表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
362/579

RUNの章_6-2

 三人、教室に着くと、既にホームルーム中であった。


 早い話が、遅刻である。


「お前が、早く走らないからだぞ」


「そんなこと言ったって、僕、一応病人なんですけど……」


「言い訳になるもんか」


 俺が「……いや、なるだろ……」とツッコミを入れてやる。


 すると、何と教師がこう言った。


「風間は良いとして上井草と戸部は遅刻だな」


「えええっ? 先生! 何ですかその堂々とした贔屓(ひいき)は! せっかく今まで遅刻しないで更生の道を歩んできたのに!」


「ちなみに、遅刻をしすぎるとこの町から帰れなくなるわよ」


「何? どういうこと? まつり様、わざと? 俺を(おとしい)れるため?」


「あっはっは!」


 笑うトコなのか?


 教師は言う。


「おい、お前ら。とりあえず着席しろ。まだホームルームの途中なんだ」


「あ、はい」「へーい」「すみません」

 俺、まつり、フミーンは、それぞれ返事をすると、それぞれの席へと向かう。


 俺は窓際最後尾に座り、フミーンとまつりは廊下側の席に座った。


「で、だな。今日は、転校生が来てるはずなんだが――」


 と、教師が言ったその時だった。校内放送が響き渡る。


『本日転校してきた大場蘭さん。登校していましたら、至急職員室まで来てください』


 何と校内放送で、ランちゃんが呼び出されていた。


 にわかにざわつく教室。


 ある男子が「RUNちゃん?」と言ったのを皮切りに、


「大場蘭って言ったら……でも、え? マジ?」

「あの電撃引退した国内最高のアイドル歌手がこの学校に?」

慰問(いもん)か何かかな……」


 といった会話が繰り広げられる。


 ちなみに慰問ではなく悪いことして飛ばされてきただけだ。


「いや、まて。同姓同名という可能性もあるぞ」


 同姓同名じゃなくて本物なんだなこれが。


 ふと、フミーンの方を見ると、口をパカッと開けていた。


 無理もない。


 熱狂的大ファンだったからな。


 そして唐突に、上井草まつりが立ち上がって叫んだ。


「フミーン! 達矢! みどり! 探しに行こう!」


 何を言い出すかと思いきや……。


「付いて来なきゃころす!」


 言って、教師が居る中を堂々と扉を開けて外に出た。


 フミーンも病人を感じさせない俊敏な動きで張り切って外に出て、みどりもぱたぱた歩いて続く。


 そして、俺も頭をボリボリかきながら教室を出た。


 ころすとか言われたら、仕方ない。


 教師は何も言わなかった。この学校では、上井草まつりが最高権力者なのだろう。教師が口を出せないほどに。いやはや、完全に無法者である。


 俺は後ろ手で引き戸を閉めた。


 廊下を四人、ゾロゾロと歩く。


「こういう場合、だいたい転校生は屋上に居るのよ」


「そうなのか」


 よくわからんが、そういうものらしい。多くの転校生を見てきたまつりが言うのならそうなんだろう。


