大場蘭の章_7-7
少しして、二人は戻って来た。
RUNは制服を着て微笑み、みどりは申し訳無さそうに笑いながら。
「いやぁ、戸部くん。ごめんねぇ」
笠原みどりはそう言って謝ってきた。
「てことは……誤解だってわかってくれたのか?」
「うん、全部、ぜんぶ理科室の幽霊が悪いというのは聞いた」
「あまりにも一方的に言われたから、どうしようかと思ったぜ」
「後でその幽霊のバカにはきつく言っておくから、許して。お願い」
両手の平を合わせながら片目を瞑ってお願いしてきた。
「それはいいが……お前……あの幽霊と知り合いなのか?」
「昔ね……色々あって……」
昔……。
「そ、そうか……」
何だかこわいので、それ以上は追及しないことにしよう。
「まぁ、ホント、何もなくてよかったわ」
「当り前だろう。俺は紳士だからな」
「それにしても……学校に泊まるなんて。あたしの家は、いくつも部屋空いてるのに」
するとRUNは、
「そんな、居候するのも悪いやんか」
「気にしなくていいのに……」
要するに、RUNはみどりが出すメシが不味いのが気に入らないのだ。これは仕方のないことである。
「……あっ」
その時、俺は、あることを思い出した。
メシという単語をキーワードにして。
「ん? どうしたの、戸部くん」
「そういえば、腹減ったな」
俺はそう言った。が、
「ちょ、ちょっと、達矢くん」
RUNが慌てている。どうしたのだろう。
そして、みどりは言うのだ。
「お弁当あるよ」
笑いながら、弁当箱を鞄から取り出している!
くっ、やっちまったぜ……。
大失言だ。まさか弁当を持ってきてるとは……。
「だ、だってさ、RUNちゃん。よかったな」
「あ、あ、いや、ウチはお腹減っとらんから、達矢くんどうぞ」
「いや、レディファーストだろここは」
「お腹減っとらん言うとるやろ!」
すごい顔でおこられたぞ。興奮した様子で肩を上下させて呼吸している。
「い、いや。しかし……」
「どうしたの? 食べても良いよ。遠慮しないで。あたし、お昼は何か買えば良いし」
「え、遠慮したいなぁ……なんて……」
「じゃあ味見程度なら。ね?」
言って、パカリと弁当箱を開けた。
おや、美味そうだが……。
ただ、RUNからの情報によると、見た目は良いけどマズいらしい。不味いと聞かされたものを好んで食べたがるほど、俺はグルメではない。
「はい、お箸」
なんと箸を無理矢理俺の手に握らせてきた。
どうやら、逃げられないようだ……。
もしや、これがRUNを泣かせた罰ということなのだろうか。
神様が居るのなら言わせて欲しい。
――不公平だ。
俺は、ウインナーに箸を伸ばす。
ウインナーならきっとマズくはないはずだ。普通に考えれば、市販のものを使っているはずだからな。
俺は、ウインナーを口に運んだ。
「!?」
わぁい刺激的な味。なんか悪い意味でスパイシー。
「手作りしてみたの、ウインナー。どう?」
「どうもこうも……」
余計なことを。市販のものを使ってくれればよかったものを!
こんなもの、ゴハンをかきこんで味を消すしかない!
まさか、料理が下手とは言っても、ゴハンにひどい味付けなんてできるわけがないからな。
「……っ」
俺は、少し茶色っぽい色のついたゴハンを一気にかきこんだ。
もぐもぐ……も――。
途中で、咀嚼するのをやめた。
ま、まずい……。
泥水で炊いたか何かしたのだろうか。何の味だ、これ……。
「調味料色々入れて炊き込んでみたんだけど」
余計なことをするな!
素人は普通に炊いてりゃいいんだよ!
白米を!
