大場蘭の章_7-8
本日何度目かのチャイムが鳴った。
もう昼休み開始のチャイムである。
だが、みどりもまつりも戻って来ていなかった。
しかも、先生によると、フミーンは今日は欠席だそうだ。
キーパーソンがこうも揃いも揃って欠席となると、俺の力の及ばないところで何か怪しい計画でも進行してるんじゃないかと不安になるぜ。
ただ、RUNは――あぁ、いや、メガネを掛けているときは大場崎蘭子だったか……。
いや、でも中の人はRUNに違いはないので、RUNと呼ぶことにしよう。
で、RUNは、俺の思っているような心配ではなく、
「フミくん、どないしたんやろな。容態急変とかしとらんとええねんけど」
と、あくまでフミーンの体を心配している。
どちらかといえば、RUNがしてる心配の方が正しいものなのだろうが……。
だが俺はまだ、現実を受け入れることが出来ていないのかもしれない。
フミーンが、もうそんなに長く生きられない可能性を、心の中で消去したくてたまらないのだ。
自分の心の弱さを嘆きたくもなるが、そんな、自分の近くの人間が死ぬなんて、考えもしなかったことが起こり得ることを知ってしまって、どう動けば良いのか、わからない。
治せる力があればと思う。
でも、俺に医学的にどうのこうのなんて頭脳は無い。
人脈も無い。
無力だ。
あまりにも。
「心配やな……」
「ああ……」
「なぁ、達矢くん。こうしちゃいられんと思わへんか?」
メガネをクイッと秘書風に持ち上げながら訊いてきた。
「……どういうことだ?」
「どうって……午後の授業サボって、フミくんのところ行かへんかって意味」
授業をサボるだと?
この不良め……。
「行ってどうする」
「どうって……」
そうRUNちゃんが言ったときだった。ぐぎゅるるーとRUNちゃんの肉体が空腹を訴えた。
「とりあえず、メシでも食うか」
「ま、まぁ……そやな……食堂いこか」
「おう」
食堂に来た。閑散としていた。
「――SOLD OUT」
食堂の券売機に貼り付けられていた紙の文字をそのまま読み上げた。ネイティブっぽく格好いい感じに。
そう、売り切れである。
「嘘やろ。まだ、昼休みになったばかりやん……どういうことやねん……」
「ふっ、この学校では、早弁というシステムが一般化されているのだ。売る側も、買う側もな。つまり、昼休みには食堂なんてもんは、ほぼ全部閉店。いや、昼休みには、というか、三時間目にはもうめぼしい品は売り切れている」
「……どないしよ」
「そうだな……商店街とか、ショッピングセンターに行ってみるか」
「せやな」
というわけで、学校を出た。
商店街には、特に飲食店が見当たらなかった。
しかも、一つ見つけた路地裏のわかりにくいところにあるパン屋はシエスタ(昼休み)で閉まっていたので、湖畔の道を抜けてショッピングセンターまで来た。
ここなら、何でもあるだろう。
俺とRUNは、学校をサボり、ショーウィンドーの中のプラスチック製の見本を見比べながら、どの店に入るのか思案していた。
しかし、なかなか決まらないので、とりあえず通路のベンチで休憩し、話し合う。
「RUN、中華なんてどうだ?」
「中華の気分やない」
そうすか。
「イタリアンは」
「イタリアの気分やない」
「イギリス料理」
「そんなもの存在するん?」
「何を失礼なことを……最近はイギリスのメシも美味しくなってきたらしいぞ」
「他は?」
「ハンバーガー」
「安っぽい。他は?」
「ドイツ料理」
「お店いっぱい見て回ったけど、このレストラン街にドイツ料理のお店なんて無かったやろ」
「トルコ!」
「それも無かった」
「インド!」
「カレーの気分やない」
「スリジャヤワルダナプラコッテ!」
「それはスリランカの首都!」
「バンダルスリブガワン!」
「それはブルネイの首都!」
「博識だな」
さすが、伊達メガネを掛けているだけのことはある。
「達矢くんもな」
「ならばバンコク!」
「それはタイの首都やろ」
「だが知ってるか? 実はバンコクの正式名称って、超長いんだぜ」
ちょっと豆知識を展開してみた。
「そうなん? ピカソの本名より長いん?」
「ああ。たぶん。とにかく長い。グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国って名称よりも長い」
「どんな名前なん? バンコク」
「そんなもん、長すぎて忘れた」
「ダメやないか」
「ということで、お好み焼きとかで落ち着きませんか?」
「何がどうなってお好み焼きになるねん。ウチ、今はお好み焼きの気分やないねん」
「ほら、色々ぐちゃぐちゃって混ぜるじゃん、お好み焼きって。こう、色んな国が出てきたから全部混ぜちゃう系の食べ物が良いかなと。そういう意味では鍋でも良いぜ」
「鍋ぇ? 気分やない」
「お好み焼きは?」
「気分やない言うとるやろ」
もんじゃ焼き……もダメだろうな。
「ええい、このわがまま娘が。じゃあ一体何が良いんだ」
「そうやな……今日の気分は……フレンチ?」
「値段が高いイメージしか無いぞ」
「あ、お寿司なんかどうやろか?」
RUNは、目の前にあるいかにも高そうな店構えの寿司屋を指差した。
「まわってるやつだよな」
俺は、その隣にある、見慣れない回転寿司の看板の店を指差す。看板には『Sushi Bar』とか書かれている。
「寿司は、まわらへん」
「まわるんだよ!」
「まわらんて!」
「どう考えても高いだろうが!」
ちょっとした口論の末、RUNは溜息を吐いてから、
「ウチが払うから。それならええやろ」
そう言った。
俺は視線を宙に漂わせる。
「ま、まぁ……確かに……いや、しかし……自分の食べる分くらいは自分で……」
「いやな、ウチが無理言ってドキドキ☆真夜中の学校探検やらせてもろたからな。そいであの幽霊出たやろ。お礼とお詫びやと思ってくれたらええねん。ウチの意思で奢るんならええやろ。みどりちゃんのどうしようもなくマズい弁当味わうハメになったんも、元々はウチの責任も大きいし。な?」
なるほど。
それは奢られるには納得の理由だ。あの弁当はマズすぎた。
「そ、そうか。ならば、お言葉に甘えちゃうとしようではないか!」
正直、俺だって高い寿司は食ってみたい!
だからこれはチャンスなのだ。一生に一度かもしれないんだぞ。まわらない寿司なんて!
だから、プライドなんて考えずに、この場面は奢られたい。
美味しいお寿司が食べたい!
そして何より、もう腹ペコだから。
「そ……それじゃ、入ろうぜ」
「お寿司、久しぶりやな」
どんな悪魔も改心させそうな可愛らしい笑顔を見せながら、木製の引き戸をガララと開けた。