上井草まつりの章_1-5
チャイムが鳴った。放課後になったのだ。
教師が既に帰りのホームルームを終わらせて職員室に去り、チャイムが鳴ったら帰って良いと言い残していた。
「ふぁ……あ」
俺は大きく欠伸をし、そして思い出した。
「あ、そういや、笠原って子に会わないとな」
転入の挨拶失敗のショックですっかり忘れていた。
教師に上履きを彼女から受け取れと言われていたんだった。まだ学校に居るだろうか。
志夏にでも訊いてみるか。
「って、いねぇし……」
見当たらなかった。
じゃあ、上井草まつりにでも。
「って、これもいねぇし」
どうしようか。ここはひとつ、掃除してるクラスメイトにでも訊ねてみるか。
「おい――」
「ひぃぃい!」
男は逃げてった。
ええと、何だこれ。
めげずに箒持った女子に話しかけてみる。
「ちょっと訊きたいんだが……」
「きゃぁああ!」
女も箒を放り出して悲鳴を上げながら逃げた。
えー……これ、イジメじゃない? 俺、イジメられてない?
何で、話しかける人に悲鳴上げて距離を取られなきゃならんの。刃物持って裸で暴れてるわけでもねえのに。
「笠原って子、知りませんかー?」
俺は、少し大きな声で言ってみた。すると、クラスメイトたちはヒソヒソと、
「笠原って、みどりちゃんのことよね」
「みどりサンに何する気なんだ」
「サイテー。鬼畜……」
「みどりは今どうしてる? 狙われてることを教えてやらないと」
「もう帰ったよ。大丈夫」
それを耳にした時、思わず俺は叫んだ。
「てめぇら、いい加減にしやがれ! 良いから、笠原って子の居場所吐けってんだよ!」
「ひ、ひぃいい! みどりちゃんなら、坂を下った商店街にいますぅ!」
「笠原商店ってお店に居ると思いますっ!」
ふむ、笠原商店か。
「そうか、ありがとう」
俺は努めて爽やかに言うと、教室を出た。
向かう先は、笠原商店。
「お前ら、何で教えちまったんだよ! みどりに何かあったらどうする気なんだ!」
「ごめん」
「ごめんなさい……」
俺って、一体どういう目で見られてるんだ。
まるで、腫れ物に触るみたいに扱われて……。
泣いても、良いですか……?
ひどく悲しい気持ちになりながら廊下を歩き、階段を下り、昇降口を出て、中庭に出た。中庭を越えて、門を出ると、急勾配の下り坂。
顔を、そこそこの強風が襲う。目がしばしばする。涙出そう。すごい出そう。だが、男はそう簡単に泣いてはいけないのだ。大昔から、そう決まっているのだ。
周囲にあるのは、下校する生徒の姿と、草原と、風車たち。
背中を向けて回転する風車並木が、沈みかけの太陽の光を受けてオレンジ色に光っていた。