何とか口の中のものを飲み込み、
「……ちょっと……頭痛が……」
俺は思わず頭を抱えた。これはRUNが笠原商店前で倒れていたのも納得だ。心の中で、はっきり言わせていただこう。
クソまずい。センスがない。これはひどい。程がある。
「どう……かな……?」
チラチラと俺の顔色を見ているが……どう答えるべきか……。正直に……いや、それではキズつけてしまうのではないか。いや、しかし、嘘を吐けば後々面倒なことに……。ならば……ここはもう、言うしかない。
「いやぁ、珍味だな」
中途半端なことを。
するとみどりは俯いて、
「口に合わないんだね……ごめん。わかってる。あたし、料理下手で……」
とか、ブツブツと陰気に呟くように言った。
傷つけてしまっただろうか。女の子が傷ついている姿を見ると心がずきずきする。何とかフォローしなくては。
「だ、大丈夫だ。これからの努力次第で何とかなるさ!」
「本当にそう思う?」
「ああ、思うぜ!」
俺は努めて紳士的な回答をした。
「じゃあ、これからも毎回味見してくれるってことね」
「……え?」
耳を疑った。なんという、おそろしいことを。冷や汗が止まらない。
「いや……それは、できない」
「どうして?」
これはもう、言うしかない。ここまで言われたら、もう、身に迫ったピンチを回避するために、言うしかないのだ。
「マズすぎるからだ!」
「…………っ」
ずーんと落ち込んだ。床に手と膝をついた。
「こんなものは食い物ではない! ただ冒涜された何かだ」
「達矢くん、言いすぎやない?」
「なっ! ぼ、冒涜された何かって……」
「まぁ、わからんでもないんやけど……」
「RUNちゃんまで! ひどい……!」
「しかも、一度だけやろと思ったら、安定して毎回不味いねん……」
「そりゃ、もはや兵器だな……」
「うぅ……イジメ?」
みどりは上目遣いでそんなことを言うが、俺はスッパリと言ってやる。
「いや、事実を言ったまでだぞ」
「ひどい……ぅう……」
泣かせてしまったぞ。
「あー、泣ーかせたー」とRUN。
「おいおい、俺だけのせいか? お前も共犯だろうが」
「だって不味いんやもん。不味いものはマズイって言ってあげるんが優しさでもあるやろ」
「そんな優しさいらない!」
悲痛な叫びが、教室に響いた。
「まぁとにかく……この弁当は、返却させていだだく……」
「ふんっ! いいわよ! まつりちゃんのエサにでもしてやるからっ!」
と、その時、片方の口の端を吊り上げた上井草が現れた。
「「あっ」」
背後のまつりの姿に気付いた俺とRUNが声を発すると、みどりも背後を振り返り、
「げ……ま、まつりちゃん? め、珍しいね、こんなに早く登校するなんて……」
「それよりも、みどりィ。あたしが何か?」
「あっ……えっと……うぅ……あゃ……」
「その超マズい弁当を、あたしのエサにするとか何とか言った?」
「言ってない! 言ってないです! 言ったとしても、それは嘘です!」
「ええい! 問答無用!」
そして、まつりはみどりに向けてモイストの構えをした。
「――ちょっと待て、まつり。みどりにモイストはしないと約束したろ」
そう、それが風紀委員補佐になるときの交換条件だったはずだ。
「そうなん? 約束は守らんといかんで」
RUNはそう言って、まつりを責めるような視線を送る。
「だよな」
と呟き、ウヌウヌと頷く俺。
「戸部くん……」
感激したような表情をした。
しかし、風がみどりに味方することは無かったようで、
「それは、達矢が風紀委員補佐になるならって話でしょ。もう達矢はその肩書きじゃないんだから、みどりにモイストしても何の問題も無いわ!」
「あぁ、そうか。そういえば交換条件だったな」
「え……」
みどりは絶望の表情をした。
「なぁ達矢くん。モイストって何なん?」
RUNは小首を傾げた。
「見てればわかる」
「そっ――そんな、ひどい!」
「いくぞ! みどり!」
「ひぃ!」
「モイスト! モイスト!」
ばっさばっさ。
髪の毛をバサバサした。
「…………」
RUNはその光景を口をぱっかりと開けて、唖然とした様子で見つめていた。
やがて、みどりは、「やめてぇ! やめてよぉ!」と叫びながらまつりから逃れようと駆け出した。しかし、まつりはそれを逃がしてなるものかと追って行く。
「あっ! 待てぇーい!」
どうやら、まつりも元気を取り戻してくれたようだ。楽しそうにみどりを追いかけていく。
俺とRUNが二人、教室に残された。
静寂。
「……メガネかけよっと」
RUNは自分の席の机の上に置いてあったメガネを手に取り、それを掛けて、変装。
大場崎蘭子になった。
クイッとメガネを上げて、キラリと光らせる。
「いつまでクラスメイトに正体隠す気なんだ?」
「バレるまでに決まっとるやろ」
「そうっすか」
おしゃべりで有名な笠原みどりが知っている以上、大場崎蘭子が元アイドルの大場蘭であることが広まるのは時間の問題かと思うが。まぁ、そうなったらそうなったで、それはその時考えれば良い。というか、別に俺はマネージャーじゃないんだから、考えなくても良いんだが。
それでも、無用の混乱は避けたいからな。
後で、誰にも言わないようにと御喋りな笠原みどりに釘刺しておかないとな。