幕間_14_まつりちゃん庶務に励む
※章の途中ですが突然の幕間です。
普段のまつりちゃんの横暴ぶりとかダメっぷりです。
上井草まつりは、腕組をして相手を見下ろしていた。
「おい、手伝えよ」
風紀委員補佐の風間史紘は休みだったし、もう一人の補佐、戸部達矢も既に寮へと帰ってしまった。さらに手下の宮島利奈は、どうせ学校に来ていないだろうということ、友人の笠原みどりは家の手伝いをするためにさっさと帰ってしまった。それらのことを考え、こうして下級生の教室にやって来た。
つまり、凶暴で知られる上井草まつりは、気まぐれを発揮して穂高緒里絵をとっ捕まえて、校内電灯交換をこなすことにしたわけだ。
散歩という名の校内パトロールは、何も不良をぶっ飛ばしたり、不良とのストレス解消バトルのためだけにしているのではない。実は、蛍光灯が切れていないかとか、壊れた窓が無いかとか、いちゃついている男女が居ないかを見張るためという目的もある。
この日のパトロールで、切れかけている蛍光灯、蛍光灯が盗まれている箇所、そして叩き割られた蛍光灯を見つけた。
普段は放っておけば笠原みどりやら生徒会長やらが交換してくれるのだが、たまには他人に感謝されたかったのかもしれない。まつりが自分から蛍光灯交換をしようと決めたのだ。
「にげちゃダメかにゃん?」
「ころすぞ」
「うにゅん、こわいにゃん」
というわけで、上井草まつりと穂高緒里絵による蛍光灯交換作戦が開始された。
必要なもの。脚立と蛍光灯。それらを持って、歩き出す。重たい脚立はまつりが持ち、箱から取り出された新品蛍光灯の束は緒里絵が持った。
まつりが歩くたびにガタガタとボロい脚立が音を立てる。緒里絵が歩くたび、がっちゃがっちゃと蛍光灯同士がぶつかり合う音がする。
「いい、緒里絵。現場についたら、ちゃんと脚立おさえてなさいよ。それだけでいいんだから簡単でしょ」
「うむにゅん」
しかし、該当箇所に到着するまでもなく、やらかした。
ガシャンパリイン!
穂高緒里絵は何も無いところで足をとられて転ぶと、手に持っていた蛍光灯をぶちまけた。ことごとく割れて白い粉が舞った。
「はうっ、痛いにゃん。膝うったにゃん」
「おい、脚立おさえる以前の問題か」
「はにゃん、でも、あたし悪くないにゃん。元はと言えば、あたしをこのお手伝いに起用したまつり姐さんが悪いんだにゃん」
「何言ってんだ?」
「いま、任命責任が問われてるんだにゃん」
すると上井草まつりは、おもむろに担いでいた脚立を置いて、緒里絵を捕まえると、緒里絵の頬をギュウギュウと引っ張り始めた。
「おーりえー。お前いい加減にしろよぉ」
「ひた、はう、ひたい、ひたたたたたっ」
頬を引っ張られて涙目で痛がる緒里絵。でも緒里絵もどこか嬉しそう。
しかし、いつまでも頬を引っ張っていてもしょうがない。本当は引っ叩いた挙句、小便もらすまでくすぐりまくって、逆さづりにしたいくらいイラついたが、とにかく、いつまでもお仕置き行動を続けていても、何も生まれない。
このままでは、学校の備品をイタズラしてぶっ壊したことになるだけ。何とか手を打たなくてはと考える。
「おりえ、お前さ、ちょっとあたしの家に行って、蛍光灯とってこいよ」
「はれ? でも、まつり姐さんのお店、テレビしかないにゃん」
「んなことない。店頭に出てるのはテレビだけだけどな、店の奥に行けばあるから」
「わかったにゃん」
そして緒里絵は、廊下を走り去って行った。
上井草まつりは、ひとつ溜息を吐いて、歩き出す。
――せめて、あっちで叩き割られていた蛍光灯を回収しとくか。落ちたら危ないからな。
脚立を担ぎ上げ、その場に砕け散った蛍光灯の破片を片付けることなく歩き出した。
頭上に、割れて外れかけた蛍光灯があった。まつりは、脚立を準備して、一段ずつよじ登る。頂上に着いた。
