RUNの章_5-1
早朝に目覚めた。
今日も休日。授業は無い。
雨は弱まりながらも昨日から降り続いていたようで、少し肌寒さを感じる目覚めだった。
休日二日間の天気が崩れるってのは、何となく損した気分になるぜ。
と、その時である。
ぐるぐると腹が鳴って、空腹を告げ、カップそばのお世話になった。
生徒会長にして寮長にして級長の伊勢崎志夏が、町のど真ん中で空気汚染発生中だから避難しなければならないみたいなことを言っていたが、その空気汚染なんてのはデマだって話もしていた。
まぁ結局、町がどんな状況に置かれようが、俺にできることなんてたかが知れているわけで。
とはいえ、汚染発生とされているのは、いつも風が吹き抜ける坂道。みどりの店のある商店街のあたりって話だから、ランちゃんに会うために学校行くついでに様子でも窺ってみようと思った。
朝食、後、部屋でダラダラ。
昼になり、降っていた小雨も上がり、空が晴れた。
良い天気が戻ったところで外に出て、俺は学校へと向かった。
途中、笠原商店に寄ろうかどうしようか迷ったが、店番が誰も居なかったので、直接学校に向かうことにした。
一刻も早く大場蘭に会いたかったというのもある。
学校に着いた俺は、階段を上って、上って、屋上へ向かう。
戸を開けて、屋上に出ると、既に大場蘭が居た。
痛んでボサボサの髪が風に揺れている。
相変わらず、元気の無い感じだ。もしかしたら、昨日ライブ映像を見たことで、より元気無さそうに見えているのかもしれない。
「おっす、大場蘭」
横に並んで手すりを掴み、声を掛けてみる。
「あ……戸部達矢……だっけ」
「そうだ。憶えてくれたんだな」
「まぁ……」
「そういやさ、思い出したんだが、お前、昔に歌手やってたんだよな」
「あァ……昔ね」
何となく目を逸らされた気がした。
「単純な興味なんだが、何で歌、やめちまったんだ? あんな素敵な声を持っているのに」
フミーンの話では、事務所とのトラブルがどうのこうのと言っていたが……。
「あァ……それね……ま、大した話じゃないねんけどな」
そして、彼女は語りだした。
「ウチな、めっちゃ働いたんよ。めっちゃ忙しくて、何ていうか、権藤・権藤・雨・権藤ってカンジで」
使う言葉が時々微妙に超古いな、この子。
「そいでな、目ぇ回して倒れそうなくらい歌って、歌って、休む間もなくって、なのに、もらったお給料がな、あまりにも安かったんよ」
「そうなのか……。まぁでも、その世界、そういう話、たまに聞くけどな」
「うん。でな、ウチと同じように働いても働いてもお金もらえん子、同じ事務所に結構おってな」
「それで?」
「正義心に駆られたんやろな……義憤ってのかなぁ……インターネットのとある掲示板に『○○(会社名)背中から撃ち殺したる。』って内容のことをちゃちゃっと書き込んだんよ」
「……おい……それって……脅迫……」
かなり重い犯罪だ。
「うん。刑事はんが来てな、威力なんちゃら妨害とか何とかで補導されてもうた」
「……バカだろ」
「てへへ」
照れるところでもねぇだろ。大反省すべきところだ。
「事務所が事件自体を揉み消して、ウチは震える手で引退表明のFAXだけ送信したんよ『私自身の都合で引退します』ってな。我ながら大馬鹿やったわー」
頭をかきながら、言った。
「ああ、庇いようのないほどのバカだな」
「うん。そいでな、しばらく、わりと長いこと自宅謹慎した末に、更生のためにこの町に送られてくるハメに……」
言って、溜息を一つ吐くと、大場蘭は黙り込んだ。
最初は、フミーンが言うように、何かしらの落ち度が事務所にあったのかもと思っていたが、話を聞いて考えが変わった。
こいつが悪い。
全く同情できない。
脅迫書き込みは許される行為ではないぞ。
歌が上手かろうが何だろうが、犯罪は犯罪だ。
沈黙を破ったのは大場蘭だった。
「反省は……反省はしとるんよ。でも……」
「でも……?」
「もう、歌う資格は……無いかなって……」
強風吹き上げる中、大場蘭は白い空を見上げてそう言った。