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RUNの章_4-3

 雨の中を帰り道をぼんやり歩いて……湖へ行った。


 本来なら、湖に着く前に左に曲がると寮に到着なのだが、雨に打たれすぎて水が恋しくなったのだろうか。


 ただ単に、ぼーっとしすぎていたら、左折するのを忘れて湖に突き当たってしまっただけかもしれない。


「何やってんだろうな。俺」


 そもそも、この町に来ることになってしまったこと自体に対して、「何してんだろ」と言いたい。


 と、その時、背後から男の声がした。男の中では高い声で、なんだか弱そうな声。


「あれ? 達矢さんじゃないですか」


 振り返ると、風間史紘の姿。


「おう……フミーンか。こんな所で何してんだ?」


「いや、それは僕のセリフですよ。どうしてずぶ濡れで歩いてるんですか?」


「ん、ああ、それは、ほら……何となく濡れたい気分の時って、あるじゃん」


「中学の時にそういうこと言ってるクラスメイトが居ましたけど……」


「ほう、そいつとは仲良くなれそうな気がするぜ」


「そうですか」


「それで……お前は何をやってるんだ?」


「僕は、散歩です。日課の」


「なんだ、年寄りみたいな奴だな」


「そんなことないですよ」


 まぁそうか。俺も朝の散歩に出かけたので、俺が言うのもおかしいか。


「じゃあ、病人みたいな奴だなって言った方が良いかな」


 よくマンガとかドラマとかだと、病人は散歩ばかりしているイメージがある。


「そうですね。病人ですし」


「え? そうなの?」


「言ってませんでしたっけ? 僕は病気の治療のためにこの町に来たわけで……」


 げ、そうだったのか……失言したかな……。


「あ、気にしないで下さい。大した病気でもないので」


「そっか、じゃあ、その病気が治ったら、お前はこの町を出て行っちまうわけか……」


「はい」


 フミーンは平然と頷いた。


「でも、まだしばらくは居るんだろ?」


「そうですね」


「お互い、頑張ろうな。風紀委員補佐」


「はぁ」


「ところで、フミーン」


「何です?」


「大場蘭って名前に聞き覚えあるか?」


「ファンです」


「ん? ファン? 扇風機?」


「ぇ……」


 言葉を失ってしまったぞ。


「あっ、何か不安なことでもあるのか、大場蘭という名前に対して」


「は?」


 顔をしかめられたぞ。


 そして、フミーンは言うのだ。


「大場蘭と言ったら、あのアイドル歌手・RUNの本名でしょう! 僕は、彼女のデビュー時からずっとファンですよ!」


 何だか興奮した口調だった。こんなに興奮するイメージは無かったのだが。


「って、アイドル歌手だと?」


「そうですよ! 誕生日は3月3日! 血液型はAB型! ショートカットで関西弁がチャーミングな世界最高の女の子なわけですよ!」


 やべぇ……なんだこいつ……なんだかちょっと気持ち悪いぞ。そして、あれが本当にその大場蘭なら、ショートカットじゃないぞ。セミロングくらいはあった。


「そうなのか……詳しいな」


「ファンですから!」


「そ、そうか」


「ええそうです。そうですとも。RUNちゃんは作詞作曲もできる実力派アイドルとして一世を風靡! でも、ある時からテレビに出なくなってしまったんですよ!」


「何だ、麻薬でもやっちまったのか?」


 音楽家にありがちなイメージだからな。麻薬。


「はい、その説もあるんですけど」


 あるんかい、冗談が通じない町だなほんと。


「でも」と風間史紘は続けて、「僕の得た情報によると、ランちゃん本人が事務所とモメて、それで干されてしまったらしいです。これは、ファン仲間からの情報なんですが、その人がランちゃんの事務所の隣にあるメイドカフェに通っていたのでかなり信憑性のある情報ですよ。それで、そのランちゃんがどうかしましたか?」


「この町に居るかもしれん」


「何ですってぇええええええええ! ゲホ、ゴホ、ゴホ……」


 咳き込んでいた。


「だ、大丈夫か? 興奮しすぎだぞ……」


「達矢さん! 何で冷静で居られるんですか! あのランちゃんですよ! 国民的アイドルじゃないですか!」


「そうなんだ」


 あまり、テレビとか見ないからなぁ。というより、以前住んでいた家には俺が自由に見られるテレビが無かったから、芸能方面には疎いのだ。


「そうなんだ、じゃないわけですよ! 見てください! この携帯ストラップ! ランちゃんの肩に乗ってる『ずんどうねこ』の限定二百個しか生産されていないレアな品物ですよ!」


 言って、携帯電話にくっついた携帯のストラップを見せ付けてきた。


 確かに、寸胴な猫のストラップが付いてるが。


 ていうか、この町って携帯電話圏外で意味ないんじゃなかったっけ。


 ということは、それでも持ち歩きたいくらいにランってアイドルのファンというわけか。


「か、かわいいな……」


 この猫のキャラクターが。とても可愛い猫だ。くりっとした瞳が、何かを語りかけている気がする。そして、さっきの大場蘭の時計にもこの猫が描かれていたような気がする。


「そうっすよ! ランちゃんはとても可愛いんです! ランちゃんは悪くないです! 事務所が悪いんですよ!」


「そ、そうっすか……」


「達矢さん。ちょっと来て下さい。ランちゃんの素晴らしさがわかっていないようだから、教えてあげます」


 史紘は言うと、俺の腕をガシっと掴んだ。


 簡単には振りほどけないような、強い力で掴まれている。


 そして、腕を引っ張られた。


「ちょ、ちょっと、フミーン、どこに行くんだい?」


「病院です!」


「なっ、まさか『ランちゃんに興味が無いなんて病気だ』とでも言うつもりか」


「それもそうですけど、そういうことよりも、僕が入院している病室に、ランちゃんのDVDやビデオがいっぱいあるんですよ!」


「へ、へぇ、そうなんだ」


「見ればわかりますって! ランちゃんがいかに素晴らしいか!」


 本当にアイドルなのか?


 別にそうは見えなかったけどな。どこにでも居る感じの、普通の女の子……いや、雨の中で風景眺めてるようなちょっと酔狂な女の子ではあったけど……。




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