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風車は力強く回転を繰り返し規格外の強風は坂を駆け抜けてゆく  作者: 黒十二色
番外編_大場蘭(ドキドキ☆真夜中の学校探検)
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大場蘭の章_5-5

「ごめんくださーい」


 ガラッと引き戸を引いて言うと、近くの棚の前でしゃがみながら商品を整理している女の子が居た。


「あ、戸部くん。いらっしゃい」


 みどりだった。


「おう」俺。


「よぉっす」まつり。


「ども。お初」RUNちゃん。


「まつりちゃんもいらっしゃい。あと……もう一人の方も……えっと、どこかで……見たような……」


 額に指先を当てて悩んでいる。


 そしてみどりは俺の白い服に書かれた『RUN☆』というラクガキじみたサインを見た後に、叫んだ。


「ほぇええええええええええええ!?」


 どうやらRUNちゃんだと気付いたらしい。丸くした目が今にも飛び出しそうになるほど驚いていた。


「この町の人って、皆こんななんか?」


「まぁ、たぶんな」


 別にこの町にそんな詳しいわけではないが、町で生まれ育ったまつりとみどりの二人が彼女の顔を見て叫んだりしたのだから、多分、こんななんだろう。


 おそらく、この町の人は、有名人を見ると叫ぶ習性があるのだ。


「ラララ、ランランRUNちゃん! 何にします!? そんな高級品とかありませんけど!」


「とりあえず、落ち着いてや」


「え、あ、は、はい」


 みどりは深呼吸した。


「それで……えっと、何て言うたらええんやろな……」


 その時、まつりが動いた。


「待って。ここは、あたしの出番のようね」


「ちゃうやろ」


「まぁまぁ、RUNちゃんが直接交渉せずとも、あたしが話を通してあげたいのよ」


「あんま意味ない気がするがな」


「何か言った。達矢」


 キッとにらみつけられる。


「すみません……」


 みどりは戸惑いながら、


「えっと……それで……何か……?」


「ふっ、話は簡単よ。この家にRUNちゃんを泊めてあげなさい、みどり!」


「いいよ」


「ほらね! どうよ、あたしの交渉術は!」


「まつりちゃんに言われなくてもそうするよ」


 やっぱ、意味なかった。


「くっ……みどり、後でおぼえておきなさいよ」


「……うっ……ごめん……」


「なぁなぁ、みどりちゃん。本当にええのん?」


「もちろん! 大歓迎! 最高! 夢みたい! お布団が良い? ベッドが良い? 晩御飯何にする? ていうか、『みどりちゃん』なんて呼ばれちゃった! キャッ☆」


 はしゃいでいた……。


「あっ、もちろんリモコン権はRUNちゃん最優先にするよ」


 リモコン権って……。


「なんやてぇ! リモコン権なんて最高ランクの待遇までっ!」


「そりゃ当然! 天下のRUNちゃんを泊めることができるなんて!」


「その割には、RUNちゃんのこと、すぐにはわからなかったみたいだけどな」


「何か言った? 戸部くん」


 じろっとにらまれる。


 こわい。


「なぁ、この町の子って、皆こんななん?」


「あぁ、そうだな……」


 すぐにらんだり、怒ってきたりするんだ。


「だって、あたしの知ってるRUNちゃんは、髪がもっと短かったし、その、もうちょっと髪の毛に艶があったし」


「今はボサボサだもんな」


 と俺が言ったところ、まつりが、「おいてめぇ、失礼だろうが」と言って、みどりも「戸部くん、サイッテー」とか言ってくる。


 何で……。


「まぁまぁ、事実ボサボサやろ。失礼でもないやん。失礼なんは風や。この町の潮風はウチの髪をボロボロにするねん」


「そうよね。潮風って、嫌よね」


「でも、風が無かったらこの町破綻(はたん)するけどね」


「そうなん?」


「そうなのよ」


「まつりちゃんの言うことなんてアテにならないけどね」


「……ちょっと何なのみどり、RUNちゃんがいるからって強気に出て良いトコ見せようとしちゃって」


「何言ってるの、それはまつりちゃんの方でしょ」


「おいおい、二人ともやめろって」


 俺が止めようとしたのだが。


「「うるさい!」」

 二人に叱るように叫ばれて、俺は黙るしかなった。


「だいたい、いつも気に入らなかったのよ! すぐに暴力振るっちゃって。このバカ」


「バカだってぇ!? 言ったな、このタヌキ!」


「何ですってぇ!?」


 ケンカが始まってしまった。


「ふん、それに家柄的にもあたしの方が上だもんね。代々貴族の上井草家と平民の笠原家じゃ、レベルが違うもんね」


