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RUNの章_5-2

 大場蘭と別れた後、俺は病院に来ていた。


 フミーンの部屋にある『ランちゃんシアター』を見に来たのだ。


 ドアをノックすると、フミーンが出てきて、


「あ、いらっしゃい。達矢さん。準備はできてますよ」


「おう、今日は、よりランちゃんのことを知るためにやって来たぞ」


 フミーンには、彼女が犯した過ちのことは言わないでおこうと思う。


 どうも熱狂的ファンのようだからな。突然のショック死とかされたら困るし。


「どうぞ。座ってください」


「おう」


 (うなが)され、俺は昨日と同じようにベッドに座った。


 画面には、光を受けて輝く大場蘭の姿が映し出される。


 やっぱ、すごい。歌は上手だし、可愛いし。昼間出会う現在の彼女からは考えられないような。


『歌う資格は……無いかなって……』


 屋上での彼女の言葉が、脳内で再生される。


 ……本当に、そうなのだろうか。


 歌う資格が無くなってしまったのか。


 俺自身は、そんなことは無いと思ってはいる。


 でも、彼女自身が、応援してくれたファンの存在を裏切ってしまってると思っていたら、やっぱり簡単に復帰なんて考えられないのだろう。


『ありがとーっ!』


 歌い終えた画面の中の女の子が叫んだ。


「彼女、僕らと同い年なんですよ。正直、生きてる世界が違う感じがしますよね」


 そんなことはないと思った。彼女だって、一人の女の子で、人並みに悩み苦しんだりする……。


 でも、そう思うのは、俺が画面を通さない彼女に屋上で会っているからなんだろう。


 フミーンはとても残念そうに、


「どうして引退なんてしちゃったんでしょうねぇ」


「……まぁ……人間だからな、歌えなくなることもあるんじゃないか? ほら、ストレスとかで」


 実際は、悪いことしてしまったからだが。


「でも、ストレスなんかに負けないくらいに、ランちゃんは歌が好きなんですよ!」


「そ、そうっすか……」


「見てください。この雑誌インタビュー」


 フミーンは言うと、俺に、音楽雑誌の中の一ページを見せてきた。


「この中でRUNちゃんは、『歌うことは生きることそのもの。言えてしまうくらいに、歌が好きやねん』と言ってます。そんな彼女が、何の理由もなしに歌をやめるなんて考えられないわけですよ。そんな原因を作った人は、くたばってしまえば良いんですよ!」


 熱狂的ファンは、本当に恐ろしいもの。


 まさか、おとなしそうなフミーンから、こんなにも過激な言葉が出てくるとは思わなかった。


 ただ、彼女の引退の原因を作った人がくたばらねばならないのなら、それは、大場蘭本人がくたばらねばならないということになるが。


 まぁ、何度も言うようだが、そのことは言わないで良いだろう。


 フミーンもこの町で生きているのだから、いつか二人が出会うこともあるのだろうか。その時に、フミーンが彼女の秘密を知ってしまったらどうなるのだろう。


 ちょっと、想像できない……。


「そろそろ、帰るかな」


 俺は呟き、立ち上がる。


「あ、僕、明日も登校できそうなんで、また明日、学校で」


「ん、ああ、そうだな」


 で、二歩くらい歩いた時、ふと気になって立ち止まる。


 こいつ、一体何の病気で入院してるんだろうか、と。


「なぁフミーン。お前って、何の病気で入院してるんだ?」


「いやぁ、大した病気ではないですよ」


「病名は?」


「少なくとも言えるのは……僕は、ランちゃんの歌が無いと生きていけない人間なわけですよ!」


「いや、ふざけてないで真面目に答えろ」


「じゃあ、秘密です」


「言えない事情でもあるのか? こう、他人に伝染するとか」


「だったら、どうします?」


「どう……って……困る」


「大丈夫ですよ。他人に伝染する病気ではないです。治る見込みは、ほとんど無いですけど」


「死んだりする病気ではないんだろ?」


「さぁ、どうでしょう」


 言って、史紘は笑った。





 寮に戻って夕食を済ませた後、部屋に戻って考える。


 大場蘭のことと、風間史紘のこと。


 主に、史紘のこと。


 さっき、笑って言った「さぁ、どうでしょう」は、どんな意味を持つのだろう。


 まさか、本当に死に至る病だなんてことはないだろうが、あの意味深な笑顔が気になる。


 まぁ……いいか。


 仮にどんな病だとしても、俺は医者じゃないんだ。


 現実的に考えれば、何を知ったところで、どうすることもできないだろう。


 ただ、今の俺とフミーンの関係は、大場蘭という歌手が好きな者同士ってところではあるが、まだそんなに踏み込むような間柄じゃない。


 友情だの心の交流とか言ってるけど、本質的には侵略だ。


 可侵領域への相互侵犯を一般的に薄っぺらい友情と呼ぶ。


 不可侵領域への踏み込みと認め合い――理解しているかは置いておいて――を果たした二人を、親友と呼んだりするケースもある。


 いずれにせよ、他人と深く関わるには、傷つけずにはいられないってことだ。


 思うに、まだそんな段階じゃないだろう。


 知り合って間もなくて、何よりも、史紘は俺にランちゃん大好きなことを語ってくれたが、俺は史紘に何一つ語っていないのだから。


 しばらく一緒にいれば、自然に距離が近付いてくるものだろう。


 まぁ、何て言うかな……。


 要するに……単純に、ビビッてるだけだ。


 こわいんだ。


 フミーンが壊れてしまうのが。


 だから、大場蘭とフミーンを会わせたくない。


 そう思ってる。


 さて……とりあえず寝るか。


 明日は久々に学校に登校せねばならない日だ。


 俺は布団を広げて、寝転がった。


 今宵も頭の中を、大場蘭の烈しくも優しい歌声が流れ続けている。


 明日も、屋上に居るだろうか。




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