RUNの章_6-4
チャイムが鳴って、休み時間になった。
あっという間に窓際に人だかりができるのを、俺とまつりは廊下側の自席に座って遠巻きに見ていた。
「ねぇ、音楽室行こうよ。歌って歌って」
「え? あぁ……いやぁ……」
明らかに困っていた。
そして、人だかりの奥に見えるフミーンは、みどりの秘術の影響が残っているのか、まだぐたっとしていた。
「なぁ、まつり」
「何すかぁ……」
こっちも、廊下側の席に突っ伏してぐたっとしていた。
それほどまでに大場蘭が好きということだろうか。
鬼神のごとき強さを誇るまつりを、ここまでグッタリさせられる存在というのは、きっと稀有だろうと思う。恐るべし、アイドルRUN。
「ランちゃん、囲まれて困ってるみたいだぞ」
「それがどうしたぁ、殺すぞぉ」
だから、殺すとか言わないように。
「いや……困ってるってことはだな、チャンスだろう」
「何が?」
「ほら、いつものように警備員スキルを発揮して、無神経なハイエナのごときファンたちを追い払えば、自然とランちゃんの中でのまつりの評価は上がるというもの」
「そ、そうかっ! よし、行って来る!」
まつりはバッと立ち上がり、人垣を分けていく。
単純なやつだ。
そして上井草まつりは、腕をぶんぶん振りながら、
「ほらほら! RUNちゃん困ってるでしょうが! ぶっ殺されたいの?」
いちいち物騒なことを言ってニラミをきかせる悪癖は、何とかした方が良いと思うが、ともあれ、ランちゃんの周囲にあった人だかりは散り、まつりがランちゃんに接近した。
「あ、うざい子や」
「やめてぇ。あたし上井草まつり。名前で呼んでよぅ」
「えっと……じゃあ、まつりさん」
「ハイ! 何ですか」
「史紘くんって風紀委員補佐なんよな」
「え? うん……そしてあたしが風紀委員だから……部下……」
「ウチにくれへん?」
「え? そ……え? な、何で?」
「すっきゃねん」
「すっ――えぇ? 何でぇ! RUNちゃんが、フミーンごときに……好きって……えぇ?」
ものすごい驚いていた。俺やみどりは屋上でポチポチ言っているのを見たからもうそこまで驚かないが、まつりにしてみれば初耳だったのだろう。
「何や、とことんうざい子ぉやなぁ」
「…………」ずーん。
「話は色々聞いたんよ。まつりって子ぉには気ぃつけぇよって皆、口をそろえて言いよったしなぁ」
「そんな……」
「聞いた話では、一方的に史紘くんを虐げとるらしいやんかぁ」
返す言葉が無いようだ。事実だからな。
「だから、ウチが引き取りたいねん」
「嫌だと言ったら?」
「ええよ。ほんなら…………戦争や」
えええええええ?
何言ってるの、この娘。
ダメだよランちゃん。「戦う」「争う」「バトル」というような意味の単語は、まつりの前では禁句なんだ!
ほら、なんかもう、目が燃えてるもん。
やばいっ。
やばいよこの展開ぃ!
まつりはいつものように腕組して相手を見下ろすスタイルで、
「RUNちゃんだからって、容赦しないわよ」
ランちゃんも上目遣いで対抗する。
「ウチかて、本気や。史紘くんのためやねん」
「達矢ぁ!」
呼ばれた。
俺はサササとまつりの側に寄る。
「何すか、まつり様」
「戦争を申し込まれた」
「そうですか。それでは、俺はこれで……」
俺は逃げようとしたが……。
「待てぇい」
ガシッと肩を掴まれる。指が、肩に、食い込んでる。痛いくらいに。
「…………なんすか」
観念することにした。言うとおりにまつりのそばに侍る。
「それで、RUNちゃん……勝敗のルールを決めて良いわよ。正直、チヤホヤされて育ったアイドル女なんかには負けないわ」
会った時と百八十度、態度が変わってるな、なんか。最初はRUNちゃん大好きオーラ全開だったのに、それが今、この瞬間は憎しみに変わってしまっているようだ。色々と極端過ぎなんだよな、こいつは。これは明らかに短所だと思う。
「賭けるのはフミーンでいいだろ」
「ええよ。もちろん」
と、その時!
「その勝負、私があずかるわ」
仕切りに定評のある級長が登場した。教室内の人々が一斉に志夏の方に振り向く。
学校内で勝負ごとがあると駆けつける感じだよな、級長は。俺もまつりとの勝負の時にお世話になった。
「何、志夏。また坂道競争とでも言うの? この間やったばかりだからつまんないよ」
「いいえ、そんなことはしないわ。今回は、もっとハデにかましましょう」
「ハデに……?」ランちゃん。
「ええ。折角、我が校きっての悪の大スターである上井草さんと、国民的アイドルであるRUNちゃんが居るんだもの。一大イベントにすべきよ!」
「一大イベント……?」と俺。
「そう、つまり……人気取り合戦!」
明らかにランちゃん有利な気がするのは気のせいだろうか……。
「つまり、文字通り、合戦。戦争よ!」
「えっとルールは?」
「愚問ね、達矢くん。ルール無用! それが戦争!」
いや、一応戦争にもルールくらいはあると思うんだがなぁ……。
「今まで空席になっていたポストがあるんだけど、そこを競ってもらおうと思うの」
空席になっていたポスト?
「そう、生徒会の副会長!」
「新参のウチが、いきなり、そんなんに選ばれてもうてええのん?」
「だから勝負になるんじゃないの。最古参であり風紀委員という実績もある上井草さんに対抗するのが、国民的アイドルのRUNちゃん! 燃える! 燃える展開だわぁぁあ!」
相変わらず、志夏さんのキャラがよくわからん。
俺は手を挙げて、
「あの、勝負にならない気がするんだが……」
「さぁ、どうかしら。それは、やってみなければわからないわよ。どう? 二人とも、やる?」
「「やるっ!」」
同時に言った。
こうして、この学校は、まつり派とRUN派が争う時代へと突入した。
自分の席でぐったりしている風間史紘の意思とは関係なく……。