 大場蘭は屋上に居ると思う。何故なら、今まで屋上でしか会ってないからな。雨が降っても風が吹いても屋上に佇んでいたわけだから、確信を持って言える。


 まつりを先頭にして、四人で階段を上る。


 屋上の戸が開かれた。


 相変わらず、強い風が吹いてる。


 四人、屋上に出た。


「…………」


 大場蘭は、柵に手を掛けて風景をじっと見つめていた。


「きゃぁああ! RUNちゃんだ!」

 予想外に黄色い声を上げたのは、まつり。


「ちょっと、落ち着いてよまつりちゃん」

 おっと予想外に冷静なみどり。


「アワワワワワ」

 口をぱくぱくさせる史紘。これは何となく予想通り。よほどの衝撃だったのだろう。


「大丈夫か? フミーン」


「これは、夢? 夢なわけですか! 憧れのRUN様が目の前にィィイイィ!」


 壊れ気味だった。


 で、そのランちゃんは、俺たちの姿に気付いて、歩み寄ってくる。


「はわぁあああ! どうしよ、みどり! RUNちゃんが向かってくるよぅ!」


「まつりちゃん、落ち着きなってば……」


 苦笑い。


「ひぁあああ! ひぁあああ!」とフミーン。


 どうしちまったんだこの男は……。


 大場蘭は、俺たちの前に立つと、こう言った。


「あっ、達矢やん」


 まつりと史紘が声を揃えて「なにぃいいい!」と叫び、みどりは「知り合いなの!?」と高い声を発する。三人して驚いた。


 俺はヘラヘラ笑いながら、ランに向かって、


「何か、すげー有名みたいだな、お前」


「達矢ぁああ!」

 ゲシッ。


「おぶひゅぁっ!」


 風紀委員様による不意のとび蹴りを喰らって吹っ飛び倒れた。


 痛い……が、すぐに立ち上がる。


「何すんだよ!」


「RUNちゃんに向かって何失礼な言葉使ってんだよ! 敬語を使えこの野郎!」


「敬語ったって……同い年だろ」


「お前なんぞとは立場が違うんだよ!」


 まつりの言葉に、フミーンが「そうだそうだ!」と同調し、みどりも「まぁ、確かに……」と呟く。


 当の大場蘭は、


「あの……別にええねんけど……」


「よくない!」まつり。

「ええ、よくないわけですよ!」フミーン。

「戸部くんサイテー」みどり。


 何故に……。


「あ、そっちの子は、笠原さん……やったっけ。上履きとか体操服とかくれた」


「体・操・服!」


 大丈夫かフミーン……。


 そして、まつりも普段よりもテンション高く、


「ってぇ! 冷静だと思ったら、みどりも既に会ってたんかぁああい! 何で言わなかったのよ」


「だって」


「だってじゃないよぅ!」


 みどりの両肩を掴んで前後にゆすりながら。


 ランちゃんは、目の前の光景に少し戸惑いながらも、


「あの……ウチ呼び出しくらってもうたし、職員室行かんと……」


「ひゃぁああ! RUNちゃんが普通のこと喋ってるっ!」とまつり。


 どうやらそこでランちゃんは気分を害したらしく、


「……あの、達矢。このウザい子何?」


 衝撃的な言葉を放った。


「お、お前……なんてことを……」


 まつりにそんなこと言ったらぶっとばされ――ってあれ?