「没落してるくせに!」


「それは……」


「ていうか、その上井草家から捨てられた可哀想な子のくせに!」


「なっ……何でそういうこと言うの!? ひどっ!」


「だいたい、昔傷つけちゃった子にはちゃんと謝ったの? ごめんって言ったの?」


「も、もうすぐ、言うわよ」


「それいつよ! 謝るって言ってから何年経ってると思ってるの?」


 何の話だかさっぱりわからんが、そういう話があるらしい。


「だって……」


 涙目だった。あの上井草まつりが……。


「だってじゃないわよ!」


 そこで、RUNが止めようと叫ぶ。


「あ、あの、二人とも、もうやめてっ!」


 みどりはフンと鼻息を吐き、まつりの胸の真ん中を人差し指でドムドムと突きながら、


「RUNちゃんが言うなら、もうやめるけどね、これを()によく自分を見つめてみたらどう? 何が風紀委員よ。風紀乱しまくってるくせに」


「…………」ずーん。


 あ、また落ち込んだ。RUNちゃんに嫌われる以外でも落ち込むことがあるのか。


「な、何や、えと、だ、大丈夫?」


 RUNちゃんすら心配している。


「うあー! みどりがいじめるぅー!」


 まつりは叫んで、引き戸を勢いよく開いて店の外へ出ると、坂道を駆け上がって行った。


「お、おいみどり……大丈夫なのか、あいつ……」


 かつて、他ならぬみどりの口から手首切っちゃうレベルの繊細(デリケート)な精神の持ち主だって聞いた気がするが……。


「ふん、たまには反省も必要なのよ。いつまでも甘やかしてると、大人になんてなれないんだから」


「まつりのためってことか?」


「そうよ」


 しかし、しばらくの沈黙の後、みどりは呟く。


「でも、ちょっと心配かも……」


「友達、なんやな。二人は」


「まぁね。親友なのよ」


「親友……ええ響きやな……」


 言って、RUNは悲しそうに笑った。


「大丈夫だろ。RUNならすぐに皆と仲良くなれるぞ」


「だとええな」


「これを機に、まつりちゃんも大人になってくれると良いんだけど……」


「どうだろうなぁ……」


 ふと、みどりは何かを思いついたように顔を上げ、RUNの方を見た。


「それはそうと……RUNちゃん」


「え、何?」


「お布団が良いですか。ベッドが良いですか?」


「ベッドがええな」


「かしこまりました」


 言って、みどりは笑った。


 話がまとまったところで、


「さて、それじゃあ俺は帰るぜ」


「あ、うん。ありがとうございましたぁ」


「達矢くん、色々とありがとな」


「どういたしまして」


 俺はできる限り格好つけて言って、空いている戸から外に出ると、引き戸を閉めて緩やかな下り坂を歩き出した。





 男子寮にある自分の部屋に戻ってきた。


 布団に寝転がりながら、ふぅと溜息を吐く。


 それにしても……RUNちゃんか……。


 可愛いかったな。元国民的アイドル歌手とのことだから、そりゃ可愛いのは当然なのだろうが、何となく、寂しそうでもあった。


 ていうか、そんなアイドル歌手なら、何でこんな町に居るのだろうか。


「まぁ、考えてもどうしようもないなぁ」


 あぁ、そうだ。


 考えてもどうしようもないといえば、まつりのこと。


 RUNちゃんが登場してからというもの、明らかにおかしい。


 その上、みどりと口論して負けて逃げ出すし……。


 明らかに、まつりらしくない。


 最強の名をほしいままにしていた彼女からは考えられない凋落(ちょうらく)ぶりだが……。


 まぁ明日学校に行ってみて、様子を見てから考えよう。


 俺の風紀委員補佐問題も曖昧なままだしな。


 何とかまつりの傘の下から独立して、三年二組の一員として溶け込み、やっていきたいぜ。


 あれ、でも……そういや、避難勧告があったから、近いうちに避難することになるんだっけ。細かい事はよくわからんが……。


 まぁ、良いか。細かいことは置いといて、とにかく今、この瞬間を精一杯楽しもうではないか。


 一日一日ベストを尽くせば、良い人生になるんじゃないかって思うから。


 俺はでかでかと『RUN☆』とサインが書かれたシャツを脱いで、ハンガーにかけた。


 このサインを見る限り、RUNが芸名なんだろうな。てことは、カタカナでランちゃんって呼ぶよりかは、アルファベットでRUNと呼ぶ方が良いのかな。


 あんまり丁寧といえないような油性マジックの文字を見つめてみる。


 味のある字をなぞってみる。


 こういうのって、洗うべきか否か……。




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