大場蘭の章_6-6
帰り道。湖に差し掛かったところで、不意にRUNが立ち止まった。
「どうした? RUN」
「なぁ、達矢くん。今、どこに向かっとるん?」
「どこって……みどりの家だろ……お前が寝泊りしてる……」
「憂鬱やんな……」
「憂鬱?」
「だって、また晩御飯みどりちゃんの手作りやろ……? 達矢は寝てて知らんのやろけどな、昼休みも、弁当を無理矢理渡してきて大変だったんよ」
「そうっすか……どんだけ不味いのか知らないけど、そこまで嫌がる味なのか……」
「食べてみればわかるで」
「そうっすか」
「だからな、みどりちゃんの家になんか行きとうない」
駄々をこね始めたぞ……。
「じゃあ、どこに帰るんだ?」
「……せやな。学校に泊まろう思うねんけど」
「は?」
学校に……?
でも、女の子一人、学校に泊まるなど、あぶない……と思う。
まして、不良だらけのこの町だ。夜中に学校に忍び込んで悪さをする不良が居ないとも限らない。
「それは……よくないんじゃないか?」
「よくない? 何で?」
「そりゃ……お前は、有名で女の子で、可愛いから……心配じゃないか」
「大丈夫やろ。偽名やし、メガネしとるし」
「全くもって、そういう問題ではないぞ」
世の中には、メガネを掛けた女の子を偏愛する生き物も存在するのだ。
「えー」
不満そうな声を出してきた。
「とにかく、ダメったらダメだ。みどりの家に泊まるのが一番良いに決まってるではないか」
「いーやーやー」
ええい、この駄々っ子め。
「とにかく、学校に泊まるなんてダメだぞ。俺が許さん!」
「別に、達矢くんはウチの親やないやろ!」
「うっ……確かに……」
「学校がダメなら、達矢くんの部屋に泊めてくれるん? それなら……」
「なっ――」
「それならウチも納得したる」
「そ、そんなこと、年頃の娘が男の家に泊まるなどぉ!」
「フツーやん」
「フツー……なものかっ。女の子は、もっと自分の身を大切にしてだな……」
「……達矢くんは、そういう人なん? 女の子が部屋に居たら、襲ってまうような」
「違う! それは違うぞ! ちゃうちゃうだ!」
「じゃあええやん」
「いやっ! 男というものは、近くに無防備な可愛い女の子が居ると、ちょっとヤバイ気持ちになってしまうものなのだ! 俺ほどの紳士でもそうなのだから、これは確実なのだ。本能を理性で押さえ込むのは、かなりの精神力を要するのであるからして、俺には、まだ悟りを開く段階ではないのであります! それに、えっと、そうだ、それに、男子寮に女子連れ込みは禁じられているのだ。即退寮になる超禁止行為であって、禁則を破ると故郷に帰れなくなってしまう!」
「そうなん?」
「ああ、そうなんだ」
「うーん……ほな仕方ないな……あとは、野宿とか……」
「ダメに決まっとるだろうが」
「あれはダメ、これはダメってやかましいな」
「ダメったらダメだ!」
「何や、駄々っ子みたいに」
「お前が言うか、それを」
「何でウチが駄々っ子やねん」
「どう考えてもそうだろうが。みどりのメシがマズいのくらい我慢しろ」
「それは食べた事ないから言えることやろ!」
「それは……否めないが……」
「ウチは、ドキドキ★真夜中の学校探検がしたいねん!」
それが本音か、こいつっ……。
「危ないからやめなさい」
「あ、わかった。達矢くん、オバケこわいねんな。ピンときたわ」
「何だと!?」
この俺が、オバケをこわがっているだと? そんなわけがないだろうが!
「こわないなら、それを証明してもらわな」
「いいだろう! 肝試しされてやろうじゃないか! この生意気娘が!」
「生意気娘……ウチに向かってそんなこと言ってくれるの、達矢くんだけ……もにゃもにゃもにゃ……」
RUNは小声で呟いた。
「はい? 何つった今」
最後の方がもにゃもにゃって感じで聞き取れなかったぞ。
「何でもない。とにかく、オバケ怖ないんやろ?」
「お、おう。おーう当然だ」
「なら、一緒に真夜中の学校探検してくれるってことやろ」
「ま、まぁ……な……」
しまった。挑発された勢いで約束してしまったぞ。俺のバカ。
今から撤回するか?
いや、それはできん。女子にバカにされたままというのは俺の安いプライドが許さんのだ。
そして、俺は約束は守りたがる紳士なのだ。
信用というものは、世の中で最も大事なものの一つ。
嘘つきになるわけにはいかない。
嘘を吐き続けなくてはならなくなってしまうから。
特に、くだらない嘘つきになるわけにはいかない。
どうしても嘘を吐かねばならないなら、優しい嘘つきになるべきだ。
だから、今は、RUNと一緒に、ドキドキ★真夜中の学校探検とやらをやらねばならない……。
ついつい挑発に乗ってしまう軽率な自分を嘆きたいぜ……。
「わかったが……みどりには自分で言うんだぞ。今日は別のところに泊まるって」
「うん。ありがとう。ほな、行って来る!」
「くれぐれも『学校に泊まる』とか言うなよ。心配されるからな」
「わかってる!」
RUNは言うと、ランランといった足取りで坂を登っていった。
笠原商店に行くのだろう。
俺も、追いかけるか。店の前で待っていることくらいしかできんが……。




