上井草まつりの章＿１－６
で、昇降口に放置されっぱなしだったスニーカーを履いて急な坂を下る。
風車並木を越えて、少し降ると、坂が緩やかになる。
そこにあるのが商店街。
事前に調べた情報によると、電車もバスも走っていないこの街だ。この麓の商店街が最も多くの商店が密集した場所らしい。わかりやすく言えば、この街で最も栄えている場所。目的地の『笠原商店』ってのも、多く軒を連ねる店の一つだろう。
それにしても、今日は多くの出会いがあった。
まぁ転入して来たんだから当然だが。
屋上で俺を踏みつけた紅野明日香。
廊下で俺を撥ね飛ばした上井草まつり。
優しそうな級長、伊勢崎志夏。
三人を覚えるだけで俺の容量の少ない脳みそは今にも悲鳴を上げようとしている。
嘆かわしい事だ。かわいそうな俺の脳みそ。
と、そんな事を考えている間に、目的地に到着。
色あせた看板に大きな文字で『笠原商店』と書いてある。
引き戸をガラガラっと開けると、視界には、文房具とか、お菓子とか、生活消耗品とか、飲み物等、幅広いジャンルの商品が並べられていた。ＣＤやゲーム機とかまである。所謂、何でも屋みたいな店なのかな。都会でいうところのコンビニ、みたいな。
そして、
「あ、戸部達矢くん」
俺の名を知ってる人が立っていた。俺と同じ位の年齢の女子で、制服の上にアイボリーのエプロンを着けていた。どうやら、店員さんのようだ。
「えっと、もしかして、同じクラスの笠原さん？」
「はい。笠原みどりです」
どうやら、彼女が俺に上履きをくれるはずだった女子、笠原みどりということらしい。しかしその時、俺の脳みそは四人目の特定女子の出現にキィキィと悲鳴を上げていた。
で、笠原みどり。そしてこの店は笠原商店。つまりそれは、
「看板娘というやつか！」
俺は興奮気味に言った。
「えっと……そういうことになるかな……」
「憶えやすい属性が付いていると助かる」
「へ？」
「ああ、いや。こっちの話だ。それで、受け取りに来たんだが」
「上履きね。はい、これ」
まるで用意されていたかのように、一瞬で差し出してきた。
「お、おお。サンキュ」
「あと、その靴」
「ああ、なかなかお目が高い。これはお気に入りだからな。渡さんぞ」
素敵スニーカーを自慢した。
「……学校指定の革靴以外、履いちゃダメっていう規則があるんだけど」
「何だと！」
あんな坂道を、毎朝革靴で往復しろってのか！
拷問に近いぞ！
「ちょっと待っててね」
言って、笠原みどりは店の奥で何やらガサゴソした後戻ってきて、
「はい、これ」
手渡してきた。
「サイズ大丈夫？ 履いて確認してみて」
俺は、言われた通りに確認する。
ピッタシだった。
「大丈夫そうね」
「何から何まで、ありがとな」
「どういたしまして。でも、上履きも革靴も、お金は受け取ってるし、仕事だから……」
「そうか、しっかりしてるんだな」
ところが、笠原みどりは、目を閉じ、首をぶんぶん横に振った。そして、泣きそうな声で言うのだ。
「全然っ……全然だよっ！」
「え……」
ちょっとびっくりした。
「あっ、ごめんなさい……他に、何か買って行きますか？」
みどりがそう言ったので、俺はふざけて言ってみる。
「みどりちゃんをテイクアウトしたいんだが」
「売り物じゃないです！」
断られた。
「……最低だと思います」
軽蔑された。
「ご、ごめんごめん。冗談」
「許されない冗談です」
こわい。泣いてもいいですか。
「ゆ、ゆるして！」
俺はそう言って、ガラっと引き戸を開け、逃げるように店を出た。
おこられた……。
寮に帰り、何をするでもなくゴロゴロして転校一日目を振り返りながら目を閉じた。
まず、屋上に行ったら人が降ってきた。蹴られた。
次に、廊下で女子に撥ねられた。
転校の挨拶でスベった。
級長が、優しかった。
クラスの皆が、冷たかった。
笠原みどりに、おこられた。
……散々すぎるだろ、これ。
まぁ、大丈夫。大丈夫だ。大丈夫。何の問題もない。
明日から、明日からは楽しい日々になるに違いない。違いないんだ！