さすがのまつりでも、ジャンプして壊れた蛍光灯をキャッチして着地なんていう意味のわからない行為に及ぶことなく、あくまで安全に事を運ぼうというのである。
ボロい脚立をおさえてくれる人が居なくても何とかなると踏んで、蛍光灯に手を伸ばした。
今にも壊れそうな脚立はギチギチと音を立てて震えたりしていたが、仮に穂高緒里絵が抑えていたところで、何が変わったわけでもないだろう。
と、そこに通りかかったのは、戸部達矢である。
達矢は、まつりの背中を見て、その制服の腕に入った三本ラインを確認。それが風紀委員だと確信した。
「ん、まつりじゃねぇか。何してんだ」
まつりは、達矢を一度見下ろした後、再び蛍光灯を外す作業に戻った。
「達矢か。ちょっとどいてろ、危ないぞ。蛍光灯の破片とかポロポロ落ちたりするから」
しかし、達矢はまつりの下から動こうとはしなかった。
まつりは、蛍光灯を取り外す。
達矢は、下から見上げる。あごに手を当てつつ、何かを観賞するようにフムフムと頷いている。
ぶっちゃけ、下着をのぞいていた。
「まつり、そういう仕事をする時は、短パンとかジャージとか、穿いたらどうだ。俺は嬉しいけどな」
思わず、持っている蛍光灯を落とした。
落ちた蛍光灯は、既に割れていたのに、さらに細かく砕け散った。破片のひとつが、達矢の足にぶつかった。
「おわ、おま、あぶねーな。まつり」
しかし、上井草まつりは謝罪などしなかった。言うまでも無く、怒りに震えていたからだ。
「見たのか」
「何をだ」
「何をって……」
「パンツのことか。見せてたんだろ。変態だな、まつりは。ははは」
「くっ」
「紫、好きなのか?」
「逮捕ぉ!」
叫んで、まつりは脚立を蹴って飛び上がった。前方宙返りをするように飛んだかと思ったら、上に向かって足を伸ばし、まるで床を蹴るようにして天井を蹴飛ばして猛スピードで達矢に襲い掛かった。
「ちょ、まって、でもスカートで脚立で不真面目なお前が何か仕事っぽいことしてるとか、もう見せようとしてるとしか思えな――げふぅ!」
達矢の体が、木枯らしに飛ばされた落ち葉のように転がり、すぐ近くにあった壁にぶつかって跳ね上がった時、脚立は新体操選手の開脚のごとく真っ直ぐに床と密着していた。
達矢は暴力によって気を失い、うつ伏せでピクピクと震えている。
まつりは、ゆっくりと達矢に歩み寄り、腕を掴むと、
「取調べだこの野郎。たっぷり絞ってやるからな」
そう言って、鼻血を流す達矢の体をズルズルと引きずって去っていった。
壊れた脚立と、いくつもの破片を残して。そして、天井から未だ取り外されていなかった割れた蛍光灯のもう半分が落ちて、光沢のある床にザクリと、奇跡的に突き刺さった。
上井草まつりは、善行に励もうとしたつもりだった。しかしながら、生み出したのは、散らかった廊下二箇所や怪我人。脚立まで壊した。
さんざん散らかしといて悪びれることなく、暗い部屋で達矢をシメている。
なお、穂高緒里絵は面倒になったようで、まつりの言いつけを守らずに草原に寝転がったりしていた。鍵が開いておらず、まつりの家に入れなかったというのもあるにせよ、あまりやる気や責任感は無かった。
残念なことに、まつりが良いことをしようと動いても、より悪い結果になることが多いのだ。
こういう時に、後始末をしているのは伊勢崎志夏と笠原みどりである。
まず、志夏が散らかった状況などをチェックし、美化委員だからという理由で笠原みどりを呼びつける。
そして掃除させるのだ。
上井草まつりの知らないところで、笠原みどりがどれほど苦労しているか、まつりは知らない。
いつか知る日が来ても、きっと「ありがとう」や「ごめん」なんて言えないだろうと、みどりは諦めている。
一人、廊下を片付けるみどり。
溜息で塵が舞う。
箒が、破片を集めていく。
今日も、風車の町では日常が流れて行く。
【まつりちゃん庶務に励む おわり】




