。
「どっちでも良いわよ、もう」まつり。
「あ、でも、まつり様、数票はまつり様に入ってますよ」
フミーンがフォローに走るが、まつり票は全体の1パーセントに満たないという惨状だった。
なおもみどりが追い討ちをかける。
「それはたぶん……まつりちゃんの幼馴染とかだけじゃないかな……たぶんだよ。確証は無いけど」
「みどり、ここぞとばかりに、あたしをイジメてない?」
「やぁだなぁ……疑り深いのはよくないよ」
さらっと言った。
「今はこれが現実ってことだろ」と俺は言ってやる。
「逃避したい……」
「でも、頭は下げたくないんだよね」とみどりが言うと、
「当然」偉そうにふんぞり返った。
何なの、この子。
「だが、この結果はマジなのか? まつりが抑えてる不良勢力が結構あるって聞いたんだが……」
「それがね戸部くん……不良集団の間には、空前のRUNちゃんフィーバーが……ね。無理もないわよね」
「つまり、俺たち以外に、まつりを支持している人間はほぼ居ない……と?」
「早い話が、その通り!」
「…………」ずずずーん。
大場蘭が現れて以降、ずずんと落ち込むことが本当に多くなったな。
「でも、大丈夫だよ、まつりちゃん。まだ生きてるんだから」
「そりゃ……そうだけども……」
「権威が失墜してからが勝負なわけですよ!」
「そうだぞ、かつてのどっかのラストエンペラーだって、新国家で復活したじゃないか!」
「あのさ、戸部くん。それ、良い例じゃないよね、たぶん」
「どうだろうな。なんとも言えん」
「あたし……RUNちゃんのファンなのに、何で複雑な対立構造仕上がってるんだろ……」
「どこが複雑だ。フミーンの奪い合いっていう至極シンプルな形だと思うが」と俺。
「そうよね」みどりはフフフと笑った。
「何だぁ、みどりと達矢ァ! さっきから妙に仲良ししやがって!」
「何言ってんだ。まつりを支持するって目的で集まってるんだから、気が合うのは当然のことだろうが」
「それは……そうかも……だけどさ……」
「今できることは、少しでも上井草まつりの良さを民衆にアピールすることさ」
「良いとこなんて、あるの?」
と、みどりが口を滑らした時、ついに、
「み~ど~り~~」
怒っている。
「や、ごめんごめん。冗談冗談。いまのはほんの冗談だってば」
後ずさるみどりと、追い詰めるまつり。
ようやく元気が出てきたようだ。
「モイストはしないまでも泣くまでワキくすぐってあげようか?」
あぁ、それは地獄だろうな……。
「いい! いい! 遠慮しとく!」
両手を突き出して拒絶のポーズを作り、首をぶんぶん振っている。
「そう言わずにぃ」
「いやぁ! たす、たすけてぇ!」
「…………」
「達矢さん。助けないんですか?」
「だって俺、くすぐられたくないし」
「ですね」
風紀委員補佐は、風紀委員であるまつりには逆らえないのだ。所詮、補佐だからな。
「えぇっ!? 助けてくれないの――って」
そして、まつりのくすぐりが始まる。
「ひゃぁあっ。あっはははは、らめぇ!」
「ほれほれぇ」
「やぁあ、くすぐっ――あああっんっ」
「ごめんなさいと言えぇ!」
「ふふっ、あっふぅごめっ――あ、やぁ!」
「ふへへへへ」
「やぁっ! まつりちゃん、やめっぇ」
「こちょこちょこちょー」
「あああーーーっ!」
「どうだっ!」
「……はぁっ、はぁっ……ごめんなさい……」
解放されたときには、もう涙目になって、ぐったりしていた。
「ちょっと、すっきりした」
「それは何よりで……」と風紀委員補佐二号、俺。
「それで、どうするんです?」と風紀委員補佐一号、フミーン。
まつりは拳を虚空に突き上げ、
「正々堂々、選挙活動するしかない!」
「まぁ、それが一番、まつりらしいな」
「やっぱり? じゃそれでいこう!」
「正々堂々とRUNちゃんに勝つなんて無理ですよ」
「何だとこの野郎」
言って、フミーンの頬をぎゅーっと引っ張った。
「ひた……いたたたたた……」
こんなんが生徒会の副会長さんになるのは問題がある気もするが、根はそんなに悪い奴じゃないからな。
何はともあれ、まつりの長所を生かした選挙活動を考えねば。
みどりもくすぐり攻撃によってひきつって笑った顔のままぐったりしているし、フミーンに大した意見も期待できん。ここは、俺が何とか尽力せねば。
なぜなら今のところ、俺はまつり派だからな。
さて、そうと決まれば……。
俺は頬を引っ張られているフミーンの横を通り抜け、教室を出ようと引き戸に手を掛けた。
「あれ? どこに行くんだ達矢。これから選挙計画を立てるんだろ?」
「いや、物事には順序というものがあってだな、まずは情報収集からだ」
「……情報収集? 何それ」
「まぁ、簡単に言うと、ニンジャ行為だ」
スパイってことだが。
「忍者? 何かカッコイイわね。許可するわ」
「はいどうも。んじゃ、またな」
俺は言って、教室の外に出た。
向かう先は……屋上。
大場蘭に会いに行くのだ。