大場蘭の章_7-1
☆
夢を見た。
誰かが、湖畔にいる。
街灯の下で、紙に文字を書いている女がいた。
頭を抱えては、書いた文字を消して、
「負けないで……逃げないで……うーん……負けないで、負けへんで」
呟きながら。
そんなことを繰り返しながら、やがて、溜息を吐いた。
今まで文字を書き殴っていた紙を二つ折りにした。
後、一旦開いていくつもクシャクシャにした文字列を見つめた後、女は折り紙を始めた。
そして、完成したのは、紙飛行機だった。
あまり美しい形じゃない、紙飛行機。
「不器用やな」
女は言って、悲しそうに笑いながら、紙飛行機を持った腕を振るった。
そして、紙飛行機は、女の手を離れた。
私の視線は、紙飛行機を追った。
紙飛行機は、風に乗って、夜空に舞い上がっていく。
そこそこ綺麗な星空に向かって飛んでいく。
この町特有の、海からの強風を受けて。
舞い上がっていく。
白い白い、紙飛行機が。
女は別の紙を取り出し、またペンを走らせる。
紙飛行機は、何回か旋回した後、また風に乗った。
風は、白いそれを運んでいく。
辿り着いたのは、町の南西。
病院だった。
その病院の窓のうちの一つに向かって。
窓の向こう。
病室内に居た男は、その白い何かを見つけて、窓を開けた。
「あれは……?」
呟きながら。
男のところへ、紙飛行機は近付いていく。
そして、窓から部屋の中に飛び込んだ。
一陣の風と共に。
「何だ……」
その紙飛行機を開いて、中に書かれていた文字を読んだ。
「これは……」
男はそれを見て、涙を拭った。
☆
何時間か経った。
時折寝返りを打っているのだろう。彼女が動いた時の衣擦れの音が妙に響く。ああ、音だけしか聴こえない闇の中に居ると、必要以上にドキドキしてしまうぜ……。
「っぅうん……」
なんか、甘い声を出してきた。
俺は自分の頭をわしわしと掻きむしるしかない。
「ていうか……いつまで寝てるんだろうか……」
「ごめんなさい……」
謝ってきた。
「あぁ、いや、別に咎めてるわけじゃないんだが……」
「寝言やねん」
「おいおい寝言スキル高いな……」
寝言で会話するとは……。
「くー、くー……」
寝息が聴こえる。本当に寝ているようだ。
俺も眠ろうかと考えたが、何故だか眠くならない。
どうしてだろうかと考えて、すぐに思い当たる。
昼間の授業中に散々眠ったからだった。
いや、しかしまぁ……何でこんな展開になってんだろうな……。
女の子と一緒に真夜中の学校の保健室に二人きりとか……。
なにこのドキドキシチュエーション。
その時、カーテンの向こう、ベッドの方から、がばっと起き上がるような音がして、
「……あれ?」
女の子の声がした。どうやらRUNが起きたらしい。
俺はジャッと音を立ててカーテンを開けた。
「あ、ここどこ? マネージャー」
「マネージャーだぁ?」
「あっ……え? あ……っ」
懐中電灯のスイッチを入れる。
「起きたか」
「あ。達矢くん……そっか。学校に泊まってたんだっけ」
「おう、そうだぞ」
「今何時?」
「えっと……」
俺は、RUNから預かっていた懐中電灯で、壁の上部に掛けられているアナログ時計を照らし、見た。
「深夜二時ちょい過ぎだそうだ」
「へぇ、バッチリな時間帯やん」
「ああ。所謂『草木も眠る丑三つ時』というやつだ」
丑の刻参りという儀式や、一番オバケが出ることで名高い時間帯でもある。
「じゃあ、探検には好都合やね」
言って、立ち上がった。
俺は体操服姿のRUNに、懐中電灯を渡した。
「ん……それじゃ行くで!」
「おう」
ドキドキ★真夜中の学校探検大作戦が、開始された。
闇の中、懐中電灯の明かりだけを頼りに歩く。
真夜中の学校はひたすらに不気味だった。
「なぁ、達矢くん。知っとる?」
「何をだ?」
「この学校にもな、七不思議があるんやて」
「七不思議……?」
また眉唾な……。
「うん。クラスの子ぉに聞いたんやけどな」
「まぁ、七不思議なんてどこの学校にもあるもんな」
「そうなん?」
「たぶんな」
「ふーん」
「それで、どんな七不思議なんだ」
「それを言ってしもたら、楽しみが減るやろ」
「まさか、お前の目的は、その七不思議の解明か?」
「だってなぁ、人間は、謎に挑みたがる生き物やろ」
「確かに、人間は謎が好きな動物だけども……」
「もしかして、こわいん?」
「そういうわけではない!」
「ホントにぃ?」
疑ってきた。
「いや、ほら、あれだ。七不思議を解明するなら、その内容を知っておかねばならないだろう」
「まぁ……言われてみると、そうかもしれんね」
「そうだろう」
「じゃあ、クラスの子ぉに聞いた通りに説明するで」
「おう」
「まず一つ目。真夜中の校舎に響き渡るギターの音!」
「二つ目。保健室の人体模型に話しかける女の霊」
「三つ目。男子トイレの個室で携帯用ゲーム機をプレイしているようなカチカチ音がする怪奇」
「四つ目。美術室の絵画が夜中に増える謎」
「五つ目。教室にぽつんと座っている女の霊」
「六つ目。理科室の女の幽霊!」
「七つ目。廊下に突如浮かび上がる女の生首!」
それはそれは……。
本当なら不思議だが……。
そんな霊だの怪奇現象がオンパレードするわけがないだろう。
そんなの、非現実的――と、その時だった!
