大場蘭の章_6-7
ガララッ。
勢いよく扉が開かれ、RUNが出てきた。
「おう、どうだった?」
「なんかな、ヘコんでたわぁ」
「まぁ、そりゃそうだ」
みどりはきっと、自分のもてなしが気に入らないから出て行くと思ってショックを受けたのだろう。
まぁ、みどりの料理がマズいのだから、もてなしが気に入らないというのはまさにその通りなのだが。
「お前、まさか、料理がマズいとか、面と向かって言ったんじゃないだろうな」
「ウチは言わんかったけどな、みどりちゃんから『もしかして、料理美味しくなかった?』って訊いてきたな」
そうか、みどりも自覚はあるってことだな。自分の料理のマズさに……。
「それで、何て答えたんだ?」
「あぁ、うぅあぁーって風に言葉を濁してきた」
「そうっすか……」
マズいと言ったも同然じゃないか。
「とにかく、これで学校に行く準備は整ったわけやな」
「そうだな……だが……本気か? 真夜中の学校って、けっこう不気味だぞ……?」
「怖いん?」
「いや、断じてそんなことはないが!」
「とにかく、行くで!」
RUNは、空に向けて拳を伸ばした後、学校の向こう、西の山に沈む太陽を指差した。
とりあえず、三年二組の教室に来た。
「電気は……点けない方が良いかな」
忍び込んだことがバレてしまうから。
「せやな」
「ふぅ……」
ようやく、落ち着ける瞬間が来たぜ……。
薄暗い教室で二人、それぞれ自分の席に座っていた。
まぁ、それぞれと言っても、RUNとは隣同士なのだが。
しばらくすると、日が沈んだようで、すっかり暗くなった。
「暗なったな……」
普通の町なら、まだ夕方くらいの時間帯なのだが、この町ではもう真っ暗である。
西側に険しめの山があるためだ。
だから太陽が沈むのが早くて、すぐ暗くなる。
「そうだ。懐中電灯くらい、用意して来るべきだったかもしれん」
言うと、
「あるで」
RUNは、どこからか懐中電灯を取り出して、カチッと点けてみせた。
少しだけ、明るくなる。
「よ、用意がいいな。どっから取り出したんだ、そんなの」
「昼間、机の中に入れておいたのですっ」
言いながら、メガネをくいっと持ち上げた。
「そうっすか……」
懐中電灯の明かりが落ちて、
「それにしても……フミくん……」
フミくん……とは風間史紘のことか。
「そうだな。まさか、病気とは……」
「しかも……死ぬて、何やねんな……」
「ああ……」
先刻忍び込んで盗み聞いたフミーンの母親との電話での話しぶりだと、もう長くないような感じだった。
死ぬって何だ。
もう居なくなって、会えなくなって……そんなことに、なって欲しくない。
信じたくない。
身近な人間が死んでしまうなんて……そんなこと、あってはならない。
「……なぁ……何か……できないかな」
「何かて? 何?」
「フミーンのために、できること」
「フミくんのために…………?」
「……ああ……」
まつりとフミーンをくっつけるキューピッド大作戦とかどうだろうか……いや、それは本当にフミーンが望むことなのか。
しばらく無言で考えていると、RUNが言った。
「ウチ、歌ったる」
「はい?」
「歌を、贈ろうと思う」
歌。歌……っすか。
「もうな、歌は歌わないって決めてたんやけどな……ウチの大ファンやって言うし……もう一回だけ、歌ってもええかなって……フミくんが、ウチの歌を求めるなら……いや、大ファンなんやったら、求めないはずないから……歌ったる……」
「歌わないって決めてた? 何でだ……」
「それは、言えへんけど……」
「あれか? 何かやらかしたのか?」
黙ってしまった。
まぁ、この町に来るってことは、相応の理由があるんだろうが。
「ま、言いたくないなら、言わないで良いけどな。それで、どんな歌を歌ってやるんだ」
「ウチがその世界を引退した時にな……作ってた途中の曲があるねん。まだ未完成やねんけど」
「引退してたのか」
「……ほんまに何も知らんねんな」
引退していたらしい。
「あぁ……まぁ、テレビとかあんま見ないからな」
歌番組は特に、見なかった。
「そっか。達矢くんと居ると、楽でええな」
「それは良いことだな」
誰にでも、安らげる場所が必要だ。
果たしてフミーンにとってこの町が、安らげる場所なのかどうか、ということには大いなる疑問を持たざるを得ないが。
色んな人が安らげるような場所を、俺は保ちたいのだ。
そういう意味では、俺と一緒に居ると楽だというのはとてもうれしい言葉だと思う。
「……あ……なぁ、達矢くん。ウチ、ちょっと眠くなってきたんやけど……」
「お、そうか。じゃあ……ベッドのあるところ行くか?」
「そんな場所あるん?」
「あるだろう。保健室とかな」
「おお、なるほど」
「ま、まぁ……ちょっと怖いけどな……」
「え? 保健室の何が怖いん?」
「いや……ほら……何となくな……。少しでも『死』とか『傷』とかに近い場所を避けたいんじゃないかな、俺は」
だいたいの人がそうだろうと思う。至って普通のことだ。
あとは、人体模型が異様なオーラを放っているように見えるくらいか。
「…………あぁ……何となくわかる」
「そうか」
とはいえ俺も、その感情は何となくでしかなくて、曖昧なものに過ぎないのだが。
だから、実は病院というものもどちらかと言えば嫌いである。
人を助ける場所であって、嫌うべきものではないのだろうが、それでも、なんとなく近付きたくはない。
「それじゃ、ウチは体育着に着替えるから、しばらく向こう向いとってな」
「お、おう……」
俺は窓の向こうを見た。大きな白い風車、その背中が闇に浮かんでいる。
そして、服を脱ぐ音がする。
何か……ドキドキする……。
「ていうか、何で体育着に着替えるんだ?」
「寝巻きに使うんよ」
「ああ、寝巻き……寝巻きね……」
「よっし、着替え完了! いくで、達矢くん」
「おう」
まぁともかく、保健室に向かう事にして、俺は暗闇の中で席を立った。
真っ暗な学校内を、懐中電灯の明かりだけを頼りに歩き、階段を下り、校舎一階の保健室に着いた。
ガラッと開けてみる。
当然、無人だった。
いわゆる、保健室のにおいがした。
「お、ベッドあるぞ」
「ちゃんと、ついててくれな」
言いながら、ベッドの方へ歩いていく。
「あぁ、まぁ」
「あと……ウチを襲ったりしないでな」
「当り前だろうが」
そんなことしたら、まつりとかフミーンとかに殺されるわ。
「信じとるで」
言って、カーテンをザッと閉じた。
RUNが横たわる音がした。