大場蘭の章_6-3
耳の奥でチャイムが鳴って、俺は眠りから目覚めた。
「はっ。眠ってしまった」
その時、隣に秘書のようなメガネ女子がいた。
RUNだった。
「おはよう、もう放課後なんやけど、よう寝たな」
「放課後っ!?」
ってことは、朝から夕方まで居眠りしてたということか!
「寝不足だったん?」
「いや……そんなことはないはずだが……」
町に来てからの五日分の疲れがここにきて表面化したのかもしれん。
いや、まぁとにかく……何だか一日分損した気分だぜ……。
「ちょうど、今放課後になったところなんやけど、いつもこんな生活してるん?」
「こんな生活?」
「授業中はずっと眠っとるような……」
「いや、違うんだ。普段はこんなんじゃないんだが!」
「別に、ええんよ。居眠り常習でも。ウチかて、そないに真面目な生徒やないし」
「いや、わけのわからん慰め方をしないでくれ」
「ところで……今日一日過ごしてみてな、気になる子ぉ見つけたんよ」
「気になる子? 誰だ? まつりか?」
「あんなん興味あらへん」
「そうなのか」
「うん。あんな子、どうでもええねん」
まつり自身は、RUNちゃん大好きで仕方ないのに、どうでもいいとまで言われてしまうとは。何だかかわいそうだな……。
ところで、そのまつりだが、何だか今日は大人しいな。存在感が無いというか……。
普段なら、転校生が来たなんつったら、威圧的に挨拶したりするだろうに。
気になって探してみると、
「ああ、空が……青い……ウフフフ」
とかって空を見ながら現実逃避して、老人のようになっている。
だ、大丈夫か……?
これからまつりの班が掃除を始めるところの様子なのだが……まつりが箒を持っているということは、皆と一緒に掃除をしようとしているということか!
普段のまつりからは考えられないことだぞ!
まつりをここまで更生させるとは……。
元アイドル歌手RUN、恐るべし。人気は現役だな。
「それで、RUN。気になる子っていうのは?」
「風間史紘くんっていう子なんやけど……」
「っていうと……フミーンか」
上井草まつりの手下であり、我らが風紀委員補佐の。
「知っとるん?」
「ああ。風紀委員補佐だ」
「ふうきいいんほさ?」
「要するに、上井草まつりに忠誠を誓った男だ」
「まつりとかいう子の飼い犬なんやな」
「そういうことだな」
まぁ、実は俺もそうなのだが……。
しかし、今のまつりからなら、独立するのは簡単だろう。
「なんで、あたしって、こんなダメな子なんだろ……」
あんな風に虚空に向かってブツブツと呟いているし。
「あ、そうだ、RUN。ちょっとここで待っていろ。今、俺は独立してくる」
言って、俺は立ち上がり、小首をかしげるRUNから離れ、まつりの前に歩み寄った。
「おー、どうしたんだい。風紀委員補佐の戸部達矢くん……」
「そのことなんだがな。やっぱり風紀委員補佐というポストは返上しようと思う」
「そっか……キミもか……キミも、あたしのところから離れていくんだね……」
「ああ、すまんな」
「嗚呼、また一人、あたしの所から離れてゆく。かなしからずや……」
詩人みたいになってるけど大丈夫かな。
いや、だが、まつりには悪いが俺にとっては俺の独立の方が優先されるべきだ。
「それじゃあな。俺はもう風紀委員補佐じゃないからな」
「うん。もう、どうでもいいっさー」
あまりにも元気が無いのは心配だが、俺が独立できたので良いことだと思おう。
そして俺は、RUNの所へ戻った。
「よう、おまたせ」
「あの娘と何の話しとったん?」
「ああ、ちょっと独立宣言をな。そして受諾された」
「ようわからんけど、ええことっぽいな。おめでとな」
「おう。それで、何の話だったっけ?」
「あ、うん。えっとな、気になる子がおるねん」
「ん、その話だったな。フミーンが気になるって話か」
「うん」
「何だってまた、フミーンが気になるんだ?」
「昔飼ってた犬に似とるねん」
「え……イヌ……犬っすか……」
「うん」
「それ、犬扱いしてた人間のこととかじゃないよな。まさか」
RUNならそういうことをしてるなんてこともあり得るからな……。
「ちゃうちゃう」
違うらしい。
「犬種は?」
「チャウチャウ」
違うらしい。
「おい、犬種を聞いて、『違う』という答えはないだろう」
「あぁ、ちゃうちゃう。チャウチャウっていう犬種やねん」
何だ、この会話は。紛らわしいことこの上ないな。そして、なんか微妙にベタだな。ちゃうちゃうとチャウチャウ。
「チャウチャウ……あぁ……中国原産のもっさりした犬か……」
言われてみると……似てるような気もしないでもないが……いや、やっぱり似てないと思うけどな。
教室内でまつりを励ましながら掃除を続けるフミーンを見てみる。
飼われてるっぽいという意味では、まぁ似てるけど。
「あれは、夏やった。子犬のうちに死んでもうて……ショックやった」
「そうか……」
「ポチっていう子やった」
「またありがちな名前だな……」
「だからな、尾行するで」
「ん? 尾行だと……?」
後をつけるというのか。
「うん」
RUNは大きく頷いた。