~♪
「!!」
「!?」
俺とRUNは、二人して肩を弾ませた。
俺一人なら俺の聴覚異常の可能性が高い。しかし、二人同時に反応したということは、RUNにも、この不気味に反響するギターの音がきこえているということ。
このポロロロンとしたアコースティックなギターの音が!
何故……何故真夜中にギターの音がするんだ!
「この曲は……知っとるなぁ」
「最近の曲なのか? 有名か?」
「……まぁ……ウチの曲やし」
「じゃ、じゃじゃじゃ、じゃぁ、幽霊ってわけじゃないよな」
~♪
「何でそう言えるん?」
「だって、幽霊ってのはホラ、演奏するとしても昔の曲しか知らないはずだろ」
「最近死んだ子ぉかもしれへんやないか」
「おおう、確かに」
いや、しかし、
「しかし、幽霊などというものの存在、俺は信じないぞぉ!」
「とにかく、音のする方へ行こ!」
言って駆け出した。
「し、仕方ねぇな……」
俺は、RUNに続いて駆け出す。
懐中電灯を持って居るのはRUNなのだ。置いていかれたら、俺は暗闇の廊下に独りぼっちになってしまう!
それは避けなければならない!
こわいから!
「こっちや!」
RUNは言って、階段を登った。足音が響く。
「おい、そっちは音楽室じゃねぇぞ」
……♪
「でも音はこっちからに間違いないねん」
階段を上がってもその先には理科室くらいしかないぞ。
「本当かぁ?」
その時、俺たちは音が無くなったことに気付いた。
「あれ……でも……音が途切れたな……」
「ま、まままま、まさか幽霊が俺たち接近に気付いて逃げたとか、そういう話じゃないだろうなぁ!」
「達矢くん……ビビりすぎやろ……」
「ビビッているだと! この俺が! そんなわけがないだろうが!」
「……ムキにならんでもええんよ。ウチかて、少し怖いねん」
「何だ、ギターの音がした程度でこわがるとは、女の子だな、この野郎」
「大丈夫……?」
「当り前だろうが!」
「ならええねんけど」
「とにかく、これが一つ目の七不思議だな。次だ、次。ここから近いのは、どこだ。七不思議の中で。おい」
俺は早口で言った。
「ここから近いんは……美術室やな。あとは階段上れば理科室やけど……」
「なら美術室だな! 増える絵画だっけか! どれ、覗いてみるぞ!」
俺は、RUNから懐中電灯を奪い取り、すぐ近くの美術室に向かって歩いた。
扉を思い切り開けて、懐中電灯で中を照らした。
絵の具の匂いと、机が並んでいる以外、特に何も無い教室だけがあった。
「ほれ見ろ! 絵なんて増えてないだろうが!」
「……というか……絵すら無いやんか」
「何だそのこれから増えるじゃんみたいな口ぶりはぁ!」
「そんなん言うとらんけどな」
「ほら! 次行くぞ! 次っ! 七不思議なんて大したことないってのを証明してやる!」
「……こわいん?」
「こわくない!」
「じゃあ、次は……教室にぽつんと座る幽霊を見に行こか」
「ほう、それなら、まだ軽そうで良いな」
「うん。ほな行くで」
「ああ! おう!」
無理に元気に答えてみた。
「大丈夫……?」
ああ、情けねぇ……。心配されっぱなしだぜ……。