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RUNの章_4-4

 で、ショッピングセンターの前を横切って、坂を少し登り、病院に来た。


「あ、風間さん、おかえりなさい」


 受付のナースさんが(ほが)らかな笑顔で迎えていた。


「あ、どうも。あの、友達を連れて来たんですけど……」


 ナースさんが「お名前は……」と訊ね、俺の代わりにフミーンが「戸部達矢さんです」と答えた。


「わかりましたー」


 ナースさんは、何やら名簿みたいなものに俺の名前を書き込んだ。


 受付を終えた後、エレベーターに乗って三階へ。


 303号室と書いてある表札の下に『風間史紘』の文字があった。


「見てください。この部屋番号も、ランちゃんの誕生日から選んだんですよ」


 三月三日だから303……か。


「そうっすか……」


 何だか、こわいよ。


 熱狂的なファン魂、こわいよ。


 で、病室に入ると、そこは……本当に病室かと疑うような光景だった。


 何だか、『RUN!』という大きな文字が躍り、マイクを握った大場蘭の姿が写った巨大なポスターがあったり、カレンダーも大場蘭だったり。


 そこに写っている女の子は、なるほど、確かに屋上で出会った女の子によく似ていた。


 どこかで見たことあるわけだ。本当にアイドルだったんならな。


「えっと……まず、素人にはこれがいいかな……」


 史紘は何やらプラスチックのボックスの中から、ビデオを取り出し、それをビデオデッキに差し込む。すると、病室にはマッチしないような超大画面薄型液晶テレビに映像が映し出された。


 フミーンが電気を消したようで、部屋が暗くなる。


「昔のなんで、あまり、綺麗な映像ではないですけど……」


 そして、立派なスピーカーから音が響く。さながら、ホームシアターのような部屋であった。


 病室を完全に私物化してやがる。


「始まりますよ。見ていてください」


「あ、ああ」


 とても、「いいえ」と言える状況ではない。強制的に鑑賞させられようとしている。


「あ、よかったらベッドに座って下さい。立ったままだと疲れますよ。四時間あるんで」


「四時間だと!?」


「ええ。伝説のライヴ映像ですから」


「えっと……あ、はい……」


 俺は、普段風間史紘が座っているであろうベッドに座った。


 ~♪


 暗い画面から、静かな前奏が響いた。


 そして、息を吸う音が聴こえたと思ったら、スポットライトが差した。それで画面に映し出されているのが大きなホールの舞台であることがわかった。


『~♪』


 綺麗な、声。


 歌、うまい。圧倒された。引き込まれた。一瞬にして。


 アイドルではない。これは、歌手。


 繊細で、ブレなくて、でも揺れて。


 流れるように。


 バラードというやつだろうか。


 そして、あっという間に一曲目が終わった。


 大歓声の中、すぐに、次の曲に入る。


 一曲目とは打って変わって、ロック調の激しい音が響く中で、カラフルライトを浴びながら、


『皆、行くよー!』


 叫んだ。


 そして、跳ねた。大きく息を吸って、歌い出す。


『~♪』


 歌、うまっ。


 そして表情も、力がある。


 何というか……好きだ。


 この、歌が。この、姿が。この、女の子が。


 本当に、これが屋上で出会った大場蘭なのか。


 とてもそうは思えない。


 輝き過ぎている。


 それは、俺のような素人から見ても、伝説のステージと呼ばれるに相応しく、ただただ、彼女に圧倒されている自分が居た。


 今まで、彼女のことを知らなかったことを恥じたいくらいに。





 二曲が終わったところで、「どうですか」とフミーンが訊いて来た。


「どうもこうも……すげぇよ、この子」


 本当に、そう思った。


「そうでしょう」


 満足げだった。





 というわけで、結局、四時間……。


 食い入るように見てしまった。


 ビデオが終わると、カーテンが開けられる。


 もう、外は真っ暗だった。


「お……やば、もう、帰らないと……」


「え? ああ……もうですか?」


 確か、寮には門限があった気がする。


 それを破ると、退寮まではいかないまでも寮の掃除等の強制労働が待っているらしい。


 よく不良どもが床をバイクのエンジン音みたいな声を発しながら雑巾がけしていることがあるのは、きっと寮のルールを破っているからだろう。


 共同生活には、それなりのルールが存在する。


 俺は、更生しにこの町に送られて来たのだから、それを破るわけにはいかない。今のところ真面目に過ごしているのだから、それを継続しなくては。


 もう少し、ランちゃんの勇姿を見ていたいという気持ちもあるにはあるが……。


「ありがとな。フミーン。いいもん見せてもらった」


「すごかったでしょう。でも、ランちゃんのポテンシャルは、まだまだあんなもんじゃないですよ」


「あれでも十分感動に値したけどな」


「生で歌声を聴けばわかります。あんなものじゃないんです。本当に、勇気を与えてくれる歌なんです」


「そうなのか……」


 是非、聴きたいと思った。生で。彼女の歌声を。


 明日、彼女は屋上に居るだろうか。


「よかったら、明日も来ますか? まだまだRUN(ウェイ)は奥が深いですよ」


 RUN(ウェイ)って何だよ……。


「そう……だな。じゃあ、また明日来るよ」


「はい、待ってます。この部屋で」


「おう。それじゃ、またな、フミーン」


「はい」


 俺は、病室を後にして、薄暗い廊下に出て思い出した。


 そこが病院だったことを。





 暗い夜道を歩いて、寮に戻った。


 そして、布団を敷いて、その中に潜る。


 夕飯も食べずに。


 俺の頭の中には、フミーンに見せてもらったビデオの大場蘭の歌声が未だ鳴り響いていて、それくらい、俺には衝撃的な映像だった。


 ただのライブ映像と言えばそうなのだが、画面の中の大場蘭は、輝いていて、俺は彼女に恋のような感情を抱いた。


 そう、あくまで画面の中に居る彼女に。


 屋上での、雨に打たれる姿は、画面の中の大場蘭とは重ならない。


 変わってしまっているように見えた。


 アイドル歌手が、こんな町に居るなんて、彼女に何かがあったのだろうか。


 何かあったんだとすれば、一体何があったのだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は眠りに就いた。




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