「…………」


 ずーんってなってる。あからさまに沈んでいるぞ。


 珍しい。


「うざい子って言われた……うざい子って……RUNちゃんに嫌われた……」


 絶望的にブツブツと呟いた。


「ま、まつりちゃん……大丈夫?」


「うあああああああああん!」


 みどりの心配をよそに叫び、戸を開け放して校舎内へ。


 階段を駆け下りていく音が少しずつ小さくなっていった。


「どうしたん、あの娘」小首をかしげた。


「さぁな。何なんだろうな。ランの気にすることじゃないんじゃないか。何しろ、わけのわからんヤツだからな」


「ところで……風間くんは大丈夫?」


 みどりに言われてそちらを見ると、口を開けたまま凝固(ぎょうこ)していた。


「おい、フミーン」


「はっ!」


 我に返った。


 そして、頭上に「?」を浮かべた大場蘭の前に歩み寄る。


 頭を下げ、手を前に差し出し、


「あの、もしよかったら、あ、あ、あ、握手してくれませんか。あ、すみません、ダメだったらいいですけど」


 すると、大場蘭の口から、謎の言葉が発せられた。


「……ポチ……もしかして、ポチやないの?」


「え? 風間史紘ですけど……」


「いいえ、あなたはポチ。そうでなかったとしても、三年前に死んじゃったポチの生まれ変わり」


 計算合わねぇだろ。フミーンは三歳じゃねぇぞ。その何倍かは生きてる。どう見ても。


 ていうか、何言い出してるの、この子。


 そして、信じられないことに、大場蘭は「ポチー!」とかって明るい声で叫びながら風間史紘を抱きしめた。握手どころかハグしたのだ。


「は……はわわわわっ! はわぁああ!」


「鳴き声もそっくり!」


 さらにギュッとした。


 俺とみどりは唖然(あぜん)としているしかない。


「なでなで」


 頭をなでなでしていた。


「あわわわ……」


 やべぇ、感動しすぎで死ぬんじゃないか、フミーン。


 そこで俺は、とりあえず気になったことを訊いてみる。


「なぁ、ランちゃん」


「何や」


「ポチってのは、何だ」


「ウチな、昔イヌ飼ってたんよ。ポチって名前の。この子、あの子にそっくりで」


「だが、あれだぞ、それは人間で、男だぞ?」


「ポチもオスやったよ?」


「いや、そういうことではなくてだな……女性に抱きしめられることに免疫を持たないフミーンが苦しい幸せで今にも昇天(しょうてん)しそうだということをだな」


「要するに……風間くんを返してってことよ」


 おお、みどりも加勢してくれた。


「いやや。ポチかわいいもん」


「いいか、ラン。それはポチではない。フミーンなんだ。ポチはもう死んだんだよ!」


「だから、生まれ変わりやって言うとるやろ!」


 何だ、この平行線を辿る議論は……。


「わかった、だが百歩譲って、フミーンがポチの生まれ変わりだとしてもだな……」


「ちょっと戸部くん……」


「いいからみどり。俺に任せろ。この女の思考パターンは僅かながら把握している」


「そう……じゃあ任せるけど」


「おう。で、だ、ラン」


「何や」


「フミーンは、人間だから、その、人として扱ってやってくれ」


「やだ」


「やだって……」


 そしてついにフミーンは限界を迎えた様子で、


「あぁぁぁ……何が何だか……RUN様……RUN様ぁあ。ホァアアアアアア!」


「うっわぁ……なんか壊れてるけど……」みどりさんがドン引きしてらっしゃる。


「かわいいなぁ、ポチは」ランちゃんがおでこにチュウとかしてらっしゃる。


 それでもう、叫びが止んで、もう声が出ない様子だった。


 大丈夫だよな。死んでないよな。


「と、とりあえずランさん。俺の記憶が正しければ、呼び出しくらってませんでした?」


 何にしても、フミーンから引き離さねば……。


「おぉ、そやった。職員室行かな」


 大場蘭は言うと、ようやくフミーンを解放した。


 その場にストンと座り込むフミーン。


「んではまた後でな、ポチ」


 開いていた引き戸から、去っていく。


 階段をリズミカルに降りていく音が、少しずつ小さくなっていった……。


「やっぱ、ホンモノなんだ。RUNちゃん」


「ああ、そうだな」


「サインくれるかなぁ?」


「お? みどりも、案外ミーハーなんだな」


「ミーハーっていうか……だって、RUNちゃんだよ? RUNちゃんを好きじゃない人は、非国民だよ」


 そうなのか。ということは、ランちゃんを知らなかった俺は、非国民ということだったのかぁっ。


「ところで……今はそれよりも……」


 言ったみどりの視線の先には、


「あぁあぁぁぁ……RUN様が……僕を、抱き、抱き……抱きしめぇっ――」


「こいつはヤバイな。壊れかけだ」


「何冷静に言ってるのよぅ」


 みどりはそう言うと、壊れかけのフミーンに歩み寄り、


「ていっ!」


 首筋を指でトスンと突いた。


「あわびゅっ!」


 そんな声を上げた後、弓なりに体をくねらせて倒れた。


「…………」


 ぐったりと気絶している。


 メンマみたいにくにゃっと倒れている。


「何したんだ?」


「ちょっと、秘伝のワザを……」


 あれだろうか、人体のツボを押して様々な効果を――主に対人殺傷の効果を――もたらす昔の少年漫画のアレ的な必殺技の使い手なのだろうか。


「まさか殺しちゃっては……いないよな」


「当り前でしょ。このワザはね! そんなことに使っちゃいけないの! バカッ!」


 何か知らんが怒られたぞ……。


「ま、とにかく……戸部くん。教室に帰りましょうか」


「そうだな……よっこらせ」


 俺は、フミーンを背負って、屋上を後にした。


 ピシャン、と戸が閉まる音が響いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