大場蘭の章_5-1
※上井草まつりの章、五日目から。
まつりに会えるんじゃないかな、なんて期待しながら暇つぶしにやって来た屋上で見つけたのは、どこかで見たことあるような小さな女の子の小さな背中だった。
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体育館で、上井草まつりにあらゆる勝負で負けまくり、強烈な雨の中をずぶぬれで家に帰ったのが昨日、転校四日目のことである。
そんな一方的な勝負の果てに、笠原みどりにモイスト――髪の毛をバサバサと捲り上げて楽しむイジメのこと――をさせないために風紀委員補佐になった俺。
だって、仕方ないだろう。痛いのは嫌だったんだ。
俺が虚勢を全面に押し出して、
「みどりにモイストしないと誓え」
と言った。頑張って言った。殴られるのこわかったけど勇気を出した。
そしたら、上井草まつりのやつは、
「じゃあ風紀委員補佐になれ、ならないと殺す」
とかってマジで殺しそうな雰囲気を飛ばしてきやがった。
俺は、抗おうとした。でも、
「口答えはいい。なるの? ならないの? なるの? なれよ。殺すぞ」
もう痛いのは嫌だったんだ。
だから屈した。女子に屈するわけにはいかない、なんて言ってる場合じゃなかった。さすがに何度もぶっ飛ばされて服が擦り切れるほど体育館の床をすべりまくって、戦意を喪失してしまった。
それに、俺が事実上の敗北宣言をすれば、みどりはモイストされなくなるという取り引きだ。まつりは、いちおう約束を守る気はある子だってのは、ここ数日で理解できたから。
だから、あっちからモイストしないと誓うから補佐になれと言ってきたのなら、その自分ルールに従うかもしれないと思った。
ゆえに、負けを認めればもうモイストはしないのではないかと……。
いや、単なる敗北の言い訳なのかもしれない。まつりがこわすぎて、まつりの拳やら足蹴りやらが痛すぎただけなのかもしれない。
とにかく生き残るために必死だったというのは否定し切れない。
「なります!」
俺はそう言った。
まつりは相変わらず腕組して俺を見下しながら、
「ふっ、わかれば良いのよ」
「今まで逆らってすみませんでしたぁ」
「もう良いわ。これからは、あたしのためにキッチリ働きなさいね」
「はっ! 了解でござるぅ!」
こうして、俺は土下座と共にまつりの手下になったのだ。
昨日のことながら、もう二度と思い出したくないくらいに消したい記憶。
とはいえ、実は、まつりのことはあんまり嫌いじゃない。昨晩、あまりに殴られまくったために頭がおかしくなってしまったのか、一瞬だけ、ほんの一瞬だけなのだが、まつりのことが好きなんじゃないかとか考えてしまったくらいだ。
誰があんな凶暴なヤツのこと好きなもんかと否定して、布団に入ったけども。
そんでもって、転校五日目の早朝。目覚める直前まで見てたのが、上井草まつりにボコボコにされる夢。何で夢の中でまで殴られ放題されないとならないのか、俺の脳みそを問い詰めたいところだ。
さて、雨は弱まりながらも昨日から降り続いていたようで、少々肌寒さを感じる朝であった。
カップ麺を階下の食堂へ買いに行く途中で、町に不発弾がどうのこうので、避難がどうのこうのって志夏の話を盗み聞きした。
まぁ、不発弾なんてのは存在しないって話だったから心配せずに、その不発弾のある辺りを探検することに決めて、カップ麺を平らげたんだ。
朝食の後、部屋でダラダラしていると、小雨も上がって陽が差し込んだ。
待っていましたとばかりに俺は立ち上がり、前日まつりにボロボロにされた服を一瞥してからリュックに手を伸ばし、白っぽい服を装備して寮を出た。
道中、若山さんに会って、俺の不発弾周辺を探検する計画は潰えた。
「なんでまたサボってんですか、店長のくせに」と言うと、「昨日も言ったが、おれはアイドルじゃないんでね、おれ一人がふけ出しても売り上げに影響は出ないさ」
なんて言いつつ慣れない手つきでポケットから煙草とライターを取り出し、口にくわえて火を点けた。そしてゲホゴホと咳き込んだ。
魚が居もしない湖で釣りをしていた若山さんは、「町の南側には行くんじゃねぇぞ」と深くザクリと釘を刺し、「ところでうちの店でバイトしない?」とか前日も聞いたような台詞を吐いて、軽く手を振ると、俺がこれから向かおうかなと思っていた南の方角へと歩き去って行った。
真剣モードの若山さんに行くなと言われたら何となく行けなくなるもので、俺の足は自然と学校へ向いていた。
二日連続の休日私服登校である。
どうして学校に行ったのか。考えて、もしかしたら、もう一度上井草まつりに会いたいとでも思ったんだろうか。そんな風に思い至り、頭を振った。
――誰があんなヤツに会いたいなどと……。
会うにしても、あれだ、理由は、そうだ。風紀委員補佐のポストを返上してやるという理由だろう。自分の気持ちなんて、あんまし理解できることも少ないが、きっとそういうことなんだと思う。
ぶらぶらと校内をさまよい、自分所属する三年二組、職員室の前を通り過ぎ、誰も居ないことに何故だか落胆した後、何を思ったか屋上に出た。
屋上といえば、何だろうか。
転校初日に俺を頭上から踏みつけにした女が居るかもしれないとでも思ったのかもしれない。紅野明日香とか言ったか。何となく気になっていたんだ。正直に言えば、また会いたいと思ったんだ。
でも、屋上。そこに居たのは、上井草まつりでもなければ紅野明日香でもなかった。