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最終章_最終日-6

 風車は高速回転を続ける。


 これまで受けてきた分の風を、町の外に返すかのように風を起こす。


 伊勢崎志夏は、町の中央にある坂で、建物の崩壊と竜巻のような強風の中に、一人居る。


「長い長い……日々だった……本当に……」


 誰も観測したことのないような、強い強い風が吹く。


 まるで世界の終わりのような暴風が、志夏の涙をさらっていく。


 風が、島を押し上げようとする。


 風車は力強く回転を繰り返し、規格外の強風は坂を駆け抜けてゆく。


 数多のプロペラが生んだ風が坂を下って、湖の上を通り、裂け目のあたりでぶつかる。


 北側の風車が起こした風と、南側の風車が起こした風。そして、中央を駆け下りてきた強風。


 三つの風が矢印みたいにぶつかり合って、更なる強風になった。


 倒壊する家屋、舞い上がる樹木、白い家が丸ごと巻き上げられ、高速で吹っ飛んでいって、町の外の海に落ちた。


 そして、海側から吹き降ろす風とぶつかり、風の力で、町がひどく揺れる。


 まるで、大きな地震みたいに。


 海が、激しく波立っている。乱雑な波紋が浮かぶ。


 今、浮き上がろうとしている。


 町が、私の世界が。


 今、始まる。


 未来が。


 私が、俺が、あたしが、僕が……探していた、未来が。


 大きく揺れる大地。


 激しい轟音を立てて、地面から浮き上がる。


 細長い楕円の陸地が、離陸した。


 それは、空に浮かぶ船のようで、東からの風を受け、西に向かって大地を離れた。


 上空高く、舞い上がる。


 ロケットとは違う。


 まるで、飛行船のように、緩やかに飛んでいるように見える形で。


 飛んで飛んで、しばらく飛んだ。


 やがて風車が全て倒壊し、島が静かに海面に着水した。


 海に沈まず、浮島になった。


 島を中心に、波が生まれる。


 広い青の中に、白が、放射状に広がっていく。


 しばらくして、波や風、全てが穏やかに収まった頃、利奈の隠れ家から、ぞろぞろと皆が出てきた。


 柳瀬那美音。

 笠原みどり。

 上井草まつり。

 宮島利奈。

 浜中紗夜子。

 穂高緒里絵。

 アルファ。

 幽霊の本子ちゃんも。


 そこで、俺たちや町の全てを包んでいた包み込んでいた意識は風船が割れるみたいに弾けた。


 それぞれの意識は、それぞれに戻される。互いの接続が切れた。


 壁をすり抜けて島の中枢に入っていた俺たち二人はと言えば……。


 いつの間にか、廃墟と化した町の中心あたりに、二人佇んでいた。


 しっかりと強く、手を繋いで。


 もう、坂が無くなって平らな道だけになってしまった瓦礫の町。


 今は一つの、ただ平たい浮島。


 仮称、アスカ島。


 ここで、俺たちは生きていく。


 ぬかるんだ地面に、何となく二人の名前を記してみる。縦書きで。


 戸部達矢。

 紅野明日香。


 並べて書くと、何だか気恥ずかしい。


「ねぇ達矢」

 不意に、明日香が俺を呼んだ。


「何だ」


「皆のところ、行こっか」


「他に、どこに行く所があるってんだ?」


「てか、ここ、世界のどの辺だろうね」


「どこでも、いいんじゃないか。どこへだって行けるぞ。ちょっと普通じゃないけどな」


「普通じゃない……か。まぁ、仕方がないよね」


 言って、笑う。


 悲しそうに。でも、嬉しそうに。


 どっちの感情が大きいんだろう。


 きっと彼女自身、よくわからないんだろう。


 俺だって、これからどうなるのか不安で、だけど楽しみでもある。


 と、そんなことを考えていると、


「おーい! 達矢ー! 明日香ー!」


 平らな地面を背景に、まつりたち七人と幽霊が駆け寄ってきた。


「わひゃぅ!」

 一人コケた。


 おいおい……大丈夫か?


