RUNの章_6-1
通学路。追い風の上り坂を登る。反時計回りの風車並木を見つめながら、平らかな道から上り坂に差し掛かった。
さて、転校六日目である。
俺の感覚では、もう転校して二週間くらい経ったんじゃないかってくらい色濃い日々だった。
この町に来て、みどりと会って、まつりと競走して惨敗して、フミーンと出会って、大場蘭と出会った。
皆、変な奴だ。
看板娘に、女番長とその手下、そして元歌手。
中でも今の俺の中で最もホットなのは、二日前に出会った歌手。
RUNこと大場蘭。
屋上で雨に打たれたりする酔狂な女の子。
と、そんなことを考えながら商店街を歩いていると――。
「ハーッハッハハハハ! ウアー! 金ダァ!」
商店街の中腹あたりで誰かが古めかしいタイプの不良二人に囲まれていた。
片方は時代錯誤のリーゼント野郎で、もう一人は不良には見えないメガネの少年である。
「おらぁ、金出せよぉテメェ」
メガネの少年が、そう言った。
「ひぃい、ありませんよ、お金なんてぇ!」
言われた相手はフミーンだった。
どうやらカツアゲされているようだ。
やれやれ不良どもは今日も元気だな。
「おら、ジャンプしてみろ」
リーゼントの不良Dは鋭い視線をぶつける。
「は、はいぃ」
史紘が泣きそうになりながらジャンプする。
ちゃりん。
「Dさん、今小銭の音しましたよね」
「本当か? よし、もう一回ジャンプしてみろ」
再びジャンプした。
ちゃりん。
小さな金属同士がぶつかる音がした。
「てめぇ、あるんじゃねぇか、金ぇ!」
「おそらく、ズボンのポケットかと」
「ヒィハア!」
不良が、奇声を上げながらフミーンのポケットを漁る。
そして、引き抜いたのは……携帯電話だった。
「おい、E。何だこれ」
「はいDさん。携帯電話かと思われます」
「なにぃ? 金じゃねぇのか!」
「そうですね……むっ! こ、これはっ!」
不良の一人、知的メガネの方は、そう言うと、携帯電話に付いていたストラップに目を付けた。
寸胴な猫の模型が紐の先にくっついている。
この間フミーンに見せてもらった限定携帯ストラップだ。
「このねこがどうかしたか?」
そしてメガネが叫ぶ。
「こいつぁ、間違いない! 幻のRUNちゃんストラップ! 限定中の限定! マニアの間では天文学的な高額で取引されるという伝説の……ッ!」
「む、高価なのか?」
「高価もクソも、博物館モノっす!」
「そうか、ならば、もらっておこう」
当然、フミーンは焦る。必死に、
「そ、そんなっ! やめて下さい! それは、僕の宝なんです!」
「うるせぇ!」
バキィ!
不良は、フミーンを殴った。
「はぐぁ!」
フミーンは尻餅をつく。
これは、黙ってはいられない。
フミーンと俺は無関係ではないのだ。
言わば、友達なのだから。
「おい、テメェら!」
俺は、彼らに負けず劣らずの不良口調で言った。
「いい年して二人がかりでカツアゲなんてしてんじゃねぇよ」
できるだけ強そうに見せようとして。
「なに?」リーゼント不良D。
「貴様、誰だ。名を名乗れ」インテリメガネ不良E。
「俺は戸部達矢。そこに座ってる風間史紘の友人だ」
「ダチだとぉ?」
「Dさん、ちょうどいいっすよ。こいつも、上井草の手下っす。痛い目見せてやりましょう」
「ほほう、それは良いな。こいつもぶっころすぜ、フィイイイァアアアア!」
不良の一人、リーゼントのDが殴りかかってきた。
俺は思わず「くっ」と怯んだ。
先に言っておくが、俺は喧嘩が、弱い。そりゃもう、非常に弱い。非戦闘員である。ただやられるだけの一般小市民だぜ。
「くらえぇえええ!」
当然、繰り出される不良の右拳なんてのは見えない……ってあれ?
見える。見えるぞ!
俺にも敵の攻撃が見える!
ヒュッ。
俺は、不良の攻撃を回避した。
「な、ナニィ! 俺の攻撃を避けただと?」
「そんなバカな! 不良Dさんの電光石火の一撃を回避するなんて!」
「何故だかはわからない。しかし、確かに、相手の攻撃が見えるのだ。もしや、まつりとの坂道ダッシュバトルが、俺を変えたのか!」
パシィ!
俺は、今度は不良の右拳を捕らえた。
「な、なにぃっ!」
「ふっ、ハエがとまるかと思ったぜ」
「そ、そんなぁ、我らのグループ随一のてっぽうだま、不良Dさんの拳が効かないなんてぇえええ!」
「す、すごい、達矢さん! すごいです!」
そうだろう、そうだろう。
「ぬぅっ、かくなる上は、中段蹴りィイイ!」
「甘いわぁ!」
俺は、スッと一歩後退し、それも避けてみせた。
「何ィ? そんなバカな! 伝説の必殺奥義がぁ!」叫ぶリーゼント。
ただの中断蹴りだろうが。
「ええい、風紀委員補佐はバケモノか!」メガネを持ち上げる不良。
「達矢さん! すごいです!」と史紘が目を輝かせる。
……とはいえ、俺の方から攻撃する方法が無い。
何せ、戦闘を好まない人間だからな。
不良に勝てるレベルの喧嘩の方法なんて知らないのだ。
ただ、避けて、受け止めるくらいしか知らない。
そして、その方法ではどうやっても勝てないことを知っている。
さて……どうするか。
まつりの動きに比べて、ハエが止まるくらい遅いので、あと五分くらい延々と避けることくらいは可能だが、それでは何の解決にもならん。
ここは、俺から攻勢に転じるべきだろう。
つまりは、デタラメな拳振り回し。
何よりも、フミーンを守るために。
これは、正当な防衛というものだ。
「行くぞ、うりゃあああああ!」
と、その時だった!