「大丈夫?」

 紗夜子が手を差し伸べる。


「ありがとにゃん」

 起き上がる穂高緒里絵。


 そして、最後の一人、志夏が、皆とは違う方向からゆっくりと歩み寄ってきた。


「おう、志夏」

 これで全員……か。


「明日香さん。達矢くん……皆も、ありがとう」

 涙を浮かべながら、そう言った。


「さぁ、それじゃあ、この廃墟の町で、これからどうするか話し合いを始めんぞ!」

 とまつりが言えば、


「あ、調子に乗って仕切ってんじゃないわよ。ここは、あたしが決めるわ」

 那美音がそう言って独裁を阻止。


「なっ……」


「はい、那美音さんに賛成!」

 と笠原みどり。


「あたしも」

 これは宮島利奈。


「俺もだ」俺。


「達矢がそう言うんだったら、私も……」明日香。


「うぅ……」


「まつり、失脚だね」

 と紗夜子が冷静に。


「なにぃ!」


「違うよマナカ」とみどり。「最初から昇ってもないんだから。地位も無ければ人望も最初から無いの」


 時々毒舌だよな、みどりちゃんは。


「言ったな! このぅ!」

 まつりは言って、


「モイスト! モイスト!」

 みどりにモイストした。


「ぃーゃー」


「やめなさい! まつり!」


「え……あ……うん……ごめん」

 那美音に叱られていた。


「やーい、おーこらーれたー」


「こらぁ! 利奈ぁああ!」

 (はや)し立てていた利奈が「やばっ」と言って、脱兎(だっと)の如く駆け出すと、まつりが、「まーてー!」と叫びながらそれを追いかけて行った。


 みどりは一つ笑顔で息を吐いて、「相変わらずなんだから……」と嬉しそう。


「元気で何よりー」

 紗夜子はほんのり小さく笑いながら言った。


「ねぇ、おなかすいたー」

 おりえは相変わらずだ。


「えぇ? カオリ。今さっき食べたばかりじゃないの。我慢なさい」

 みどりは言った。


「うきゅぅ……」


「ねーねーサハラ」紗夜子が訊ねる。「この、ずっと、島になっちゃった何もないところで暮らすの?」


「え……えっと……それは……」

 すると、返答に困るみどりの代わりに、那美音が、


「しばらくは、そうなるかな。でも、ずっととは限らない。どこか陸地に流れ着くかもしれないし、その時は……この町に住んでた人たちも戻って来るでしょう」


「そうだよね。だって……ここが生まれ育った町だっていう人、いっぱい居るもんね」

 みどりはそう言って、俯いた後、すぐに台風一過のように、雲ひとつない真っ青な空を見上げた。


「それで……まずは何をするのが良いかな」

 明日香が最年長の那美音に訊ね、


「まずは、そうね……。学校を建てましょう!」

 那美音は微笑みながら言った。


「そいつはいいな。実はこの町に来て、一回もマトモに授業受けてないし」


「えっ、達矢、それまじ? やだ不良。近付かないでよ」


「明日香も同じだろうに……」


「私は良いの」


「あのあの、アルファ、授業受けなくても平気です。むしろ教えます」


「そうね。アルちゃんは、先生ね」

 那美音は言った。


「はい。天才ですから!」


「むむっ。わたしとどっちが天才なのかな」

 張り合う紗夜子。


「どっちでも良いでしょ、そんなこと」

 みどりは紗夜子(おさななじみ)に向けて呆れたような視線を送った。


「それにしても……見事なまでに全壊したな……」

 見渡すと、瓦礫の山。


 建物らしい建物が残っていない。


「それでこそ、復興のしがいがあるじゃない」と那美音。


「プラス思考ねぇ、那美音さん……」

 明日香は尊敬のまなざしを向ける。


「復興ゴーゴー!」


「幽霊さんも、楽しそうね」


「ゴーゴー!」

 と志夏。


「志夏……どうした? 何か悪いものでも食ったのか……?」

 またキャラが崩壊してるぞ……。


「え? しなっちは、いつもこんなだよ?」と紗夜子。


「そうだったっけか。まぁ、紗夜子がそう言うなら、そうなのかもな」


「ふふっ、神だからね。私」


「おーなーかーすいたー」

 穂高緒里絵が言う。


「またかよ」


「アイスクリーム♪ アイスクリーム♪」

 と異国の少女。


「贅沢言うんじゃありません!」

 アルファを叱るみどり。なんだか母親みたいだ。


「とりあえず、ごはんの前に、散乱した瓦礫をできるだけ多く片付けてからにしましょう」

 まとめる那美音と、


「うん。そうしよう」

 頷くみどり。


「賛成ー」

 紗夜子は、右手を高く挙げてそう言った。


 それぞれが、瓦礫を片付ける作業に取り掛かった。


 町にあった風車は、全て倒れた。


 役目を終えた風車の大きな羽根が地面に落ちて光っていた。


「なぁ、明日香」


「何よ、達矢」


「こんな所まで、来ちまったな」


「うん……まぁ、これはこれで良いんじゃないかな。楽しいし」


「そっか……そうだな」

 俺は目を閉じた。


「モイスト! モイスト!」

「うぁーん」

 まつりと利奈の、声がした。まだやってたらしい。


 少し、夏っぽい風が吹いた。







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