俺の目の前に居る不良の顔面にオレンジ色のピンポン玉が当たったかと思った瞬間!
俺の頬にもピンポン玉が直撃する感触があった。
ペチン!
可愛い音がした後、すさまじい衝撃。頬にめり込んだピンポン玉のおかげで、俺の体は宙に浮いた。
俺と不良は宙を舞った。
ドサァ。
俺は倒れ、すぐに起き上がる。
すると、近くの家の二階の窓から、制服姿の上井草まつりが降ってきて、アスファルトにストっと着地して、
「ヒトん家の前でうるせぇんだよ! 目ぇ覚めちまったじゃねぇか!」
と言って、不良二人を拳でボコボコにしていた。
なるほど、ここは上井草まつりの家の前だったか。
逃げようとする不良。
しかしまつりは逃がさない。
「ひぃい! ごめんなさい」
「お許しをぉ!」
土下座した二人を足の裏でゲシゲシ蹴とばす女の姿があった。片方の髪型は見る影もなく崩れ去り、もう片方のメガネはレンズが割れてしまっている。
まつりは無念そうに、
「ったく……今日は昼まで寝る予定だったのに」
いや、今日は授業ある日だろうが。
まつりは風紀委員なんだからサボリはよくない。
「おらぁ、お前ら、まだ騒ぐ気か! 殺すぞ」
「ハ、ハイィ。すみませェん!」
「ごめんなさいぃい!」
フミーンをカツアゲしようとしていた二人は、フミーンの携帯電話をあっさり放り投げ、逃亡して行った。
携帯電話がカラカラと斜面に転がる。
ううむ、恐るべし、上井草まつり……。
「で……あんたら、何してんの?」
まつりは、俺とフミーンに訊いた。
「あ、カツアゲされてました」とフミーン。
「何だよ。またかよ」
「でも、達矢さんが、助けようとしてくれて」
「ほう、そうか。いいぞ、達矢。それでこそ風紀委員補佐の鑑」
「ああ……はい……」
「ん?」
まつりの視線が、アスファルトに落ちたフミーンの携帯電話機に向けられた。
そして、それを拾い上げ、寸胴な猫のストラップを掴み、
「かぁわいい。これあれだろ、RUNちゃんの。いいな、いいなコレ。フミーンのだろ。あたしにちょうだい」
とか言った。
さっき、史紘が「宝だ」と言った限定レアグッズである。
「え……そ、それは……」
「『ハイ』でしょ? 風紀委員補佐なんだから」
「えっと。まつり様になら、いいですよ。あげます……」
おい……宝なんじゃなかったのか……。
「ようし、偉い。それでこそ風紀委員補佐」
つくづく良いことねぇな。風紀委員補佐って……。
まつりは、その戦利品を携帯からブチッとちぎってスカートのポケットに入れた後、フミーンに携帯を投げ渡し、フミーンはそれを慌てつつ落としそうになりながらも何とかキャッチした。
そしてまつりは、
「それはそうと、二人とも。今日転校生が来るらしいよ」
とかいう情報をくれた。
「転校生……?」
大場蘭の顔がよぎった。
「まさか……な」
いやしかし、この展開なら、大場蘭が来るのはむしろ必然のような気もしている。
「ん? 心当たりでもあるの? 達矢の知り合いなら、風紀委員補佐にしてあげてもいいわよ。もちろんテストするけど」
「良いことねぇだろ……風紀委員補佐になっても……」
「そうかしら?」
「そうだよ」
どう考えてもな。
「女の子って話だけど、どんな子かなぁ」
楽しみ、といった様子で言った。
「まあ、この町に来るくらいだからな、変な女だろ、たぶん」
「むかつくこと言ってんじゃねぇよ!」
げしっ。蹴られた。
すみませんと謝った。
「あ、まつり様、もう時間ないですよ。遅刻してしまいます」
「む、そうか。ちょっと待ってろ。着替えてくる」
「着替え? 既に制服じゃねぇか」
「これはパジャマ用の制服なんだ」
「……へぇ……」
何か、不思議なことを言うなぁ。
「達矢さん。まつり様は、制服を何着も持ってるんですよ」
「そうなのか?」
「そう。だからちょっとそこで待ってろ」
まつりは言うと、引き戸を開けて家の中に入った。
「カッコイイですよね。まつり様」
「……そうだな」
まつりは、また制服姿ですぐに出てきた。
パジャマとの違いが全くわからんが……。
なんでずっと制服なんだろうな。考えようによっては、制服でいることで、学校から下校したことにならないから、ずっと学校にいることになって、そのくらい学校が大好きなのかもしれん。
なんてな。学校大好きなやつが、サボろうとするはずないから、そんなわけないか。
「おまたせ。フミーン。時間大丈夫?」
「何とか間に合う時間です」
「そうか、よぅし。早歩きだ!」
言って、拳を天に突き上げて歩き出した。
俺とフミーンは二人、彼女の後に続いて歩き出す。
なんか、RPGなゲームとかのパーティみたいだな、とか思った。
いやまぁ、戦闘なんかしないだろうが。
万が一戦うとしても、戦えるのはまつりだけだ。